マイケル・サンダース
この日、リーシャとオスカーはヴィクトリアに国立博物館を案内してもらう予定だった。
予定だった、というのは朝方に寄ったゴルドー宮殿で思わぬ出会いがあったからである。
「ヴィクトリア! 久しぶりですね」
三人が庁舎を出ようとした時、前方からヴィクトリアに声をかけた人物がいた。
明るい茶色の癖毛をした長身の男だ。旅装であるところを見るとどこかへ出かけていたのだろうか。
大きなトランクを引っ提げて三人がいる方へ駆け寄ってくる。
「サンダース卿。お戻りになられていたんですね」
「たった今ね。これから陛下へご挨拶に伺うところです。そちらの方々は?」
「陛下のお客様です。リーシャ様とオスカー様ですわ」
「……ああ! あなた方が。初めまして。私はマイケル・サンダース。運輸局の局長をしております」
「サンダース卿は私の異母兄にあたる方です」
「つまり、先代皇帝のご子息と」
「ええ。まぁ、今は陛下の臣下として働かせていただいておりますが」
マイケルはにこりと笑うと急に真顔になりオスカーの手を握った。
「ところで! オスカー様、汽車というものに興味はございませんか?」
「キシャ?」
急に手を握られて驚いたのかオスカーは一歩後ろに下がったがマイケルは両手でぎゅっと手を握って離さない。
そのまま早口で「キシャ」について語り始めた。
「ええ。蒸気機関で走る鉄の箱です。ここからずっと西方にある島国で開発された新しい乗り物なんですけどね。
軌条という鉄の誘導線を敷いてその上を走らせるのです。
馬車なんかよりもずっと速く、ずっと頑丈で、ずっと多くの荷物を運ぶことが出来るすばらしい乗り物なんですよ。
それを我が国も導入しようと言う話しになってわざわざ西方の島国まで赴いた訳ですが、これまたびっくり。
あの国は大変技術が発展しているのです。
魔道具に頼らない機械工業なんかも我が国よりずっと発展していて驚きました。
ああ、そうだ。オスカー様は確かイオニアのご出身だとか。
イオニアにはまだギルドがないと聞き及んでおりますが、通貨は何をお使いですか?
もしかして、独自通貨を使っておられるのでは?
今、主に使われているのはギルド貨幣なのはご存じでしょう?
ギルドでの仕事のやりとりは全てこの貨幣でなければならないと定められておりますから、基本的にどの国でもギルド貨幣を取り扱うのが当たり前になっています。
どうでしょう。イオニアでもギルド貨幣を導入してみてはいかがでしょうか。
独自の貨幣は両替が必要になりますし、その手間を考えて貴国とのやりとりを忌避する商人いるのではないでしょうか。
もしもギルド貨幣を作るつもりがあるのならば、貴殿も是非あの島国に行くことをおすすめします。
あの国の造幣技術は進んでいます。人の手ではなく機械で貨幣を大量生産しているのです。
せっかく新しい貨幣を導入するのならば、古びた議寿ではなく最新の技術を取り入れるべきです。
その方が何倍も効率がいい。
ああそうだ、船にご興味は?
造船所も見学してきたのですが実に良い。
船と言っても空を飛ぶ船ではありません。
正真正銘、海を行く鉄船です。
我が国は貴国と同じように海のない国であります。しかし、西の港のように租借地を持っている。
ないなら借りれば良いのです。
貴国に近い場所に港を作り、そこに船を寄せればよい。
そしてそこに集荷をして運べば今までよりもずっと速く、ずっと多くの物を手に入れることが出来ます。
船も今や木造船ではなく鉄船の時代ですからなぁ。
ああ、そうだ。ご存じですか? 一般的な蒸気船とは違う新しい作りの船が出来たのです。
蒸気タービンと呼ばれる外燃機関を使った大きな鉄船です。
ただの鉄船ではありません。戦船――そうですね、戦艦とでも呼称しましょう。
その戦艦を我が国も何隻か調達しようということになりまして……と言っても我が国には造船所などありませんから、あちらの造船会社に発注を――」
「サンダース卿、そこまでにしてくださる?
お二人とも呆気にとられておりますわ」
もしもヴィクトリアが止めなければ、演説は日が暮れるまで続いたであろう。
マイケル・サンダースははっとした後に「ゴホン」とわざとらしく咳をしてオスカーに手を差し出した。
「ともかく、私はこの目で見てきた全てを陛下にお伝えしなければならないのです。
いかがでしょう。オスカー様も是非、ご一緒に」
思わずオスカーはリーシャの方を見た。
(正直、彼の話には興味がある。キシャ、とかいう動く鉄の箱に造幣の話、それに新しい鉄船。
我が国にも利のある話しのように思える)
聞いたこともない新しい技術だ。
それを偉大なる帝国がどのようにして取り入れるつもりなのかも見てみたい。
「サンダース卿、貴方は本当に運輸局の人間なのですか?
キシャはともかく戦船の調達まで任されるなんて」
リーシャが訝しげに訪ねるとマイケルは笑みを返した。
(なるほど)
そうとも言えるし、そうとも言えないらしい。
「リーシャ、すまない」
「いいですよ。博物館は二人で行きますから」
「ありがとう」
オスカーはマイケル・サンダースに同行することにした。
思うに、この男はただの運輸局局長ではない。
皇帝の信頼を得て活動している地位と権力のある人物である可能性が高い。
とすると、せっかくの誘いを断る理由はない。
彼はオスカーに聞かせたいのだ。自分が異国で得た新しい知識や情報を。
せっかくの機会を無駄にするのはもったいない。
「では、行きましょうか」
庁舎の前でオスカーと別れ、リーシャはヴィクトリアと共にゴルドー国立博物館へ向かった。




