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昔話

 リーシャとオスカーの目の前に温かい料理が運ばれてきた。

 蒸し鶏や蒸し饅頭、山で採れた猪肉に温かい汁物などが並ぶ。


「さあ、どうぞ召し上がってください」


 促されるままに箸を手に取り大皿から料理を取り分けた。


(おいしい。仙人だからといって霞を食べている訳ではないらしい)


 ヤオの手料理だろうか。

 ウォルタの料理屋で食べた濃い味付けの料理とはまた違う、あっさりとした淡泊な味付けだ。

 余計な物が一切入っていない健康的な、一種の薬膳のような味付け、と言えばよいのだろうか。

 下界の物とはまた別の文化を感じる。


「お口に合いましたか?」


 料理を運んできたヤオの問いにリーシャは「はい」と返答をした。


「とてもおいしいです。これはヤオさんが?」

「はい。家翁の舌に合わせているので薄口かもしれませんが」

「確かにウォルタで食べた物よりはあっさりとしていますが、私は好きです」

「良かった」

「この年になると味の濃い物が好かなくてね」


 シャオはそう言ってつまみを口に運ぶ。


「ウォルタに出るのも億劫で、買い物やらなんやらは全てヤオに任せているんですよ」

「一体いつからこちらに住まわれているんですか?」

「もう数十年になります。元々親父から受け継いだ家だったんですよ。

 我が家は代々翡翠で生計を立てていて、その先祖が道楽のために作った家でね。

 先祖が築き上げた財産だけは使いきれないほどありましたから、親父が死んだのを機に隠居生活をすることにしたんです」

「翡翠で生計を立てていたということは、お仕事は翡翠商かなにかでしょうか?」

「ええ。私の先祖は元々宝石商を営んでいまして、世界各地の鉱山を巡って買い付けを行い宝石店に卸す商売をしていたそうです。

 まだ宝石がたくさん採れた時代の話です」

「古き良き時代ですね」

「はい。とても良い時代であったと聞いています。

 そうして世界を巡る旅の途中、ある噂を耳にしたのだそうです。

 ある渓谷に翡翠のような岩が転がっている場所がある、と」


 いつの間にかリーシャとオスカーはシャオの話に聞き入っていた。

 まるでおとぎ話を聞かされている子供のように、興味深そうな眼差しでシャオを見つめている。

 興が乗ってきたのか、シャオは語り部のように声に抑揚を付けながら物語の続きを話し始めた。


「別に、翡翠のような岩が転がっているのは珍しいことではありません。

 翡翠と見た目がよく似た石も多いし、軟玉のような紛らわしい石も少なくはない。

 だからその話を聞いた祖先は『どうせ見た目が似た別の石だろう』と思いつつも、念のため現地まで足を運ぶことにしたのだそうです。

 

 その場所は深い山の奥、切り立った崖のそびえ立つ小さな渓谷でした。

 普段は誰も立ち入らない、都市部からうんと離れた山の中で、付近の集落といえば下流にある小さな先住民族の集落だけ。

 その噂というのは集落に立ち寄った探検家が集落の住民から『翡翠のような石』で出来た首飾りを見せてもらったというのが出所だったそうです。

 口伝てに広まった噂を頼りに祖先はその集落を目指し、紆余曲折を経てついにその集落にたどり着いたのです」

「その集落というのは」

「ウォルタのある場所からずっと下流にある村です。今はもう無いそうですが」


 シャオはそう言うと「失礼」と言って懐から煙草を取り出し火を点けた。


「結論から言うと、その村に翡翠はありました。

 村人は翡翠の首飾りをしており、祖先はその石の出所を村人に尋ねました。

 村人が言うには、集落の近くにある川の河原でたまに光り輝く美しい石が採れるのだとか。

 案内を頼み河原へ行くと、確かに翡翠によく似た白くて角張った大きな石が落ちていたのです。

 紛れもなく翡翠でした」

「河原で見つかったということは、その石は上流から流されてきたと」

「はい。祖先も同じように考えたようです。この石は川が増水した時に流されてきた物に違いない、大元の原石は上流にあると」


 ふーっと煙を吐くとシャオは何かに気がついたような表情を浮かべて「ふっ」と笑った。

 自らを見つめる二人の期待に満ちた眼差しが目に入ったからである。


「現地の人間を雇い上流に向かうと、今まで見たこともないような立派な翡翠の原石が川の中に鎮座していたそうです。

 それも一つではなく、いくつも。

 それまで下流での噂はあったものの上流に翡翠があることは知られておらず、祖父は世紀の発見を成し遂げました。

 大枚を叩いて現地人を雇い、世の中に知られる前にめぼしい石を運び出したのです」

「魔法がない時代にそんなに大きな石を運び出せたんですか?」

「もちろん無理ですよ。人力で運び出せない大きさの物は打ち砕いたり爆破して小さくしてから運び出したのだとか」

「なんともったいない」

「それしか方法が無かったのですから仕方がありません」


 シャオは苦笑した。

 今まで見たこともないような立派な翡翠の原石。

 魔法が普及した今ならば、そのままの姿で運び出すことも叶ったかもしれない。

 しかし発見当時、まだ「魔法」という物は「奇跡」だとか「神通力」だとか、なにか得体の知れないものであり獲物語りの中の存在だった。


(もしも、なんて考えても仕方がないんだけど、見てみたかったなぁ)


 きっとあの庭石よりも大きくて立派な原石だったのだろう。

 なんとも惜しい。


「翡翠発見の報せは瞬く間に世界中を駆けめぐりました。

 祖先が『ウオルタ翡翠』として専門誌に発表をしたからです。

 翡翠の存在が明らかになるとウオルタ川周辺は立ち入り禁止区域に指定され、自由に採掘することが叶わなくなりました。

 その後国の主導で翡翠採掘が行われることが決定し、各地から労働者が集められ、その労働者の居住地として作られたのが今のウォルタなのです」

「なるほど。興味深いお話を聞かせていただきありがとうございます」


 リーシャは思わず拍手をした。

 それほど実に興味深い話だったのだ。


「ちなみに、先に採掘した分に関しては何か言われなかったんですか?」

「何も。元々そこにどれくらいの量の翡翠があったのか、誰も知りませんから」

「え? でも……」


 運搬のために雇った現地住民が居たはずだ。

 そう言い掛けてふと先程シャオが言った「集落はもう無い」という言葉を思い出す。


「まさか」

「何も命を奪うような真似はしていませんよ。金を渡して、当分国から出て行ってもらったそうです」

「……なるほど」


 世の中は金、である。


「もしかして、あの庭石もその際に運び出したものだったりするんですか?」


 リーシャが尋ねるとシャオは困ったような表情を浮かべた。


「ああ、あれはただの復元品ですよ。当時砕いて取っておいた物を後の世に修復したものです。

なので原石そのままという訳ではなく、庭石にするには少しお恥ずかしいものなのですが」

「そうだったんですね。あの魔工宝石といい庭石といい、随分と腕の良い職人がいらっしゃるようで」

「ところで、当時発見された原石の欠片があるのですが、見てみませんか?」


 リーシャの嫌みに気づいていない訳では無かろうに、シャオは顔色一つ変えずにそう提案した。


「当時の原石ですか?」

「はい。爆破したときの欠片がそのまま残っているのです。ご興味がおありならばと思いまして」

「是非拝見したいです」

「では、夕食後にお見せしましょう」


 話が一区切りついたところでヤオが食後の水菓子と温かいお茶を持ってきた。

 白い果肉のあまり見かけない果物だ。


「マンゴスチンです。ここら辺で良く採れるんですよ」


 不思議そうに見つめるリーシャにヤオが言う。


「お食事はご満足いただけましたか」

「はい。とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」

「それは良かった。この後も家翁とお話なさるのでしょう。新しくお茶を煎れてお持ちしますね」

「ありがとうございます」


 リーシャは礼を言うとシャオに湯飲みを渡すヤオの横顔を眺めた。


(侍女……という感じでもないし、娘という年頃でもない。四十は年が離れていそうだけどこの家に老翁と二人暮らしだと言っていたな。

 ……愛妾か何かか?)


 妾、愛人、というのは特段珍しいわけではない。

 イオニアのように一夫一妻の国もあれば、偉大なる帝国のように一夫多妻を良しとする国もある。

 老翁ほどの金持ちであれば妾を囲うのも苦ではないだろうし、ままにあることだ。

 そう考えるとヤオが侍女に似つかわしくない華美な出で立ちをしているのも納得がいく。


 甲斐甲斐しく翁の世話を焼くヤオの姿を眺めながら、リーシャは香ばしい香りのする茶を啜った。

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