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化石の正体

 化石の修復、その前段階となる部位ごとの分別が終わったと言う連絡が来たのはしばらく経ってからのことだった。

 連絡を受けたリーシャとオスカーが封鎖された「一番目の竜」の展示室を訪れると浮かない顔をした学芸員達が小さな布を囲んで立っている。


()()()()()()()()?」


 布の上に安置された中型動物のような骨格標本を見てリーシャがそう口にしてしまうほど、元の大きさとはかけ離れていた。


「間違いなく、これで全てです」


 レックスは意気消沈した様子で肯定した。


「これは……竜なのか?」

「竜であることは間違いありません。ここら辺で発掘されるごくありふれた竜と同じ種類の物ですから」

「ということは」

「一番目の竜は特別な個体でも巨体を持つ竜でもなかった。

 竜は竜でもチャダル近辺でよく見られる()()()()()()()()()だった、ということです」


 展示室の中に沈黙が訪れる。

 誰もが「どうしよう」と頭を悩ませているようだ。


「これは大変なことです。世界初の全身骨格標本として発表した化石が架空の竜のものだったなんて、大騒ぎになるに違いありません!」

「それどころか我が町の信用が地に落ちる!」

「博物館の運営にも影響が」


 学芸員達は口々にそう言うと「この化石をどうすべきか」話し始めた。


「やはり元の姿に戻した方が」

「ここは見なかったことにして」


 そんな言葉が漏れ伝わってくる。


「まさか、隠蔽するおつもりですか?」


 後ろで話を聞いていたリーシャは思わず声を上げた。


「無かったことにするとか、そんな話が聞こえたような気がするのですが」


 レックスは他の学芸員と顔を見合わせた。


「それ以外ないではありませんか」

「そうです。こんなことを公表しても何もよいことはない」

「呆れた。言っておきますが、隠蔽するというのなら私は手を引かせて頂きますよ」

「そんな!」

「当たり前です。そんなやましいことに手を貸したくはありません」

「お願いです、力を貸してください!」


 レックスは革袋を取り出すとその中から銀貨をいくらかだしてリーシャの手に握らせた。

 賄賂のつもりだろうか。革袋の中からはチャリチャリと貨幣が擦れる音がする。


(金貨の一枚とは言わないけれど、()()()()()()()()()なんて)


 もしもリーシャがレックスと同じ立場だったら銀貨数枚なんて()()()()()はしない。

 金を出し渋っているのがバレたら余計に心証が悪くなるだけだ。

 本当に相手を丸め込みたいならばやる気を見せなければならない。


「お断りします。ちなみに、このことは組合にはきっちりと報告させて頂きますので」

「困ります!」

「いたっ」


 銀貨を突き返した手を強く捕まれてリーシャは顔を歪める。


「おい、いい加減にしろ!」


 オスカーはリーシャの手を掴んでいたレックスの手を振り払うと大きな声で怒鳴りつけた。


「今更誤魔化して何になる。そんなに一番目の竜を失うのが怖いのか?」

「当たり前でしょう! これが無くなったら我が町は生きていけない!」

「そんなことはないでしょう。チャダルは化石の町として観光地化に成功していますし、発掘されている化石も、この化石も本物ではないですか。

 少し足りていない、少し小さいだけで、この化石が完全に近い化石であることは間違いないのでしょう?」


 リーシャは床に広げられている化石に視線を移した。

 確かに元の「一番目の竜」よりはずっと小さいが、一部が欠けているだけでほぼ完全に近い状態の化石だ。

 形こそ偽っていたとはいえ、完全標本という意味ではほぼ嘘は言っていない。


「こんなに小さくて見栄えのしない、掘れば出てくるようなものに価値なんてありません!」


 レックスの叫び声が展示室内に木霊する。

 そしてハッと我に返って辺りを見渡した。


「あの張りぼてを作った方も、同じように思っていたのでしょうね」


 リーシャは化石を眺めながら呟く。


「何故この化石が石膏で覆われたのか。似ても似つかないような大きくて立派な竜に仕立てられたのか。

 私には想像することしか出来ませんが、きっと貴方の言ったことが答えなのでしょう。

 せっかく世界初のほとんど完全な状態と言って良い化石が見つかったのに小さくて見栄えがしない。

 掘れば出てくるような化石には価値がないから、誰もが羨むような立派な竜にしたかった。

 きっとそれだけだったんでしょうね」


 そう、そんな単純なことだったのだ。


「もしも元の状態に戻すなら、私は協力出来ません。

 そのままの姿で復元するというのなら喜んで協力させて頂きます。

 我々も長い間ここに留まっていられる訳ではありませんから、三日以内に返事をください。

 それまでは待ちますから」


 そう告げるとリーシャは一瞥もせずに展示室を後にした。



「改心すると思うか?」


 博物館を出たオスカーはリーシャに訪ねる。

 どうみても彼らが心変わりするようには見えなかったからだ。


「改心というのはちょっと違います」

「というと?」

「あくまでも彼らがどちらを選び取るか、ということです」


 それが「町のためだ」と思って元に戻すことを選択するならば、それはそれで仕方がない。

 あの張りぼてを作った当時のことを考えると藁にも縋るような思いだったことは明らかだし、一概にそれを悪だと切り捨てることは出来ない。

 もしも「一番目の竜」が作られた姿であったと知れたらチャダルは当時と同じような危機に陥るかもしれないし、そう考えると「元に戻そう」と考えるのも致し方ない。

 だが、リーシャの立場としては再び石膏で化粧をするような修復に協力することは出来ない。

 彼らが行おうとしていることは真実を隠蔽し来館者を騙す詐欺のようなものだ。

 その片棒を担ぐのは罪を犯すようなもの。到底協力する事は出来ないし、仕事を断る場合は組合に報告する義務がある。


「もしも彼らが今のままの形で復元をしようと言うのならば、喜んで引き受けますよ」

「ふむ。だが、その場合世間に対して事実を公表しなければならなくなるだろう」

「そうですね。どちらを取るか、私たちが口を挟むようなことではないでしょうけど……。

 発掘現場でのことを考えると、研究者には既にバレている可能性が高いでしょう?

 だったら『自分たちは知らなかった』と開き直って公開してしまっても良いのではないかと思うんです」


 発掘現場の案内人の話から、研究者や作業員が「一番目の竜」に疑念を抱いているのは明白だ。

 そうなると竜の正体がバレるのは時間の問題なのではないか? ということだ。


「確かに一番目の竜が作られたものだった、という事実はチャダルに大きな衝撃を与えるかもしれません。

 それでも実際に化石が出ていことには変わりはないでしょう?

 事実を公開しても化石が枯渇するわけでもないし、観光客の全てが『一番目の竜』に興味があるわけでもない。

 実際『一番目の竜』の展示室を閉めていても博物館は賑わっているのですから、最初の一山を超えれば持ち直すことは可能だと思うんですよね」

「一番目の竜だけがチャダルの魅力ではない、か」

「ええ。竜が発見されてから大分経っていますし、それが無くてもやっていける程度には根付いているように見えるのですが」

「一番目の竜はチャダルの民にとって心の支え、いや、信仰の対象のようなものだからな。心の折り合いがつかない者も多いだろう」

「そうですね」


(おそらく、学芸員達が狼狽えているのはそれが原因だ)


 長年町を救った尊きものが影も形もなく崩れ去ってしまった。そのことが受け入れられないのだ。

 「一番目の竜」の噂を聞きつけ外からやってきた研究員達は竜を研究対象として見ている。

 そんな彼らとは異なり、学芸員たちはほかの化石とは明らかに違う思い入れを持っているようだった。


(地元の人が多いんだろうな)


 そんな気がした。


「どちらを選択したとしても、私たちは仕事をするだけです」

「ああ」


 選ぶのはリーシャではなくレックスと学芸員達だ。

 三日後にどんな返答が返ってきたとしても受け入れよう。

 それが宝石修復師の仕事なのだ。

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