良くない噂
(賞品の大きなルビー、最近特に増えたルビーの輸入量、公営企業の冠の国への進出。隣国が国内外で何かを作ろうとしているのは間違いない。……一体何を?)
「どうだい? 気に入った石はあったかね?」
「は、はい。ここら辺の石は結構質が良いですね」
大量にある原石の中から透明度が高い物をより分けていく。出来るだけ宝石質に近い方が質の良い魔工宝石を作れる。屑石でも精錬すればある程度の質を持った素材を作れるが、レースまでの時間を考えるとそんなことをしている余裕はない。精錬の手間を省くために出来るだけ質の良い原石が必要なのだ。
「サファイアはブルーサファイアが多いんですね」
「ああ。ファンシーサファイアも出るけどね。青いのが多いよ」
「サファイア」は一般的に青い宝石を指すが、実はそのカラーバリエーションは一色ではない。黄色、ピンク、水色、オレンジなど多種多様な色を持つのがサファイアの特色である。
「ファンシーサファイア」とは一般的な「ブルーサファイア」以外の色を持つサファイアのことを指し、そのほとんどがブルーサファイアより低い価格で取引されることが多い。
「ルビーもサファイアも色が薄めですね。てっきり飛行船レースの賞品みたいな石があるのだと期待していたのですが」
選り分けた原石を並べてリーシャが少しがっかりしたような声で言う。目の前に並んでいるのは「賞品」と比べるとピンク寄りの色をしたルビーと決して深い青色とは言えないサファイアだった。
「ははは。そうか、あれを見て来たのか」
店主は大きく笑うと机の下から飛行船レースのチラシを取り出して横に並べて見せる。
「こんな深紅のルビーはそうそうお目にかかれないよ」
「でも、この鉱山で採れたんでしょう?」
「ああ。そういう触書だ。でも正直なところ……」
店主はリーシャの耳元に顔を寄せると小さな声で囁いた。
「あんな良い石が出たなんてこの辺じゃ誰も聞いたことも無いんだ」
「そうなんですか?」
「お嬢さんも見ればわかるだろう。あれと同じ鉱山で出た物には見えんよ」
そう言って店主は机の上に並べられた原石を見る。
(そう。確かにそうだ)
レースの賞品として掲げられているルビーは所謂「鳩の血」と呼ばれる深い赤色をした原石だ。一方、北方鉱山で採れたというルビーの原石はピンク寄りの赤色で御世辞にも「同じ色」だとは言い難い。
(「鳩の血」はルビーにおいて最も価値がある色とされている。それがこの原石と同じ鉱山から出たとは信じがたい。見る人が見ればそんなこと一目瞭然だ)
「では、なぜ『この鉱山で採れた最後の原石』なんて触れ込みを?」
リーシャが尋ねると店主は少し考えた後に答えた。
「箔がつくからではないかね。『これが最後だ』と言われると欲しくなってしまうだろう」
「なるほど」
一理ある。「最後の一つだ」とか「最後の一枚だ」と言われると興味が無い物でも貴重な物のように思えて購買意欲が湧くことがある。つまりレースの賞品に箔をつけてより多くの人に参加をしてもらおうという魂胆なのでは無いかというのだ。
「この街の人間なら鉱山がとっくに枯れかけていることなんて百も承知さ。だからあの石が何処から出て来た物なのかなんて誰も気にしない。ただ見栄を張っているんだなと思うだけさ」
「見栄ですか」
「そう。鉱山が枯れて経済が苦しい状況だって言うのに街の中心部はやけに綺麗だろう」
「……そう言えばそうですね」
空港から宿へ向かう道中、整備された街並みに驚いたのを覚えている。あの街並みを見て「国が傾きかけている」とは到底思えない。言われてみればおかしな話だ。
「お上は見栄っ張りなのさ。なんでも『今まで通り』だと見せかけるために隣国に借金をしたって噂さ」
「借金?」
「そういう噂が流れるほどってことさ。大体飛行船レースなんてやる金が何処から出てきてるんだって話だよ」
飛行船レースには金がかかる。国内外から集まる飛行船の駐機場を整備にレースに使う魔道具の調達、来賓を招いて行う夜会や「賞品と賞金」の準備など……。
いくばくかの参加費を回収できるとはいえ、今や飛行船事業しか支えの無い小さな国がこうも派手に開催出来るのには訳があるのではないかと噂されているらしい。
「鉱山がまだいくつも稼働していた時代ならまだしも、ここ数年は本当に産出量が減っていて今まで通りになんて行かないはずなんだがなぁ」
主な収入がガツンと減ったにも関わらず税金が少し上がった程度で相変わらず派手な催しを開催出来る。これが「借金をしているのではないか」と噂される主な要因らしい。
(隣国への借金か……。ますますきな臭くなってきた)
ここまで来ると飛行船レースが「ただの行楽イベント」とは到底思えない。何か裏があるに違いないとリーシャは考えた。
「色々と大変なんですね……。ルビーとサファイア、これでお願いします」
あまり深く聞きすぎても怪しまれるので適当な所で話を切り上げる。選別したルビーとサファイアは透明度があり素材としては十分そうな品質だ。
「ああ。愚痴を聞かせる形になってすまないね。これ、オマケしておくから」
そう言うと店主はショーケースの中から一粒の裸石が入った裸石ケースを取り出した。
「こんな綺麗なサファイア、良いんですか?」
薄い桃色をしたサファイアを見てリーシャが驚きの表情を浮かべる。「蓮」と呼ばれる美しい桃色、それに近いオレンジ色とピンク色が混ざったような美しい石だ。
「最近は客もめっきり減って久しぶりに話が出来て楽しかった。そのお礼さ。お嬢さんに良く似合う色だ。受け取ってくれ」
(これ、この原石なんて比べ物にならないくらい高い石なんじゃ……)
袋詰めしてもらった原石と裸石を見比べていると店主は「遠慮せずに」と笑った。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
原石の代金を支払い店を後にする。原石自体も大分安く売ってくれたようで「良いのだろうか」とリーシャは少し申し訳ない気持ちになった。
(さて、材料も手に入ったことだし帰ってオスカーと情報をすり合わせないと)
店主のお陰で少しだけ状況が見えた気がする。随分と厄介なことになっていそうだとリーシャは内心ため息をついた。