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神に愛された男

 ゴルドー宮殿は皇帝の宿舎も兼ねている。

 最上階に皇帝の私室があり、そこから執務室に通えるようになっているのだ。

 と言えば聞こえはいいが、つまり皇帝は庁舎に泊まり込んで仕事漬けの毎日を送っているということだ。

 おおよそ「宮殿」とは思えない質素な作りの(とは言っても石造りの立派な建物ではあるが)建物に皇帝が住み着く事に最初は反対意見も多かった。

 先の皇帝は派手で立派な宮殿に大きくて見栄えのする庭園をつくり、豪華な離宮をいくつも建てた。

 その時代に甘い汁を吸った者たちは元の宮殿や離宮を廃して庁舎に住み込み働いているヴィクトールをあざ笑ったり、宮殿や離宮を取り壊して追い出されたことに恨み言を言ったりしている。

 質素な宮殿と歴史ある華美な迎賓館。

 ウィナー帝にはそれだけで十分だった。


 リーシャとオスカーは宮殿から少し離れた場所にある迎賓館に宿泊していた。

 先代皇帝よりもずっと古い時代に作られた立派な迎賓館だ。所々に古き良き時代の面影が見て取れる。

 豪華な調度品に著名な画家が描いた壁画。

 案内した使用人によると先代皇帝はこれでも「地味だ」と愚痴をこぼしていたらしい。


「夕飯はここの晩餐室でとのことです」


 部屋に案内されてようやく一息ついたリーシャは窓の外から美しく整えられた庭園を眺めながら言う。


「陛下はあれからまた仕事に戻られたようで。お忙しい方ですね」

「ロウチェに聞いたが、あの庁舎に住み込んでいるらしい」


 帰り際、「もう少し休んで欲しいのですが」とロウチェはオスカーに愚痴を漏らした。

 朝から晩まで、時には寝る間も惜しんで働いているらしい。


「皇帝が庁舎に住み込みとは。それだけ仕事が多いということでしょうか」

「そうだろうな。先代皇帝が倒れてから間もない。国が安定しているように見えて、そうでもないのかもしれないな」

「そんな不安定な時期に冠の国に侵攻したりします?」


 あれだけ多忙なのだ。

 皇帝が身を粉にして働かねばならないような状況なのに、他国に侵攻するなどという面倒事を引き起こす必要などあったのだろうか。


「冠の国は飛行船事業の本場だ。あそこの技術者と造船所が欲しかったというのもあるだろうし、ルビーが必要な理由でもあったのではないか?」

「ルビー……」


 偉大なる帝国がルビーを欲する理由。

 冠の国に滞在していたとき、偉大なる帝国がルビーを買い漁っているという噂を聞いた。

 その時はてっきり冠の国を落とすために銃火器でも作っているのかと思っていたが、冠の国は無血開城した。

 宮殿に行く途中、馬車の中から街中の様子を伺ったが街は落ち着いていて戦火が近づいている様子もない。


「持ち前の勘で冠の国にルビーの鉱床があるのに気づき、それを手に入れる為に支配下に置いたといったところでしょうが、一体なんのために?」


(皇帝は私にわざとあの資料を見せた。きっと理由があるはずだ)


 執務室で見たルビーの採掘に関する資料。

 あの資料はわざわざほかの資料の束とは分けて机の上に置かれていた。

 皇帝は最初からあの資料をリーシャに見せるつもりだったのだ。

 だとすると、そこには何か理由があるはずだ。


「彼の考えがわかりません」


 そう呟いたリーシャをオスカーは意外そうに見つめた。


「リーシャにも分からないことがあるんだな」

「はい?」

「皇帝のことならば何でも分かるものだと思っていた」


 オスカーの子供じみた嫌みにリーシャは眉を顰める。

 ただのやっかみなのは分かっている。

 ちくちく刺すような言い方が気に入らない。


「確かに私と陛下とは考えが似ているかもしれませんが、かといって全てが分かるという訳ではありません」

「あいつはリーシャのことをよく分かっているようだが」

「それこそ勘というやつでしょう」


 天性の勘。第六感とでも言うべきだろうか。

 それとも、運が彼の味方をしている。神が彼を愛している。

 そういう類の物であるとリーシャは考えていた。


「交友関係も広そうですし、そういう伝手や何らかの手段を使って行う情報収集にも長けているのでしょうね。

 でもそれだけではなく、陛下の言うように勘がよい。察する力や予見する力に長けている。そう思うのです」

「まるで魔法だな」

「魔法とは何か違うような。どちらかと言えば魔術でしょう」

「そうか?」

「魔法は自然の力を借りるもの。未来予知や強運体質のような神秘体験は魔法という概念からは外れたもののように思えます。

 どちらかというと人の手や自然の理から外れた、目に見えない存在と対話する魔術に近しい物なのではないでしょうか」

「とすると、ヴィクトール・ウィナーは魔術を使っていると?」

「それは飛躍しすぎです」


 オスカーの頭の上に見えない疑問符が浮かぶ。

 魔法師の感覚は未だに理解できないところがある。


「魔術に近い何か。そのような現象を引き起こす才能を持っている。

 彼自身が意識的に力を行使している訳ではないとしても、彼に良いように物事が進む『強運体質』を引き起こしている何かがある。

 そう考えるとおもしろいでしょう?」


(なるほど)


 腑に落ちた気がした。

 リーシャはヴィクトールのそれを学問として楽しんでいるのだ。

 本来ならば皇帝になれなかったはずの妾の子であった彼が、相次ぐ正妻の息子の死と「くじ」によって皇帝の座を射止め、「勘」によってルビーの鉱床を掘り当てた。

 ただの「強運」だと言ってしまえばそれまでだが、その運の良さにリーシャは何かを感じているのだ。

 「偶然」や「運」が悉く彼に味方をする。

 それには何か原因があるのではないかと、そう考えている。

 「砂漠研究所」でラウラの話を聞いてから、リーシャはより一層魔術に興味を持つようになった。

 ラウラ曰く、魔術は魔法を昇華させたもの。いわば魔法の延長線上にあるものである。

 魔法を愛するリーシャが魔術に興味を持つのは当たり前だろう。

 だからこそ、魔術をもっと紐解きたい。

 時間と空間をねじ切り、つなげ、穴をあけるような人知を超えた力の謎を解明したい。

 そう考えるのも不思議ではない。

 「なぜ」それが起こっているのか。「なぜ」そうなるのか。

 それを考えるのが好きなのだ。

 考える過程を楽しんでいる。


(だからこそ、リーシャはヴィクトールに惹かれているのだろう)


 「強運」という人とは違う得意な才能を持った男。

 果たしてそれが本当にただの「強運」なのか。

 はたまた何か特別な、人の手の届かぬ場所にいる何かの影響を受けているものなのか。

 その謎がリーシャの目には魅力的に映っているのだ。


「もしも奴のそれが何かによって引き起こされたものだとしたら、一体原因はなんだと言うんだ」

「さあ。でも、古くから言うでしょう?

 神に愛されたなんとやらって」

「ヴィクトールが神に愛された男だと?」


 「嫌な響きだ」とオスカーは不快感を露わにする。


「神の寵愛を受けた男。なんともお似合いではありませんか。神話にも良くあるでしょう。神に寵愛された美青年の話が」


(確かにそんな話は聞いたことがあるが)


 どこか陰のある愁いを帯びた顔。

 年を取っても尚美しい彫像のような肢体。

 月明かりに輝く銀糸のような髪に神秘的な灰色に紫が混じった瞳。

 神話に出てくる美声年と言われれば納得してしまうような容姿ではある。


(それに、あの何とも言えない雰囲気)


 例え敵意を抱いていてもヴィクトールを目の前にすると心を鷲掴みにされてしまうような独特な雰囲気を纏っている。

 「人たらし」というよりは神に対する畏怖のような、人を従える、人をひきつける才がある。

 それが彼を皇帝たらしめたのか、皇帝となったからあのような雰囲気を纏うようになったのかは分からない。

 ただ、その畏怖に神秘性を感じるのも理解はできる。

 オスカー自身、何も感じないかと言われれば否定はできないからだ。


「非現実的な話だ」

「魔法も魔術もあるのにそんな事言います?」

「俺は目に見えないものは信じない主義なんだ。魔法も魔術も目には見えるが、神は目に見えない」

「オスカーって無神論主義者でしたっけ」

「そういう訳ではないが……」


 ただの負け惜しみだ。

 ヴィクトールに感じた畏怖を認めたくない。

 それに、リーシャがヴィクトールに惹かれているという事実が気にくわない。

 それだけだった。


「ともかく、あまりヴィクトールに心を許すな」


(そういう話だっけ?)


 オスカーの口から飛び出た突拍子もない言葉にリーシャは呆れた様子で「はいはい」と返答した。

 オスカーの心情を察してのことである。

 これ以上意地悪をするのはかわいそうだと思ったのだ。

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