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皇帝との再会

 偉大なる帝国、首都「ゴルドー」。

 巨大な建造物が立ち並び、街中には縦横無尽に駅馬車が走り回っている他に類を見ない大都市だ。

 ゴルドーがこのような大都市となったのはつい最近のことだった。

 とはいえ、腐っても帝国の首都である。昔から繁栄していなかった訳でも小都市だった訳でもない。

 先代皇帝の統治時代、偉大なる帝国は腐敗政治が蔓延る「衰退していく国」だった。

 このゴルドーにもどこか寂れた、暗い陰が落ちたような雰囲気が蔓延っていた。

 誰もが国の行く末を案じ、諦めていたような、そんな国だった。

 ところが、先代皇帝が病に倒れ新たな皇帝が即位するとその雰囲気は一変した。

 国に蔓延る鼠を一掃し、能のある者が報われる社会へと少しずつ変化していったのだ。

 皇帝は国内産業に力を入れ、他国の力に頼らずとも良いような国づくりを始めた。

 自国を守るため軍事産業の増強に力を入れ、今まで通り甘い汁を吸おうと近づいてくる他国の使者を一蹴した。

 女に溺れ、賄賂と外戚の言いなりになっていた先代皇帝とは違う。

 そんな噂が少しずつ広まっていったのである。


「それにしても、大きな建物ですね」


 リーシャは目の前にそびえ立つ巨大な石造りの庁舎を見上げた。


「宮殿、というよりも庁舎だな」

「というか、庁舎そのものでしょう」

「本当にここにあいつが?」


 「あいつ」というのは勿論、皇帝、ヴィクトール・ウィナーを指す。


「手紙にはここに来るようにとありましたが」


 そう言ってリーシャは懐から一枚の封筒を取り出した。


『リーシャ・ルドベルト様』


 封筒には丁寧な文字でそう綴られている。

 偉大なる帝国皇帝、ヴィクトール・ウィナーからの「招待状」だった。


 手紙が届いたのは一月ほど前のことである。


『蒐集物を見つけたので一度我が国まで来てほしい』


 端的に言うと手紙にはそう綴られていた。

 以前偉大なる帝国を訪れた際にした「お願い事」をヴィクトールは叶えてくれたようだ。

 「送ってくれ」と言うのも失礼な話なので、リーシャはすぐに「伺います」と返事を書いた。

 横でオスカーが不満そうな顔をしていたが、気にしない。

 蒐集物が見つかったのだから、そちらの方が重要だ。


 指定された場所は「ゴルドー宮殿」という宮殿とは名ばかりの庁舎だった。

 ごく最近作られたものなのだろうか。

 「宮殿」の石壁は真新しい物のように見える。


(離宮を整理していると言っていたから、その一環なのかも)


 フロリアで再会した際、ヴィクトールは無数にある「離宮」を「整理」していると言っていた。

 先代皇帝が囲っていた側妃たちの住まう離宮。

 ヴィクトールにとっては無用の長物であり、妃とその親族は汚職の温床となっている「癌」だ。

 それらを一斉に廃し、妃や親族たちを国に帰したという。

 それらの一環で古い宮殿を建て替えたのだろうとリーシャは考えた。

 あのヴィクトールが先代皇帝の住んでいた宮殿にそのまま住み着くとは思えないからである。


「さて、行きましょうか」


 庁舎の入り口で衛兵の検問を受け、受付まで案内してもらう。

 受付で皇帝からの手紙を見せると受付にいた女性がそのまま皇帝の執務室まで案内してくれた。


「陛下、失礼いたします。リーシャ様とオスカー様がお見えになりました」

「ああ、入ってくれ」


 執務室の扉が開き、内側から涼やかな黒髪の女性が顔を出す。

 良く見知った顔だ。こうして会うのは「花の国」以来だろうか。


「ロウチェさん。お久しぶりです」

「リーシャ様、ご無沙汰しております。さあ、中へどうぞ」


 ヴィクトールの側近、異母妹のロウチェは優しげな笑みを浮かべると二人を執務室の中に招き入れた。


「仕事をしながらですまない。今立て込んでいてね」


 立派な仕事机で書類とにらみ合いをしていたヴィクトールは細い銀縁の眼鏡を外すと二人に詫びる。

 広い執務室の中には仕事机と来客用の応接スペース、それと分厚い本や書類をまとめて綴じた冊子が沢山並べられた大きな本棚があった。


(宮殿の執務室、というよりもどこかの商会の仕事場みたい)


 どちらかといえば簡素な、こざっぱりしている部屋だ。

 派手なカーテンや絨毯を敷く訳でもなく、豪華な壷や置物で飾りたてている訳でもない。

 働き易さを重視した機能的な部屋のように思われる。


(普段はこういう格好なんだな)


 リーシャはヴィクトールの装いに目を移した。

 無地の白いワイシャツにサスペンダーで留めた焦げ茶色のスラックス。

 良い拵えなのだろうが、今まで見てきた礼装とは打って変わって随分と簡素だ。

 おそらく、これがヴィクトールの普段の姿なのだろう。


「お招き頂きありがとうございます。で、それは?」

「気になるかい?」

「ええ。冠の国のルビーについての書類、ですよね」


 机の上の資料を覗き込むリーシャにヴィクトールは「見てもいいよ」と資料をまとめて手渡した。


「へぇ。結構な量が採れているんですね」


 リーシャは資料に目を通しながら感心したような声を上げる。


「うん。埋蔵量も多そうだから、しばらくは困らないだろうね」

「前から不思議に思っていたんですけど、一体どうやってこの鉱床を見つけたんですか?

 議事堂の地下だなんて、普通は考えつかないでしょうに」

「勘だよ」

「勘? 直感ってことですか?」


 疑いの目を向けるリーシャにヴィクトールは涼しい顔で頷いた。


「そんな馬鹿な。勘だけでこんなにピンポイントに掘り当てるなんてあり得ない」

「昔から勘がいい方なんだ。勘がいいというか運がいいというか……。分かるんだよ。なんとなくね」


(そういえば、この人はくじで皇帝の座を射止めた人だった)


 神懸かり的な運の良さ。

 それが「強運皇帝」ヴィクトール・ウィナーの持ち味だった。

 先代皇帝の後継者たる正妻の息子が次々と病に倒れ、数多くいる側室の第一子の中から「くじ引き」で、それも一番最後にくじを引き皇帝の座を射止めた男。

 さらには町のど真ん中に埋まった未知の鉱床を直感で掘り当てたとあらば、それはもはや「強運」どころではなく「豪運」、いや、神懸かり的な何かなのではないかと思えてくる。


「なるほど、勘ですか。では、クロスヴェンに香水を寄越したのも『勘』ですか?」


 リーシャが嫌みったらしく言うとヴィクトールは目を丸くした後に微笑んだ。


「あれは偶然だよ。たまたま二人がクロスヴェンに立ち寄ると風の噂で聞いてね」

「隠さなくていいですよ。あの町であんなに派手に商売をしているのですから、それなりに伝手があるのでしょう」

「……まぁ、君たちにならば話してもいいか」


 ヴィクトールはリーシャに「立ち話もなんだから、座って」とオスカーの座っている応接スペースに移るよう促すと、自らも移動して腰を下ろした。

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