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王たる資質

「ですが、なぜそんな武器を?

 冠の国への侵攻もその銃を作るためのものだったのでしょう?」

「それが、少し複雑な話でな。ヴィクトールには大勢の異母兄弟が居るだろう。彼らの中にヴィクトールを皇帝として認めない、反皇帝派がいるらしい。

 その者達が先代皇帝の側妃の外戚――今まで甘い汁を吸っていた国々に皇帝の悪評を振りまいているのだとか」

「……穏やかじゃありませんね。つまり、反乱でも起こそうとしていると?」

「やつはそう考えているようだ」


(なるほど)


 自衛のための武器が必要だった。

 不穏分子から国を守るために。他者に侵されないようにするために。


「ヴィクトールは言っていた。他者に簒奪されないよう、身を守るための手段は用意していた方が良いと。

 そして、偉大なる帝国とイオニアとで手を組まないかと」

「帝国と……手を?」

「どう思う?」


(正直、私には荷が重い質問だ)


 これは国と国との話だ。

 オスカーとヴィクトール、リーシャとヴィクトール個人の話ではない。

 皇帝と私的な友人になるのとは話が違う。

 国同士で手を取り合うということは、平時も有事も共にするということだ。


「どこまでの話かによります」

「というと?」

「ただ友好関係を結ぶだけなのか、それとももっと深く。所謂同盟関係を結ぶような話なのか」

「皇帝の言い分からすると、後者だな」

「とすると、皇帝は運命を共にする相手をお探しということですね」

「共に栄え、共に発展し、共に国を守ると言っていた。イオニアへの支援も惜しまない。先行投資だと」

「……なるほど」


(イオニアにとっては利益しかない話だ)


 発展途上とはいえ、偉大なる帝国はイオニアよりもずっと進んでいる。

 新しい事業も軌道に乗り始めており勢いがあり、なによりヴィクトールは他国に対して顔が利く。

 彼の後ろ盾があると分かればイオニアが魔法を受け入れ始めたとしても変な虫は寄りつかないだろう。

 かなりの利点だ。


(だけど、果たして対等な立場で居られるのだろうか)


 一方的な資源と技術の援助。

 はじめのうちは問題がなくともそれが続くうちに上下関係ができてしまうのではないか。

 イオニアが甘やかされ、その状況に甘んじるようになるとまずい。

 そうなれば共に発展することなど不可能だ。


「魅力的な提案だとは思います。しかし、現実的な話かどうかはいささか疑問が残ります」

「ふむ」

「イオニアは他国との付き合いに慣れていません。共に栄え、共に発展し、共に国を守るには対等な立場であることが大事でしょう?

 最初こそ対等であろうとしても、時が経つに連れて援助して貰うことが当たり前になったりその状況に甘んじるようになったらどうします?

 冠の国のように支援を名目に土地を奪われるようなことになったらどうします?

 施す者と施される者。長期で見る場合、その関係性は危険です」

「俺も最初は冠の国のことが頭を過ぎった。それにクロスヴェンのことも……。だが、皇帝ヴィクトール・ウィナーは、リーシャにだけは義理堅い男だ」

「……私が居るからイオニアには害をなさないと」

「そういう男なんだ」

「私のことを買いかぶりすぎです」


 リーシャは呆れたように言う。


「それが本当だとしてもヴィクトールが死んだら揺らぐような約束は信用なりません」

「随分と用心深いな」

「反皇帝派が居るなら尚更。まだ皇帝の地位も盤石ではないようですから」


 皇帝が倒されれば反故にされるかもしれない。

 そんな吹けば飛ぶようなものを信用できないということだ。


「ですが、それはイオニアにも言えます」

「どういう意味だ?」

「反魔法派と魔法導入派がいがみ合い、不安定な状況です。魔法を使う偉大なる帝国との同盟締結への反発だって大きいでしょう」


(そうだ、そのことを忘れていた)


 はっとするオスカーを見てリーシャは「忘れていたな」と直感した。

 外の世界にいるとつい、イオニアが揉め事の最中なのだということを忘れてしまう。

 偉大なる帝国と同じく、イオニアもまた不安定な情勢であることには変わりない。


「懸念材料が多いように思えますが、皇帝にはどう返事をしたんですか?」

「俺の一存で決められるようなことでもないし、父上や兄上と相談して――と」

「なるほど。まぁ、それが正解でしょうね」


 オスカーは後継者ではない。

 長男が跡を継ぐべきだという思想が強いイオニアにおいて、長兄ジルベールを差し置いて国の行く先を左右するような約束を勝手に取り付けたとなれば周囲からの風当たりが強くなる。


(それに、放蕩息子がいきなり政治に口を出したとなれば変に勘ぐる者も出てくるだろうし)


 今まで政治に見向きもしなかったオスカーが急に政に関心を示し、戦の噂がある異国の皇帝と親身にしている。

 そんな状態で勝手に他国と同盟の約束を取り付けたとなれば余計な憶測を呼びかねない。

 たとえば、オスカーが王位を狙っているとか。

 故に、そんな意思は毛頭ないと示す必要があるのだ。

 全て父である国王と兄であるジルベールに相談の上で。

 そうやって段階を踏んだ上で許可を得る必要がある。


(国王陛下もジルベールも気にするなと言うかもしれないけど、これは臣下に対するけじめだ。特に頭の固い古老たちのための形式的なけじめだ)


 未だに魔法の受け入れを拒み続けているという古老たちにとってオスカーの活躍は面白くないはずだ。

 オスカーのせいで国が危機に陥り、国を滅ぼしかけた魔法という存在を国にもたらす為にこともあろうか魔法師と一緒に旅をしている放蕩息子。

 魔女に誑かされた男だと、そう思われていてもおかしくはない。

 彼らにとってオスカーのやっていることは自分たちに仇なす行為に他ならないのだ。

 古より守ってきた国の掟をねじ曲げようとしている不届き者。


(でも、それは国王だって、ジルベールだって、王妃だって同じだ)


 王の座は長兄が継ぐ。それも古からの掟であるが故に、古老たちは魔法推進派のジルベールが次期国王になるのを止められない。

 つまり、将来的に彼らが敗北することはほぼ決定づけられているのだ。

 先代国王から仕えて続けている彼らの老い先は短い。

 どちらにせよ時間切れで押し通されるのは分かっているはずだ。


(だからこそ意固地になって最後まであがこうとしているんだろうな)


 今更主張を曲げることは恥ずべきことである、とそんなところだろうか。


「オスカーの国は古い国ですからね。オスカーが勝手に決めたとなれば例の古老たちの反発も一層強くなるでしょうし、国と国との同盟ともなれば秘密裏にというわけにはいかないでしょう」

「それもあるが、俺は政に口を出せる立場ではないからな。意見は言うが、判断は父上と兄上に任せるほかあるまい」


(ん?)


 政に口を出せる立場ではない。

 その言葉にリーシャは首を傾げる。


「オスカーは自分の立場を低く考えすぎです」

「そうか?」

「継承権を持つ国王の正室の子なのですから本来ならば国で政に携わる立場の人間でしょうに」

「継承権といっても兄上には息子が二人もいるのだぞ」

「ですが義兄様とそのご子息を合わせても四番目でしょう? 不謹慎なことを言って申し訳ないのですが、もしも彼らに何かあったらオスカーが国を背負うことになるんですよ」


(リーシャまでそんなことを)


「何か変なことを言いました?」


 オスカーが余程変な顔をしていたのかリーシャは心配そうに訪ねた。


「いや、そうではなく……その、あいつと同じようなことを言うのだなと」


(あいつ……皇帝陛下にも同じようなことを言われたと)


 意外なことではない。

 ヴィクトールはその「何かあったら」を実際に体験した男だ。

 本来跡を継ぐはずだった正妻の息子たちが相次いで亡くなり、本来ならば絶対に跡を継がないはずだったヴィクトールが皇帝の座に着いた。

 つまり、彼の存在こそが「何かあったら」の可能性を示しているのだ。


「身を以て体験しておられるお方ですから、つい口を出したくなったのでしょう」

「俺は王になどなるつもりはない」

「王座には興味がないと?」

「俺も男だ。王座に憧れた時期が無かったといえば嘘になる。だが、今は違う。俺は王には向いていない。王の器ではないんだ」

「私はそうは思いませんが」

「……なぜだ?」

「オスカーは民のことを考え、民のために動ける人だからです」


 リーシャはオスカーをまっすぐに見据えて言った。


「確かに昔は違ったかもしれない。でも、今はそうでしょう?

 私は昔のオスカーを知りません。私が知っているのは一緒に旅をしている今のオスカーだけ。

 全てを失い、辛酸をなめ、自分の足で歩き、民と同じ目線で物事を見てきた。

 国のために、民のために何が出来るのかを考え、そのために行動している。

 王宮に籠もっているだけの人間よりはよほど王たる資質があると思いますよ。

 ……ああ、失礼。別に国王陛下や義兄様を侮蔑しているわけではないのです。

 ただ、あなた自身もよく分かっているのではないですか?

 今と昔とでは見えるものが違うと」

「……確かに、それはそうだが」


 イオニアに籠もっていた頃には見えなかったもの。

 魔法を知り、外の世界の文化や技術に触れ、外から見た自分の国がいかに遅れているのかを知った。

 外では当たり前のこともイオニアではままならない。

 知らず知らずのうちに国民に不自由な生活を強いているのだと知った。

 だからこそ魔法を学び、必要な技術を持ち帰って国を豊かにしたいと、民がより良い生活が出来るよう尽力したいと思ったのだ。


(だが、それは王になりたいからではない)


 ただ民のために。

 ただ国のために。

 それだけなのになぜそんな大それた話になるのか、オスカーには分からなかった。


「水魔法や魔術に対する姿勢を見れば、オスカーがどれだけ国を想い、民を想っているのか良く分かります。

 国に魔法を届ける先達者という役割は思いの外適任だったのでしょう。

 オスカー、私はあなたのそういう純朴なところが好きなんです。

 自分の利益を省みず、国と民のために心を痛め、思い悩む。それは誰にでも出来ることではありません。

 私はそういうところが苦難の時代を乗り越えるための王という役職に向いていると感じたのです」

「俺がこうして自由に頭を悩ませることが出来るのは何の枷もないただの次男坊だからだ。

 後継ぎとして立派な兄上がいて、頼りがいのある姉上が居る。

 だからこうしてふらふらと自由に動き回れるのだということを良く知っている。

 それに民を慈しむだけでは国を守れない。俺にはヴィクトールのような覚悟がない」

「皇帝陛下のような?」

「他者を切り捨てる覚悟だ」


 王という立場は盤石ではない。

 自分の立場を守るために他者を切り捨て、陥れ、時は命を奪わなくてはならない。

 自分の身を守るために命を奪うのが嫌なわけではない。

 今までだって暴漢に襲われれば躊躇うことなく切り捨ててきた。

 だが、民に刃を向けることが出来るかと言われればそれは別の話だ。


「ヴィクトールから魔法教会の話を聞いたとき、俺には出来ないと思った。相手がいくらあくどいことをしていようと、相手の家に火を放つような真似は出来ないからだ」

「魔法教会となにかあったんですか?」

「やつが皇帝になる前、魔法教会の過激派が重臣に取り入って好き勝手やっていたのだそうだ。

 それを排除するために後ろ盾となっていた重臣を処分し、『立ち退き』と称して教会を破壊し、皇帝暗殺未遂の罪で司祭たちを処刑したのだ」

「皇帝暗殺未遂? それはまた物騒ですね」

「そうなるように仕向けたんだ。皇帝自ら陣頭指揮を執り、追いつめられた過激派が凶行に及ぶように仕向けた」

「なるほど。あの人らしい」


 リーシャはぽつりと呟いた。

 人を自分の思うように動かす。ヴィクトールの得意そうなことだ。


「俺には無理だと思った」

「無理でしょうね。そういう謀はオスカーには向いていません」

「だから俺には王は向いていない」

「別に全てを自分でやる必要はないんですよ。苦手なことは苦手なままでいい。得意な人に任せればよいのです。

 王が全てを一人でこなせるなら家臣なんて要りませんよ」


 リーシャが言うとオスカーは面を食らったような顔をした。


「そういう優しくて少し頼りないところもオスカーの良いところなのです。人には得手不得手がありますから、苦手なことは人を頼ればいい」

「そう言ってくれるな」

「国王陛下や義兄様も王として相応しいお方であるとは思いますが、オスカーも十分足りていると思いますよ。

 あまり自分を貶めないでください」

「……リーシャはどう思っているんだ?」

「どうとは?」


 オスカーは少し間を置いてからおそるおそる尋ねる。


「あくまでも仮の話だが、俺が王になったら」


 そう。あくまでも仮の、「もしも」の話だ。


「別に構いませんよ。その時は私も出来る限りのことはします。ただ、蒐集物を集め終えてからの話ですが。

 国に縛り付けられて蒐集物を探せなくなるのだけは御免です」

「もしも集め終える前に俺が国に帰ることになって、一緒に来て欲しいと言ったらどうなる?」

「そこでさようならでしょうね」

「なんだと?」

「それはそうでしょう。集め終わったらイオニアに行く。それで何も問題ないじゃありませんか」


(問題なくは……ないだろう!)


 しれっと言うリーシャにオスカーは閉口した。

 何の躊躇いもなく「さようなら」だと言われるとは思わなかったのである。


「リーシャ、よく考えてくれ。蒐集物が全て集まるまで数年……いや、数十年、俺に一人で待てというのか?」

「はい。何か問題でも?」

「リーシャはそれでいいのか?」

「数年に一度会いに行きますし、手紙も書きますから」

「……」


(本心で言っている)


 そう思った。

 

(リーシャにとって蒐集物探しは何よりも大事なことだ。それを中断するくらいならば俺と離れて暮らすのもやむなしということか)


 なんとなくは分かっていたが、心のどこかで「一緒に帰ります」と言ってくれるのを期待していた。

 だが、リーシャはそういう女ではない。

 だめだと分かれば躊躇無く切り捨てる。

 やはりそういうところはヴィクトール・ウィナーに似ている。


「俺は絶対に王になどならない!」


 若干焦りの混じったような声色で叫ぶオスカーにリーシャは「やれやれ」と心の中で小さくため息をついた。

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