少女の手がかり
「驚きました。まさか内部がこうなっているとは」
建物の内部は意外と広かった。
というのも、建物に面した崖の壁面が削り取られ、居住空間や通路が作られていたからだ。
つまり、外から見た以上に「スラム」は広大だった。
どうやら様々な場所につながる通路が掘られているらしく、外の縄梯子を使わずとも崖の上へと登れるらしい。
縄梯子の手入れがなされていなかったのは使う人がほとんどいないことが原因のようだ。
「建物は窓の役割を果たしていたんですね」
崖の壁面を覆う建物は壁面に掘った通路や居住地区の換気と雨除けの役目を担っている。
大きく開け放たれた窓から新鮮な空気を取り入れ、換気が出来るようにしているらしい。
「つまり、この建築物に居住性は求めていないと」
「蓋のようなものですから、作りが適当でも問題ないということなのでしょう」
「なるほど。どうりで外に人気がないはずだ」
スラムを見たときオスカーは違和感を覚えた。
縄ばしごが落ちたときもそうだが、外を歩いている人間が見あたらなかったのだ。
これだけ大きな建造物が建っているのだから、そこには大勢の人が住んでいるはずなのに人っ子一人見あたらない。
それが不思議で仕方がなかったのだが、その理由がようやく分かった。
人々は崖の中に住んでいたのだ。
崖の内側は蟻の巣のようになっており、大小さまざまな「部屋」と通路で成り立っていた。
「部屋」には生活物資やどこかから持ってきた「物」を売る露店もあり、洞窟の中だけでも生活出来るようになっている。
大人から子供まで多くの人々が生活しているようで、どの「部屋」も通路もにぎわっていた。
「ネズミの巣とはよく言ったものです」
「この中からあの娘を捜すのは難しくないか?」
想像以上の人混みにオスカーは弱音を吐く。
「そうですか? 案外簡単かもしれませんよ」
「簡単?」
「こういう場所は人間関係が強固ですから、人探しは割合簡単なのではないかと」
そういうとリーシャは懐からオスカーが売りつけられた「魔工宝石の翡翠」を取り出した。
「それを一体どうするんだ?」
不思議そうに見つめるオスカーを余所にリーシャはキョロキョロと辺りを見回した。
(オスカーから聞いた娘と同じくらいの年頃の、腰に袋をつけた子供を捜す)
露店の店主の話では翡翠を売りつけている子供は一人ではない。
そもそも、あんな魔工宝石を子供が用意出来る訳がない。必ず誰かから供給を受けているはずだ。
とすると、その商売をとりまとめている大人や雇われている子供たちの集団があるはずだ。
そのうちの一人を捕まえられれば良い。
しばらく通路を歩き回っていると、一人の子供が目に留まった。
ほかの子供たちとなにやら話をしているその子供の腰には重たそうな麻袋がぶら下がっている。
オスカーから聞いた娘の特長とよく似ていた。
「こんにちは」
リーシャは少年が逃げられないよう背後に立ち塞がるようにして声をかけた。
「俺に何か用?」
声をかけられた少年はいぶかしげな目でリーシャを見上げるとさっと麻袋を隠すような仕草をした。
「連れが石の半分だけ買ってきたので、もう片方を探しているんです。この翡翠を売っている娘をご存じありませんか?」
そう言って少年に例の翡翠を見せると少年の顔がにわかにひきつった。
(考えているな)
少年の顔色がさっと変わったのを見てリーシャはそう直感した。
目の前にいる見知らぬ女が本当に翡翠を探しているのか、それとも騙されたことに気が付いて売りつけた子供を捜しているのか分からず迷っている。
そう感じた。
「……知らないよ」
少年は目を反らして小さな声で答えた。
どうやら後者だと判断したらしい。
「本当に?」
「うん」
「それは残念ですね。良い翡翠だったので是非もう半分と思ったのですが……。あまりに安かったので、もう少しお支払いしても良いくらいだったのに」
「ちなみにそれ、いくらで買ったんだよ」
「金貨四枚と銀貨一山ですよ。安いでしょ?」
「安……!?」
少年とその周囲にいた子供たちが顔を見合わせる。
「どう考えても高いだろう」という顔だ。
「姉ちゃん金持ってそうには見えないけど、本当にそんな大金払えるのか?」
「ええ。彼が買ってくれるので」
リーシャはちらりとオスカーの顔を見てわざとらしく「うふふ」と笑う。
「あ、ああ。リーシャが欲しいならいくらでも買ってやるぞ!」
何かを察したオスカーは慌ててリーシャの横に立つと肩を抱いた。
(このにいちゃん、どっかのボンボンかぁ~?
なんか頼りなさそうだし、あの翡翠を買わされたってのも嘘じゃなさそうだな。
それにこのねえちゃんも妙に美人だし、もしかしたら良いところのお嬢様なのかも)
目の前でベタベタする二人を見た少年はそんなことを頭の中で考えると「分かったよ」と声を上げた。
「あー、なんか思い出したわ。その翡翠を売っているやつ、俺知ってる」
「本当ですか?」
「うん。呼んできてやってもいいけど、タダとは」
「ありがとうございます。少ないですが、お礼にこれを」
チャリ、と少年の手に握らされた皮袋の中で音がする。
リーシャは少年が全て言い切る前に御礼の品を渡すと「よろしくお願いします」と笑顔を浮かべた。
「……」
皮袋の中を覗いた少年は「うわっ」と声を漏らすと「本当にいいの?」と喜びが滲む声でリーシャに尋ねる。
「構いません。そのかわり、ちゃんとその娘を紹介してくださいね」
「もちろん! ちょっと待ってて。連れてくるから!」
周囲の取り巻きに「いいな」とか「ずるい」とか野次をとばされながら少年達は転がるように走り去っていった。
「本当に連れてくると思うか?」
「おそらく。金になるなと思ったら相手も飛びついてくるでしょうし、あの反応を見るに持ち逃げはしないでしょう」
「そういうものか? いまいち信用出来ん」
一度騙されたオスカーは半信半疑のようだったが、リーシャにはあの少年が件の少女を連れてくるという確信があった。
(あの少年にはオスカーがぽんと金を出すカモに見えていたに違いない。私が強請れば大金だって簡単に払ってしまう頼りない坊ちゃんに。
……まぁ、間違ってはいないんだけど。
だからこそ、もっと金を搾り取れると思ったはずだ)
例の少女を紹介すれば少女からも分け前がもらえるかもしれない。
少女を呼びに行くだけで銀貨をこんなにもらえるんだから大金を使わせれば分け前も多くもらえる。
少女の方も一度騙した男が女を連れてやってきたとなれば聞く耳くらいは持つだろう。
少年から話を聞いて金になると判断すればついてくるはずだ。
「カモがネギを背負って歩いてきたのですから、きっと撃ちに来ますよ」
「カモがネギを? なんの話だ?」
「おいしそうなカモを見つけたら飛んでくるでしょうという話です」
「もしや、そのカモというのは俺のことか?」
「はい」
(確かに金を巻き上げられたことには間違いないが)
面と向かって「カモ」だと言われると何とも言えない気持ちになる。
「オスカーは人が好すぎるんです。『あいつからは金を巻き上げられる』とすぐ見抜かれてしまうような雰囲気を纏っている。
そんなのだから一文無しになるんですよ」
「……耳が痛いな」
「そう古傷を抉らんでも」と思ったが、実際にまた騙されて金を巻き上げられているので反論の余地がない。
事実、オスカーは人相に人の好さが滲み出ているのだ。
育った環境が恵まれていたせいか、擦れていない純朴さが顔にでている。
鼻の良い相手ならばすぐに「騙されやすそうな人間だ」と嗅ぎ分け、すり寄ってくるだろう。
(そういう怪しい人間を疑うことなく信じてしまう。何度忠告しても元々の性格がそうなら治るものではないな)
リーシャとてそんなオスカーを野放しにしていた訳ではない。
出会った当初に身ぐるみを剥がされていたことについても口うるさく叱ったし、「こういった治安の悪い場所では例え子供が相手であっても疑ってかかれ」と何度も言い含めた。
オスカーとて馬鹿ではない。頭の中では理解をしていたはずだ。
それでも、相手の方が一枚上手だった。
日頃から詐欺を生業にしているのだから当然といえば当然だ。
警戒している相手であっても上手く丸め込む話術を持っているし、そうでなければ彼らだって生きてはいけない。
オスカーを一人で外に出した時点でなるべくしてなった。起こるべくして起こった出来事だとリーシャは反省した。




