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皇帝の悩み事

「大凡の事情は分かった。だが、どうしてここまでする必要が?」


 不思議だった。

 冠の国への侵攻にしろ、武器の開発にしろ、何か急いでいるような性急さを感じる。

 そんなに急いで武器を調達せねばならない理由があるのだろうか。


「偉大なる帝国は多民族国家であり、長年皇帝の側妃と外戚による内政干渉に悩まされてきたという話をしただろう。その延長さ」

「我々も一枚岩ではないのです」


 マイケルは悩ましそうに短くため息をついた。


「陛下が離宮を廃して以降、側妃たちは国に帰され彼女たちの母国は我が国に干渉出来なくなりました。

 それを良しとしない国が多く、『以前のように取り計らえ』と武力をちらつかせて圧力をかけてくるようになったのです。

 それに加えて悩ましいのは反皇帝派の存在です」

「反皇帝派?」

「陛下の異母兄、とりわけ一番の年長者であるニコラスがそれらの国に陛下の悪評を撒いて回っていると」

「彼は本当ならば皇帝になり得た立場だったからね。本来ならば自分が皇帝になれたはずなのにと恨みひとしおらしい」

「側妃を帰す際に一緒に出て行った者達も多いのですが、彼らが結束して何か事を起こそうとしている。

 そんな噂があるのです」

「反乱というやつか?」

「そのように言って差し支えないかと。彼らが他国と手を組んだら厄介です。

 我々は早急に自衛のための手段を揃える必要がある」

「まて、そのために冠の国を侵攻するなんて許されるのか?」


 他国からの侵攻に備えるために隣国を侵攻し、資源を巻き上げる。

 あまりに身勝手で横暴だ。


「仕方のないことだよ」


 ヴィクトールはひどく落ち着いた声で言った。


「自国がそうならないためにも身を守る術は必要だ」

「それは……そうだが」

「イオニアだって対岸の火事ではないだろう。魔法を受け入れる気があると分かればこれから多くの国が群がってくる。

 そうなったときに他国に簒奪されないよう、身を守るための手段を用意しておいた方がいい。

 商人の耳は速いぞ。イオニアが魔法に興味を持っている。そんな噂は既に広まりつつある」

「……」


 弱いから奪われる。

 奪われないためには自衛し、他国に力を示すしかない。

 理屈は分かる。古い時代、イオニアもそうしてきたからだ。


「そこで提案があるんだけど、我が国とイオニアとで手を組まないか?」


 意外な言葉がヴィクトールの口から飛び出した。


「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味さ。孤立しているよりも群でいた方が安全だろう」


 オスカーが真意を計りかねているとヴィクトールは「そう警戒しないでくれ」と笑った。


「別に何か深い意図がある訳じゃない。帝国が置かれている立場とイオニアが置かれている立場は似ている。

 我々は他者に奪われ、侵される弱者だ。

 だが、それを甘んじて受け入れている訳では無いだろう。

 私たちは自分の足で立ち、自分たちの力で国を豊かにし、自分たちの力で生きていくと決めた。

 もしもイオニアにも我々と同じように他国に頼らない国づくりをしたいという意思があるのなら、偉大なる帝国は技術供与も資源供給も厭わない」

「それはリーシャのためか?」

「それもあるけれど、それだけじゃない。後ろ盾が欲しいんだ。信用のおける後ろ盾が」


(後ろ盾)


 沈黙するオスカーにヴィクトールは言う。


「イオニアは未だ、古き騎士の国であると思われている。

 悪く言えば時代遅れの国、よく言えば誇り高き騎士の国だ。

 魔法を持たない国が今も攻め落とされずに済んでいるのは、古き時代の名残でイオニアに精強な騎士の国であるという印象が残っているからだ」

「そんなことはない。奪っても意味のない枯れた土地だからだ」

「そうだろうか」

「そうに決まっている」

「だが、これからは違う」


 ヴィクトールはオスカーの目をまっすぐに見て言った。


「これからイオニアは発展する。飛行船で人の往来も増え、新しい技術と新しい知識で他の国に引けを取らない豊かな国になる。

 だからこれは先行投資なんだ。

 共に発展し、共に栄え、共に国を守る。

 確かに、今は我が国には利益がないかもしれない。

 けれど将来性を考えれば十分元が取れるものであると私は考えている。

 偉大なる帝国とイオニアは共にある。それだけでいいんだ。

 それだけで古い頭の連中を黙らせるのには十分だ」


(確かに、偉大なる帝国が後ろ盾になれば余所への牽制にはなるが)


 偉大なる帝国と取引を始めれば「魔法を持たぬ国であるから」と侮られ、物を高く売りつけられたり安く買いたたかれたりすることもなくなるかもしれない。

 競合相手が出来るからだ。

 飛行船の技術や資材を支援してもらえるのも助かる。


「それに、我が国の魔法師はなかなか優秀でね」


 悩むオスカーにヴィクトールは囁く。


「うちで働く魔法師を派遣しても良い。変な所から素性の分からない者を雇うよりずっとマシだろう」

「それはいいお考えです。我が兄弟姉妹にも優秀な魔法師はおりますから、そのうちの何人かを遣わせば良いでしょう」

「いや、申し出はありがたいが、ここまで話が大きくなってくると俺一人の一存では決められない。

 父上や兄上に相談してからでないと」

「では、相談してくれ。別に今すぐに決めて欲しいという訳ではないから、ゆっくり話し合って貰って構わない」

「……承知した」


(正直、かなりうまい話ではあるが)


 今のところ、イオニアから帝国側へ提供出来る利は何もない。

 偉大なる帝国から一方的に支援を得ることが出来るうますぎる話だ。

 だが、こうして手を組むと言うことは偉大なる帝国が他国から侵攻された、した場合に無関係ではいられなくなるということである。

 本来ならば関わらずに済んだ戦争に関与しなくてはならない。

 その危険性を利益と天秤に掛けてどう捉えるかだ。

 そうなってくるとオスカー一人で決めることはできない。

 父である国王と長兄ジルベール、二人に相談するべきだと考えた。

 クロスヴェンで聞いた偉大なる帝国からの飛行船事業支援の話とも関わってくる。

 慎重に事を進めなければならない。


「オスカー、君は跡を継ぐ気は無いのか?」


 考え事をするオスカーにヴィクトールはそんな質問を投げかけた。


「俺が跡継ぎに? そんなことは微塵も考えたことはないな。

 元々兄上が跡を継ぐのは決まっていたし、兄上には息子が二人もいる。心配する必要はあるまい」

「私も最初はそうだった。数多要る妾の子。正妻には息子が二人。皇帝になるはずがなかったんだ。

 人生は何が起こるか分からないぞ」

「縁起の悪いことを言うな。それに、俺はそういうのには向いていない」


 確かに昔よりは国の事、民の事について考えるようにはなった。

 旅をして様々な国の文化や考え方に触れ、どうしたらイオニアをよりよい国に出来るのか自分なりに悩むようにもなった。

 だからといって王になろうなどと大それた事を考えたことはない。

 イオニアにはすでにジルベールという偉大な兄がおり、二人の甥がいる。

 ジルベールを退けてまで王になろうなどという野心は持ち合わせていないし、尊敬する兄を害するつもりもない。


「向いていると思うけど」

「その方がお前にとって都合が良いだけだろう」

「うん、そうかもね。でも、何かあったら。その時の為の心づもりはしておいた方がいい」

「そういうお前は自分に何かあった時のことは考えているのか?」


 オスカーが問うとヴィクトールはふっと笑った。


「言っておくが、私は今後妻を娶るつもりはない。

 つまり、後継ぎとなる子を持つことは叶わないということだ。

 正直、皇帝など誰がなってもいいんだよ。私の子でなくとも、ごく僅かでも血が繋がっていればうるさい家臣を説得する手段はいくらでもある。

 そこでだ。将来的に何人か養子を取ろうと思っている」


(意外だ)


 ヴィクトールの口から出た「養子」という言葉にオスカーは目を丸くする。

 ヴィクトールはすでに四十半ばだ。

 多少年を重ねていても妻になりたい女性は絶えないだろうに、妻を娶る気はないらしい。


(リーシャのこともあるだろうが、先代皇帝のことを考えると結婚をする気にもなれないのだろう)


 先代皇帝の妻とその子息女に悩まされたヴィクトールからすると、同じ事態を招きかねない「結婚」という行為そのものに嫌悪感があるのかもしれない。

 今まで聞いた話を考えるとそうなるのも理解出来る。

 だが、養子とは。


「そんなに驚かれるとは、意外だな」

「すまない。まさかお前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったんだ」

「別に難しい話じゃない。私には異母兄弟がたくさんいるだろう。彼らの子の中から何人か養子に貰おうと思っているだけだ」

「つまり、甥や姪にあたる子供たちか」

「ああ。それならば私ともそんなに遠くはないし、信用のおける者の子を選ぶことも出来る。最善策だと思わないか?」


(なるほど)


 今、ヴィクトールにとって必要なのは信用のおける臣下だ。

 身内ですらも信用できない状況下で安心して仕事を任せることの出来る信頼出来る相手。

 たとえばロウチェ・ローゾフ、マイケル・サンダースやヴィクトリア・バーバラなど、自身を絶対に裏切らない兄弟姉妹を側近として重用している。

 ともすれば、信用のおけない妻を娶るよりも信頼できる側近の子息女を養子として迎え入れる方がずっと安全だと、そう考えたのだろう。


(だとすると、リーシャはヴィクトールにとって理想の結婚相手だったのだろう)


 信頼出来て気の合う仕事相手。

 複雑な親族関係にも怯まず反皇帝派にも立ち向かっていける度胸もある。


「お前がリーシャを妻にしたい理由がようやく分かった」


 オスカーがぽつりと呟くとヴィクトールは少しだけ嫌そうな顔をした。ほんの一瞬、隣に座るマイケルが気づかないほど一瞬だ。


「リーシャというのは、先ほどヴィクトリアと一緒にいた……」

「彼の婚約者だよ」

「そうだったのですね。あの銀髪の美しい女性が、そうですか。彼女が陛下の想い人でしたか」


 マイケルは少々寂しそうな顔をした。


「そうならなかったのは実に残念でしたなぁ」

「彼よりも早く出会っていれば……いや、そうならなかったのだから仕方ない。運が悪かったんだ」


 「強運皇帝」らしからぬ言葉にマイケルは驚愕した。


(陛下を以てして「運が悪い」とは)


 実に驚くべきことだ。


「それならばきっと陛下の運が悪かったのではなく、オスカー様の運が良かったのでしょう」

「物は考えようだね」

「いや、その通りだと思う。俺は運が良かったのだ」


 もしもイオニアに魔法師がやってこなかったら。

 もしも城から脱出出来なかったら。

 もしもあの酒場で倒れていなかったら。

 もしもリーシャが手を差し伸べてくれなかったら。

 もしもイオニアで分かれていたら。


(今の俺があるのは、偶然が重なって出来た奇跡のおかげだ)


 そういう意味では確かに、オスカーはヴィクトールよりも幸運だったのかもしれない。


「神というものが居るのなら、リーシャとの出会いに感謝をしなければならないな」

「意外だな。オスカーは神を信じているのか」

「信じているわけではない。だが、感謝をするならばリーシャと引き合わせてくれた運命、それが何かを突き詰めると神なのだと思ったのだ」

「そうだ、君は浪漫主義者だったんだ。忘れていたよ」


 そう言って笑うヴィクトールにオスカーはむっとした。

 浪漫主義者。浪漫的。

 リーシャにもしばしばそう言ってからかわれるからだ。

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