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物は言いよう

「オスカー、聞いてください。ここの博物館は凄いですよ!」


 迎賓館の貴賓室。先に部屋に戻っていたオスカーは興奮した様子のリーシャをげっそりした顔で出迎えた。

 あまりに顔色が悪いので「どうしたんですか?」と心配するリーシャにオスカーは「あとで話すから先にリーシャの話を聞かせてくれ」と懇願する。

 楽しい話を聞いて気分転換がしたいのだ。


「国立博物館にはたくさんの装飾品や宝飾品が収蔵されていて、それを学芸員の方に解説して頂きながら見学しました。

 あそこに収蔵されている物の多くは歴代皇帝の妃が国元から持ち込んだもので、様々な時代の、様々な国の宝飾品が展示されていて見応えがありました。

 その中でも目玉とされているのが、『一等星』と呼ばれるラフダイヤモンドです」

「ラフダイヤモンド?」


 聞き慣れない言葉だ。


「ダイヤモンドって普通は光を反射させて綺麗に見せる為にカットされているでしょう? そうではなく、原石の状態のものをラフダイヤって呼ぶんです」

「なるほど。ん? ということは、原石のまま宝飾品に仕立てているということか?」

「ええ。カットして形を整えたものしか宝飾品にしてはいけない決まりなんてありませんから。

 むしろ原石のまま石の姿を楽しみたいという方もいらっしゃるんですよ」

「そうなのか」

「で、そのラフダイヤというのがこれなんですけど」


 リーシャはそういうと収納鞄から一枚の絵葉書を取り出した。

 真っ暗な展示室の中でスポットライトを浴びる金色の杖の写真が載っている絵葉書だ。


「まさか、この杖の先端についているものがダイヤモンドなのか?」


 写真を見て驚いた。

 ダイヤモンドというのでてっきり指輪にとりついているような小さな物を想像していたのだが、写真に載っているそれは想像よりもずっと大きかったからだ。


「この杖自体もかなり大きくて、大昔に儀式用に作られたものなんだそうです」

「ということは、ダイヤ自体もかなりの大きさだな」

「ええ。林檎よりも少し大きかったような」

「なんと!」


(林檎よりも大きなダイヤモンド)


 そう言葉にされてもあまり実感が沸かない。

 米粒ほどのダイヤモンドでも驚くような値が付く時代だ。

 それの何百倍、いや、それ以上の大きさを誇るダイヤモンドなど一体いくらの価値があるのだろうか。

 思わずそんな下衆な勘ぐりをしてしまう。


「なんでも遥か昔にこの国で採れた物なんだそうです。偉大なる帝国はダイヤモンドの産地ですから」

「そうなのか。それにしても立派だな」

「実物はもっと素晴らしいですよ。透明度も高く、傷も少ない。カットしていないのが勿体ないくらいです」


(ふむ)


 言われてみれば不思議だ。

 原石のままである「一等星」にはダイヤモンド特有の虹色の光が見られない。

 あの光は規則的なカットを施すことによって宝石の内部で光が反射し現れるものだからである。

 磨かれていない表面は磨り硝子のように曇っており、一見大きな氷の塊のようにも見える。

 表面的な美しさを求めるならばリーシャの言うようにカットを施した方がずっと美しく見せることが出来るのではないか。


(だが、そうしないのには何か理由があるに違いない)


 あえてラフダイヤモンドの状態にしている理由がある。

 オスカーはそう考えた。

 これが皇帝の持ち物であったならば、金がなく加工が出来なかったという訳ではあるまい。

 ということは、あえて自然のままの状態にしているのだ。


「昔は原石のまま装飾品にするのが流行っていたのか?」


 オスカーが捻り出した答えがそれだった。


「流行っていたというか、受け入れられていたというか。こうした宝飾品があまり見られなくなったのは。魔道具の普及以降なんです」

「魔道具の……ああ、魔石加工か」

「ええ。宝石には魔道具の『核』としての役割が求められるようになり、より魔力を効率的に増幅させるため『魔石加工』を施すようになった。

 こうした杖なんかも儀式用の装飾品ではなく魔法を使う実用品へと変化していった。そうなると、自然と原石の状態のまま使うことが少なくなっていったんです」


 流行の変化というよりは宝石の役割の変化による影響が大きい。

 宝石に施すカットが光の反射を増幅させるように、「核」を通した魔力が増幅されると信じられている。

 そのため魔道具に使う「核」には「魔石加工」と呼ばれる特殊なカットが施されているのだ。


「とはいえ、魔石加工が実際に魔力を増幅させているかは疑問ですが」

「そうなのか?」

「実際、工業用の魔道具に使われている『核』って魔石加工が施されていないものがほとんどなんですよね。

 量産品だって、見えない場所に収納されているものは魔石加工していないのではないでしょうか」

「つまり、単なる見栄えの問題ということか?」

「まぁ、宝飾品、装飾品型の魔道具として売るならカットが施されていた方が華やかで見た目も良いし売れますからね。

 加工をする職人にも仕事が回るし『特別な加工を施した』なんて謳い文句も付けられる。商売戦略の一つなんじゃないかと思っています」

「そういうものなのか」

「そうだ、石には()()()という物があるのはご存じですか?」

「宣伝名?」


 聞いたことのない単語だ。


「本来の鉱物名とは別の()()()()()()()を付けるんです。

 たとえばミレン翡翠という石がありますが、あれは翡翠ではなくクロム透輝石なんです。

 翡翠に似た色をした宝石質のクロム透輝石を高く売るために産地の名を取って『ミレン翡翠』という宣伝名を付けている」

「それは……いいのか?」

「正直、好ましくはないと思っています。知らない人ならばそれが翡翠であると誤認してしまうでしょうし」

「俺もミレン翡翠などと言われたら翡翠だと思ってしまうぞ」

「そうですよね。ですが、そういう石は他にもたくさんあるんです。そういう売り方は当たり前になっているし、特徴的な名前を付けて売ることによって初めて日の光が当たるような鉱物もある。

 難しいんです。今まで見向きもされなかった石が、有名な宝飾品店が宣伝名を付けて売り出した途端持て囃されるようになった、なんて話もありますから」


 一概に「害である」と断じることが出来ない理由はそれだ。

 確かに、有名な宝石と似たような名前を付けることによって騙されたり誤認させられたりする者もいる。

 ダイヤモンドだ、翡翠だと思って購入してしまう人や、本来の鉱物名を隠して客を騙そうとする悪人も出ている。

 しかし、名のある宝石に埋もれて日の目を見ない宝石たちに活躍の場を与えているのも事実。

 人は「価値のある物」に弱い。

 「○○ダイヤモンド」「○○翡翠」など紛らわしい名前が使われるのにはそれ相応の理由があるし、本来の鉱物名ではなく全く新しい華やかな名前を付けるのにも訳がある。


「それと一緒ですよ。ただの原石で売るよりも()()()()()()を魔石加工と呼んでそれらしく売る方が売れる」

「……なに? 魔石加工とは特別なカットではないのか?」

「あれ、普通のカットですよ。ただ少しだけ華やかに見えるような細かいカットにしてあるだけです」


(なんだって?)


 衝撃の事実だった。

 なんと魔石加工が普通のカットだったとは。

 呆然とするオスカーを見てリーシャは「ふふ」と笑う。


「まぁ、特別に見せるための加工なだけあってカット自体は凄く綺麗だと思いますよ。

 よく考えられた良いデザインだと思います」

「そういえば、リーシャの杖も魔石加工を施していたな」

「ええ。魔道具といえば魔石加工。世の中の常識になりつつありますからね。

 でも見栄えがして良いでしょう?」


 そう言ってリーシャは収納鞄から「風見鶏の杖」を取り出した。

 金属製の風見鶏についているスフェーンの瞳。

 遠くから見ても分かるほど眩い光を放っている。


「そう考えると、あの『一等星』というダイヤモンドに魔石加工を施したらどうなるのか。確かに見てみたいな」


 きっと「一等星」の名にふさわしい世界で一番美しい輝きを見せてくれるのではないか。

 そう思ってしまう。


「あれはあれで良いものですけどね。今掘り出されたら絶対に魔石加工されちゃいますし、古い時代ならではの逸品と言いますか。

 懐古主義的だと言われればそれまでなのですが」


 リーシャはそう言って博物館で見た「一等星」に想いを馳せた。

 宝石の価値は時代によって変わる。

 しかしいくら時が経っても変わらない物もあるのではないかと、そう思うのだ。

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