町の変遷
「鏡池が発見されると次第に周辺に人々が移り住んでくるようになりました。
最初は定住ではなく旅人の休憩地として。
その旅人を相手に商売を行う人々が集まるようになり、宿が出来て露店が出来て、やがて緑が生えるようになり遊牧をしていた者たちが住まうようになりました。
そうしてだんだんと集落が形成され、今のチャダルに近い形になったのです」
二つ目の模型は池の周りにぽつぽつと人々が集まっているもの、三つ目の模型は露店や天幕が設置されているもの、四つ目の模型は家が建ちはじめ集落が形成されているものだ。
そして五つ目になってようやく現在のチャダルに近い「町」になる。
「やはり昔は商売の町だったんですね」
「はい。旅人の休憩地であり、その旅人を目当てに証人が集まり、やがて大きな商隊がいくつもやってくるほどの町になったのです。
私が子供の頃にはまだかろうじて僅かながら商隊が立ち寄っていた時期で、彼らが来るのを楽しみにしていたものですよ」
「というと、今から……」
「今から八十年ほど前になりますか。飛行船が飛び始めて間もない頃の話です。
商隊が来ると町の大通りに露店がいくつも並んで、異国の食べ物や玩具が手にはいるのが楽しみで楽しみで。
今でもたまに夢に見るほどです!」
「飛行船の影響というのはそんなに大きかったんですか?」
「大きいなんてもんじゃありませんよ!
飛行船の普及はチャダルの町を変えました。ここからずっと西に行った砂漠の縁に飛行場があるでしょう?
そこから飛行船に乗ればわざわざ砂漠を歩いて渡る必要なんてありませんから。
飛行船が就航した当時は閑古鳥が鳴いていて、忘れられた町、だなんて不名誉なあだ名まで付けられたものです」
中継地点から素通りされる町へ。
急激な変化に町の人々は戸惑ったという。
「では、一番目の竜はチャダルの救世主だったのではないか?」
オスカーがそう言うと老人は「その通りです」と頷いた。
「昔からぽつぽつと骨らしきものは出ていたんです。ですが、それが何の骨なのかは分かっていなかった。
全て欠けていたり一部しか見つかっていなかったからです。
その骨が竜の骨であると分かったきっかけが『一番目の竜』の発見でした。
あのときの盛り上がりは凄かった。絵物語の中の存在だと思われていた竜が実在したんです!
興奮しないわけがない!」
「当時のことをご存じなんですか?」
「ええ。とは言っても子供の頃のことです。記憶違いもあるとは思いますが」
(驚いた。まさか当時を知る人に出会えるなんて)
七、八十年前に子供であったという言葉から、この老人がかなりの高齢であることが伺いしれる。
当時を知る人物はもういないものとばかり思っていたが、まだかろうじて生きている人が居たとは嬉しい誤算だ。
「ご老人は竜の発掘現場を見たことは?」
「一度だけあります。夜中に発掘現場に忍び込んで……。でも、布が掛けられていたので直接化石を見たわけではないのです」
「では、博物館に展示された一番目の竜は?」
「もちろんありますとも!
博物館が出来てすぐに見に行きました。あれほど大きな竜がチャダル近郊に眠っていたとは……。
ひどく興奮してその夜は眠れなかったことをよく覚えていますよ」
(大きい竜。ということは、やはり博物館に展示され始めた頃にはすでにあの化粧を施してあったということだ)
すり替えられたのでないならば、やはり発掘から展示の間までに人の手が加えられたと見て間違いない。
「一番目の竜が発見され、博物館が出来てから町は活気を取り戻しました。ありがたいことです。
鏡池に一番目の竜。神が人に与えた聖なる恵みであると考える人もいるようです」
「神はチャダルを作り、竜によって民を救ったと」
「はい。それだけ一番目の竜はチャダルと民にとって大切な物なのです」
老人はそう言うと手を合わせて神に祈るような仕草をした。
老人自身は神を信じているわけではあるまい。
しかしそうさせてしまうほど、竜はチャダルにとってかけがえのないものなのだ。
「チャダルで本格的に発掘が開始されたのは一番目の竜の発掘以降なんですか?」
「本格的に、という意味ではそうですね。元々骨自体の発掘は局地的に行われていたようです。
竜の骨はお金になりますから」
「もしや、竜骨として売っていたのではないか?」
「お若いのによくご存じですね!
おっしゃるとおりです。昔は骨を砕き、煎じて薬として珍重していたんです。それを商隊に売るとお金になったので発掘自体は細々と行われていたようなんです。
一番目の竜が発掘されて以降は学術的な価値が高いものを砕くのはけしからんということで、商隊が立ち寄らなくなったこともあり薬として使う文化は廃れてしまったと聞いています」
(やはりそうか)
廃れた文化、そしてなにより「若いのによく知っている」と言われて複雑な気分ではあるが、自国でも根付いていた文化がどこから来たものなのかなんとなく分かって嬉しい。
おそらくチャダルとイオニアの竜骨文化の「根」は同じだ。
まだイオニアが国を閉ざしていない頃、商隊や人の行き来によって「竜骨」の文化が流れてきたのだろう。
魔法が普及する前の、古い時代の話だ。
「父上が子供の頃にはまだ我が国にも竜骨を煎じる文化があったと聞く。チャダルの文化と通ずるものがあって嬉しくてな」
「そうでしたか! 昔は様々な文化や流行が商隊を通じて各地に伝播されていたようですから、やはりお客様の祖国にも我が町を経由した商隊が訪れていたのかもしれませんね」
「こうして離れた場所で思わぬ出会いがある。旅をするというのはおもしろいものだな」
「文化や伝統という物は様々な物が混じり合って出来るものです。その根元を紐解くのもおもしろいものかと」
「うむ」
(同じ砂漠の民だからか、やはり何か通じるものがあるのかもしれないな)
老人と話すオスカーの嬉しそうな顔を見ながらリーシャはそんなことを考えた。
よく似た土地と文化、だからこそ通じ合う物があるし、チャダルの繁栄がうらやましく思えるのだろう。
化石を薬にするという文化自体は珍しい訳ではない。
地中から出てきた得体の知れない骨を竜の骨やら魔物の骨だと想像を膨らませ、信仰の対象として祀ったり霊薬として珍重していたり。
旅をする中でそういう文化のある集落をいくつも見て来た。
だが、その「竜骨」が古代に実在した生き物の骨だということが明るみになり研究が進むと神聖が失われ次第にそのような文化も消え去っていった。
イオニアのような閉ざされた国ですら「薬草」の流入により文化が絶えつつあるのだ。
その消えつつある文化の痕跡を異国の、自国とよく似た場所で見つけることが出来た。
それが嬉しいのだろう。
「こんなに面白い展示があるのに、どうしてこんなに寂れてしまったんですか?」
リーシャが尋ねると老人は情けなさそうに頬をポリポリと掻いた。
「今のチャダルは化石の町ですから。観光客のほとんどは化石が目当てで、この町が商隊の町であったことすら知らない人がほとんどなのです。
お二人は本当に久しぶりの、それこそ数ヶ月ぶりのお客様で……。
実は、この資料館もそろそろ閉じようと思っているところなんですよ」
「何だと? もったいない」
「私も歳ですから。息子たちも遠くの町へ行ってしまって跡継ぎもおりませんし、体が動くうちに処分してしまおうかと」
そう言って老人は寂しそうに顎髭を撫でる。
「だからこうしてお二人が来てくださって嬉しかったんです。最後に良いお客様に恵まれて良い思い出が出来ました」
「そんなことを言わんでくれ」
「これも時代の流れというやつです。いずれこの町が商隊の町だということを誰も知らない時代が来るのでしょう。
この資料館も役目を終えた。それだけですよ」
(誰も知らない時代が来る)
胸がドキリ、とした。
商隊で栄えた町の歴史が忘れ去られ、チャダルは化石の町になる。
目の前にいる老人と、朽ち始めた資料館の外壁がイオニアと重なる。
「新しいイオニア人になる」
そんな王妃の声がふと蘇った。
(新しいイオニア人――魔法がない国であったイオニアを知らない人たちの国になる。
この老人は未来の俺だ。イオニアが魔法がある国になったら、俺もいずれ――)
そう思うとさあっと血の気が引いて手足の指先が冷たくなるのを感じた。




