新型兵器の開発
「陛下、お久しゅうございます」
「サンダース、しばらくぶりだね。無事でなによりだ」
皇帝、ヴィクトール・ウィナーの執務室。
リーシャと分かれた後、オスカーはマイケル・サンダースと共にヴィクトール・ウィナーの元を訪れていた。
「ヴィクトールに帰国の報告に行くので一緒に行かないか」と誘われ、興味を引かれて着いてきたのだ。
「途中、ヴィクトリアに会いましてな。私の話に興味を持ってくださったようなのでオスカー様もお連れいたしました。構いませんか?」
「構わないよ。オスカーにとっても有意義な話だと思う。ロウチェ、珈琲を三人分入れてくれないか」
「かしこまりました」
マイケルは旅装を解くとほっと一息ついた様子で来客用のソファーに腰をかける。
(この男、ヴィクトールよりも年上に見えるが……。異母兄か?)
見たところ四十代後半……いや、五十代だろうか。
皇帝よりも少し年上に見えるが、マイケルの皇帝に対する態度は兄ではなく臣下のそれだった。
イオニアでは考えられないことだ。
「で、どうだった」
ヴィクトールに尋ねられるとマイケルはニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。
「ユグランドは素晴らしい国です。陛下がお望みの汽車。あれは素晴らしい。馬車よりもずっと速く、多くの物を運べます。
馬と違って長い時間、長距離を走り続けられますし、燃料である石炭も我が国は自前でまかなえるでしょう?
是非取り入れるべきです。
馬車と同じく物だけでなく旅客輸送も可能なのですよ。
私自身何度も利用しましたが、乗り心地も悪くない。
技師を招いても良いですが、最初のうちはユグランドから輸入するのが宜しいかと。
ユグランドから船で西の港に運ぶのです。
客車や荷車も用途に合わせて注文しましょう。
あと、我が国から人を遣って技師を育成するのもお忘れなく!
いつまでもユグランドに頼りきりというわけには行きませんからなぁ。
敷設についてはあちらから技師を招いていろいろと相談せねばなりません。軌条を敷く場所にも向き不向きがあるようですから。
運用に不安がおありでしたら最初は鉱山で使ってみるのが宜しいでしょう。
ユグランドでも初めは鉱山で鉱石の運搬に使用していたと聞いております。
それと馬車鉄道! 汽車に使うのと同じような軌条に荷台を乗せ、それを馬に曳かせるのです。
あれは良い物ですぞ。駅馬車よりもずっと早くずっと多くの人間を安定的に輸送することが出来る。
ゴルトーの駅馬車はあれに置き換えても良いかもしれません。
それと船! 陛下、鉄船にご興味は?
なんとユグランドでは鉄船に大砲を乗せた戦船を作っているのです。
私、初めてこの目で戦船を見たときは感動のあまりその場で涙が止まりませんでした。
鉄の威容を誇る鉄船に涙溢るる在りし日の我。
あれは漢の浪漫ですぞ。蒸気船とは違う、新しい時代の船です。
是非我が国でも導入していただきたく」
「汽車のことは分かった。我が国は平地が多い。比較的敷設も楽だろう」
「ええ。向いていると思います。冠の国のように山ばかりでは難しい面もあるかと存じますが、ゴルドー周辺は平野ですからね。
まずは首都周辺の都市と都市の間に軌条を設置して、その後に遠隔地へ延ばしていくのが良いでしょう。
ユグランドには山が少なく、技師も山へ汽車を通す想定はしていないでしょう。ですので山岳部へ汽車を通すにはちと時間がかかるかもしれません」
「そうか。分かった。ちなみに、敷設するのにどれくらい金がかかりそうか分かるかい?」
「……」
マイケルは途端に沈黙した。
あれだけ饒舌だったのにも関わらず、皇帝の顔を一度ちらりと見た後に言いにくそうにもじもじとしている。
「良いから、教えてくれ」
「……少なくとも、金貨五億枚以上はかかるかと」
「五億!?」
横で聞いていたオスカーが思わず叫ぶのも仕方ない。
金貨五億枚。途方もない数字だ。
「汽車と客車、荷車の建造費用に加えて我が国への輸送費、軌条の敷設費、軌条を敷く土地の買収費用、職人への給与その他諸々……。
正直、五億以上かかる可能性も……」
「なるほど」
ユグランドで作り、ユグランドで走らせるのとは訳が違うのだ。
作った物を遠く離れた偉大なる定刻まで運んでこなければならないし、軌条を走らせる土地を買い取って均し、軌条を作って敷設しなければならない。
都市と都市の間、ずっと離れた場所同士をつなげなければならないのだから人も金も要る。
「他国に頼るというのはこういうことなんだよ」
ヴィクトールは言った。
「もしも自国で汽車を作れたなら、少なくとも移送費はかからずに済む。汽車だってもっと自分の国に合った物を安価で作れるかもしれない」
「確かに、そうだな」
「だが、今は出し渋る時ではない。技術と知識を得なければ自国で汽車を作るなんて夢のまた夢だからだ。
我が国は発展途上であり、得られるならば何でも吸収したい。貪欲に、強かに」
「では」
「進めて構わないよ。ただし、計画は慎重にね。お金は私が稼ぐから心配は要らないよ」
「承知致しました。ご配慮感謝いたします」
(金貨五億枚を稼ぐ? どうやって?)
深々と頭を下げるマイケルを前にオスカーは息を呑んだ。
金貨五億枚は大金である。
護衛として働いて金の価値がよく分かった。
高給取りとされている宝石修復師でさえ、一度に金貨百枚手にすると驚く程だ。
それを五億枚。
目の前にいるこの男は「私が稼ぐ」と涼しい顔をして言ってのけた。
(一体どうやって)
そこまで考えてふと、「夜の紫」のことを思い出した。
偉大なる帝国の新たな事業。
香水と化粧品と香草、それと薬草を外国に輸出する新事業のことだ。
(偉大なる帝国のような国土の広い国ならばフロリアよりもずっと多くの薬草を生産できる。
フロリアの販路を奪えれば巨額の富を得られるはずだ。
それに、冠の国のルビー……)
新しく冠の国で発見されたルビーの鉱脈。
そこから出たルビーを使って工業を発展させたり魔道具を大量生産すればより多くの金を得ることが出来る。
「もしかして、あのルビーは汽車を購入するための外貨を稼ぐための物なのか?」
オスカーが問いかけるとヴィクトールとマイケルは顔を見合わせた。
「まぁ、君にならば話しても良いか」
ヴィクトールはそういうとロウチェに「あれを持ってきて」と指示を出す。
「陛下、宜しいのですか?」
「ああ。彼なら構わない」
ロウチェが両腕に抱えてきたのは大きな長細い箱だった。
革張りの立派な箱をドスンと机の上に置き蓋を開けると、中から見覚えのある細長い物体が姿を現す。
「これは……鉄の銃か?」
鉄の銃。
冠の国へ赴く飛行船の中でも偉大なる帝国の兵士が着用していた携帯武器である。
だが、目の前にあるそれは彼らが持っていた物よりも長くて大きな形状をしている。
「鉄の銃であることは間違いないけど少し違う。これは魔銃だよ」
「……なんだって?」
「魔銃です。我が国が開発中の新型兵器ですよ」
マイケルは魔銃を手に取るとオスカーに手渡した。
黒い金属で出来た細身の銃。手に持つとずっしりと重く、持ち手の木材がひんやりと冷たい。
「鉄の銃は火薬を詰めた弾を撃つものだろう?
それは魔力を込めた弾を打ち出すんだ」
「魔力を?」
魔力の弾。
オスカーの脳裏にあるものが浮かび上がる。
「まさか、飛行船の大砲と同じ物か?」
「流星砲とは違う。あれは失敗作でね。でも考え方はほとんど同じだよ。弾に魔法を纏わせて打ち出す。
遠距離魔法でも届かない遠隔地に魔法を撃ちこむための道具さ」
「……」
(遠距離魔法でも届かないような遠い場所に?)
そんな事が可能なのだろうか。
「一般的には魔法が届く距離には限界があるとされています。
遠距離魔法と呼ばれるものでもせいぜい自分の目が届く範囲にしか届かない。
古い民話に出てくる『雨乞い』というものをご存じですか?
あれも原始的な魔法の一つとされていますが、正確には違います。
雨乞いは必ず成功するわけではない。雨が降るときも降らないときもあるでしょう?
それは魔法が作用する距離に限界があるからなのです。
雨雲に直接干渉しようとしても大抵は雲が高すぎて届かない。
ではどうすればよいのかというと魔法が届く高さに疑似的な雨雲を作れば良い。
そのことに気づけば成功するし、気づかなければ失敗する。
古くから魔法師は距離と範囲に悩まされてきました。
そこで、我々は考えたのです。
距離に関係なく魔法を使うことが出来る道具を作れないかと」
「鉄の銃は便利だけれど、いまいち使い勝手が悪くてね。
昔から騎士には強いが魔法師には弱いとされていて、魔法師が増えた今、あまり使われなくなってしまったんだ」
鉄の銃が普及し始めたのは魔法が広まるよりも前のことだった。
まだ人々が剣を使って戦っていた時代だ。
剣を使う相手にとって鉄の銃は大きな驚異だった。
相手に近づく前に目に見えない速さで弾が飛んでくる。
為すすべもなく倒れる騎士達を見て多くの国々が鉄の銃を導入しようとした矢先に登場したのが魔道具だ。
鉄の銃よりもずっと簡単に人を殺せる道具が登場し、人々の関心はそちらに移ってしまった。
当時、鉄の銃は命中精度も悪く遠くから撃っても当たらない事がままにあった。
そうなると魔法師相手には歯が立たなかったのだ。
「我が国はある意味時代遅れでね。
武器の更新をあまりしなかったせいか、未だに鉄の銃が現役で使われているんだ。
さすがに普及し始めた当時のままではなく、細々と改良を重ねて昔よりはずっと遠くから精度良く撃てるようになった。
そこで思いついたのが魔銃だ」
「魔法を銃で撃ち出す。銃の着弾地点で魔法が発動するように改良出来ないかと、陛下はそうお考えになったのです」
(また大それた事を……)
大それた事、いや、大胆な発想だと言った方がよいか。
冠の国での飛行船レースで初めてあの大砲を見たときも驚いたが、それをさらに改良していたとは。
「となると、ルビーの消費先は」
「火打ち石として使っているんだ」
ヴィクトールは箱の中に納められていた四角い小箱から弾丸を一つ取り出してオスカーの手のひらの上に落とした。
「まだ実験段階だけどね。弾頭の中にルビーの核を仕込んで、そこに魔法を焼き付けるんだ」
「弾ひとつひとつにルビーを? 随分と高価な弾丸だな」
「それだけの価値があるってことさ。どういう想像をしているのかは分からないけど、私が目指しているのは従来の豆鉄砲じゃない。
其れ一つで相手に大打撃を与えられるような、打撃力のある武器だ」
「つまり、その小さな弾であの大砲のような効果を得るつもりだと?」
「言っただろう。流星砲は失敗作だと」
(あれでも十分な威力のように思えたが)
もしもリーシャが用意した防御魔法の魔道具がなければ小さな飛行船などひとたまりもなかっただろう。
魔法を撃ち出す大きな大砲。
不意打ちで使えば町や村ごと蹂躙出来そうなものだが。
「最初は火砲から。ゆくゆくはどんな魔法でも自在に撃ち出せる、そんな銃にしたいと思っている」
「何時聞いても夢のような話ですなぁ」
マイケルは呆れ顔で顎をさすった。
「夢は大きければ大きいほど良い。いずれは君の言う戦船にも積めるかもしれないよ」
「それは良い。魔銃……いや、魔動大砲を積んだ戦船とはなんとも浪漫溢れる代物ではありませんか」
「ただ、船を造るには少々金が足りない。我が国は海に面した土地を有さない内陸国だからね。まずは汽車を敷いてからだ。いいね」
「分かっておりますとも」
そう良いながらもマイケルは少々惜しそうな顔をした。
よほど戦船を気に入ったらしい。




