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魔工宝石

「やっと見つけた」

「リーシャ」


 振り向くと額に汗を滲ませたリーシャの姿があった。

 オスカーを探してだいぶ歩き回ったのだろう。若干疲労の色が見える。


「一人で出て行くものだから心配しましたよ。やっぱり翡翠市にいたんですね」

「あ、ああ。心配をかけて済まない」

「用事というのは終わったんですか?」

「ああ」

「……それは?」


 オスカーが返事をするなり、リーシャはオスカーの手から例の翡翠を取り上げた。


(しまった)


 とても素早い、一瞬の出来事にオスカーは慌てて「それはその」と言い訳を始める。


「良い翡翠があったから買ったんだ。とても質が良くて、露店ではあまり見かけない質の物だったからつい……」

「いくらで買ったんですか?」

「金四枚と銀貨一山だ。安いだろう?」


 値段を聞いたリーシャの眉がぴくりと動く。


(なぜだ。雲行きが怪しい)


 好感触……ではない。明らかに「駄目」な方の反応だ。


「ちなみに、どこのお店で購入したんですか?」

「露店ではなく、物売りの子供から」


 リーシャの口から響く冷たい声色にオスカーは身震いした。


(もしかして、やってしまったか?)


 眉を顰めながら石を観察するリーシャの姿にオスカーは「やらかしてしまった」と直感する。

 リーシャの目からしたら到底「金四枚と銀一山」には値しないような代物なのだろう。

 無言で石を握りしめているリーシャにオスカーが何も言えずにいると、近くの露店の店主が「そんなに兄ちゃんを責めないでやってくれよ」と仲裁に入ってきた。


「兄ちゃんはただ騙されただけなんだ。あまり責めると可愛そうだよ」

「というと、その子供のことをご存じなのですか?」

「ここら辺ではよくあることさ。観光客や素人を狙って商売をしている物売りのガキなんていくらでもいるからね」

「何で教えてくれなかったんだ」

「兄ちゃんを助けた所で俺の利益にはならんからな。騙される方が悪いんだよ」


 店主はそう言って鼻で笑った。


「では、利益になるなら教えて頂けますか?」


 リーシャは店主の前に銀貨が詰まった皮袋を置く。

 相当中身が詰まっているのだろう。

 どしんという音がした袋を見た店主は目の色を変えた。


「村の外にある採石場の側に『ネズミの巣』と呼ばれているスラムがあるんだ。そこのガキだよ。昔は採石場から流れ出た屑石を拾って売りつけていたみたいだが」

「屑石ですか」

「少し前からだよ。そんな石を売り出したのは」


 店主はリーシャの手に握られている翡翠に視線を移す。


「一体どこからそんな石を手に入れたんだか」

「ということは、この石の正体もご存じなんですね?」

「ああ。一回騙された観光客から買い上げて鑑別にかけたことがあるんだ。いくらなんでもこんな質のいい物をガキが持っているのはおかしいってなってな」

「そうしたら()()()()だったと」

「そうだよ。よく分かったな」

「これでも宝石修復師ですから」


 リーシャが胸元から身分証を出して見せると店主は一瞬怯んだあとに「なるほどな」と呟いた。


「どういうことだ?」


 全く話についていけていないオスカーが口を挟む。


「天然の原石に見えて実は()()()()()()()()()()()()()()()()だった、ということです」

「なんだと?」

「しかも()()されています」

「なに?」


 染色。

 思わぬ単語にオスカーは呆気にとられていた。

 つまりこの綺麗な若竹色は人工的に着色されたものだったのだ。


「お見事だ。宝石修復師ってのはそこまで分かるのか」

「私の場合は、ですが。手に取ればだいたい分かります」

「悪いことは出来ねぇな」


 店主はへへっと笑う。


「翡翠を染めるなんて出来るのか?」

「ええ。昔は染料を樹脂と一緒に染み込ませて染めていましたが、今は魔法で直接練り込むことが出来るのでより美しく、より違和感なく仕上げることが出来るそうです。

 魔法で組み込んでしまうと見た目での判別や光を使った判別が出来なくなるので魔力を通して『加工の痕跡』を辿るしかないんですよね」

「そんなバカな。そんなことが許されるのか?」

「染色そのものは違法ではありません。見た目も良くなりますし、安い翡翠でも見栄えがするようになるので好んで使っている方もいるようです。

 ただ、染色をしていながらそれを黙っていたり、天然物であると偽って売るのは頂けません」


 リーシャは染色された翡翠を恨めしそうにつついた。

 金貨四枚と銀貨一山。

 もしもこの翡翠が染色されていなかったら、到底そんな値段では売れまい。


(一見透明感のある良い翡翠に見えるけど、魔工宝石だからなぁ。屑翡翠を精錬して寄せ集めた物かもしれないし、そんなものを金貨四枚で売るなんて)


 そしてそんなものを買ってしまうなんて。

 「想像していたとおりの出来事が起こってしまった」と落胆の色を隠せない。


「つまり俺は詐欺にあったということか」


 オスカーはようやく事態を飲み込めたようだ。


「確認しますが、染色している魔工宝石であるという説明はされなかったんですよね?」

「ああ。リーシャにもらった翡翠の指輪よりもずっと良い翡翠だと言われて……」

「はあ?」

「あ、いや、ロウカンだとかなんとか」


 リーシャのドスの利いた声に慌てたオスカーは少女に聞いた説明を思い出しながら言い訳をする。

 しかしオスカーの思いとは裏腹にオスカーが言葉を紡げば紡ぐほどリーシャの顔は険しくなり、仕舞いには怒りのあまりふるふると拳をふるわせた。


「あり得ない」


 腹の底から絞り出すような怒りに満ちた声でリーシャは言う。


「この翡翠が、その指輪よりもずっと良い翡翠? 冗談じゃありません。

 この指輪は私のお気に入りなんです。ロウカンとまではいきませんが、こんな魔工宝石なんて目じゃないくらい良い翡翠なのに」

「……すまない。そんな翡翠があるならと、つい浮かれてしまったのだ」

「翡翠は素人が買うには難しい石なんです。こういう玉石混合な場所ではなおさら。

 どうして一人で買い物をしようだなんて思ったんですか」

「それは」


 オスカーは一瞬言うのを躊躇ったが、叱られても仕方ないと決心したように言葉を続けた。


「リーシャに翡翠の指輪を贈ると約束していただろう。だから、その指輪を作るための翡翠を探したかったんだ。

 リーシャに喜んでもらえるような質の良い翡翠を用意出来たらと思っていたんだが……」

「……なるほど」


(そんなことを言われたら叱れないな)


 リーシャは心の中で振り上げた拳をそっと下ろした。

 なぜ黙って買い物に出たのか。

 なぜこんなに安易な詐欺に引っかかったのか。

 なぜ一言言ってくれなかったのか。

 言いたいことは山ほどあったが、それが全て自分を喜ばせるためだと言われてしまったらどうしようもない。


「気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。

 私ももう少し注意点を伝えておくべきでした。そこは反省しています。

 でも、石選びのことならば一言で良いので相談して欲しかったです。

 私とオスカーの指輪なのですから」

「俺とリーシャの?」

「ええ。()()()()()をくれるのでしょう?」

「……えっ」

「ん?」


(リーシャの分だけではないのか!?)


 頭が真っ白になって口をぱくぱくさせているオスカーにリーシャは首を傾げる。


「何かおかしなことを言いましたか? イオニアでは揃いの指輪をつける習慣があるんでしょう?」

「いや、てっきり俺の分はリーシャにもらった指輪なのだと思っていたのだ。だから、リーシャの分を用意すればそれで十分かと……」

「石の模様や色味が違ったらちぐはぐでしょう。せっかく指輪を作るなら、共石の指輪が良いです」

「共石」

「同じ石から指輪を作るんです。それに、以前二人で身につける物なのだから二人で選ぼうと決めたじゃないですか。

 そのときに買い物に行くときは声をかけてくださいとも言った気がするのですが……」


(……あっ!)


 その瞬間、オスカーの頭の中にある記憶がよみがえった。

 花の国から脱出した飛行船の中で、確かにそんな話をした記憶がある。

 「東の花の乙女」を読むように皇帝に言われて、こっそり読んでいたらリーシャに見つかって、それからリーシャの故郷にある翡翠の指輪の話になったのだ。

 その際に一つの石から指輪を二本切り出す「共石の指輪」の話も、「偽物を売りつける悪い輩が居るので翡翠を選ぶときには声をかけて欲しい」という話も聞いた。

 そして指輪は二人で身に着けるものだから一緒に選ぼうという約束も交わしたのだ。

 そのことをすっかりオスカーは忘れていた。

 レアと計画した「婚約指輪のサプライズ」があまりにうまくいきすぎて舞い上がっていたのだ。


(専門家への贈り物にサプライズは分が悪すぎると分かっていたのに()()()()()()()

 婚約指輪のブラックオパールはレアに紹介してもらった専門店で選んだのだから間違いようがない。

 それで勘違いをしてしまったのだ。

 昔と比べたら石についての知識がついてきた故に自分の目は確かだという驕りもあった。

 ああ、なんでこんな大切なことを忘れていたのだろう)


 かつてリーシャと交わした会話を思いだし、青い顔をするオスカーを見たリーシャは「忘れていたな」と心の中で思った。


(話をしたのは随分と昔のことだし、仕方ないか)


 まだ旅を初めて間もない頃の話だ。

 オスカーが忘れていても仕方ないと自分を納得させる。


「で、村の外れにあるスラムでしたっけ」


 リーシャが店主に再度確認をすると「そうだ」と店主は答えた。


「一度カモを釣り上げた場所には早々戻ってこないだろうよ。偽物だと気づいた客に酷い目に遭わされる可能性があるからな。

 だから別の場所に移動をするか、しばらくはおうちでじっとしているかのどちらかだろうな」

「金貨四枚に銀貨一山も儲けたらしばらく働く必要なんて無いでしょう。そう考えるとそのスラムにいる可能性が高そうですね」

「まさか、金を取り戻しにいくのか?」

「そうですよ。当たり前でしょう。逆に聞きますが、まさかこのまま諦めるつもりではないでしょうね。

 金貨四枚も巻き上げられておいて、そのままにするつもりですか?」

「それはそうだが」

「金貨四枚は大金ですよ。また感覚が鈍ってきているのではありませんか?」


(ぐうの音も出ない)


 正直、金貨四枚ならば()()と思った。

 ただ、それはそれだけの金額を支払うに値する石だと思ったからであって、全ての物に対して同じように「安い」と感じる訳ではない。

 旅をしている中で「金銭感覚」についてはリーシャにしっかりと矯正されたし、酒場で行き倒れていた頃に比べれば一般的な金銭感覚を身につけていると自負している。

 

(それでも、自分で金を稼いで余裕が出てきたからか、石を見る目が養われてきたからか、たまに昔の悪い癖が出る)


 相手は子供だ。金貨四枚なら良いか。

 頭の片隅でそう思っていたのを見透かされたようで恥ずかしかった。


「すまない。そうだな。金貨四枚は大金だ」

「分かれば良いのです。店主さん、そのスラムの場所を教えていただけますか?」


 リーシャは収納鞄から紙とペンを取り出すと店主に手渡した。

 スラムまでの地図を書いてもらうためだ。

 ウォルタの村は酷く入り組んだ作りをしている。

 口先だけの説明では少々難があると判断したのだ。

 店主はリーシャから紙とペンを受け取ると例の少女が暮らしているというスラムまでの地図を描き始めた。

 翡翠市のある村の中心部からずっと行った場所にある村から採掘場への細い一本道。

 その一本道沿い、採掘場と村との間の河原にスラムが形成されているらしい。


「採石地から流れてくる原石を目当てに暮らしている貧民が多い場所で、治安が悪いからあまり近寄らない方が良いんだがなぁ」


 地図を手渡した店主はリーシャの姿を見てそう口にする。


「お嬢さんみたいな若くて綺麗な娘が行くような場所じゃないぞ」

「ご心配ありがとうございます」


 リーシャは地図を受け取るとにこりと笑みを返す。


「ですが、私には優秀な護衛がいるので大丈夫です」

「いくら腕が優秀でも、ガキに騙されるような男じゃどうしようもないぞ」

「そう言わんでくれ」


 チクリと刺されたオスカーはばつの悪そうな顔をするとぽりぽりと頭をかいた。

 図星だからである。


「色々教えてくださりありがとうございました。では、私たちはこれで」

「ああ。せいぜい身の回りには気をつけるんだぞ」


 店主に礼を言い、リーシャとオスカーは歩みを進める。

 もうすぐ夕方だ。今からスラムに向かっても到着する頃には日が落ちる。

 「夜半にうろつくような場所ではなかろう」と判断した二人は日を改めて訪問することにした。


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