疑惑
「これが竜の卵ですか」
発掘体験を終えた後、リーシャとオスカーは発掘現場に備え付けられたテントの中で採掘された化石を見学していた。
「はい。いくつか纏まって発見されたので、研究者の間ではここが竜の巣であったと考えられています」
「周りの岩盤ごと採掘しているんだな」
「周囲の岩と同化している部分も多く、それ単体で発掘するのが難しい場合が多いのです。
まずは周囲の岩盤ごと削り取って、その後に専門家の手によって掃除されるんですよ。
それこそ、今は先ほどお客様がされていたように魔法を使った手法が主流ですね」
「なるほど」
案内係の説明を熱心に聞いていたオスカーは「竜の卵」をじっと見つめる。
(竜の卵というから大きなものを想像していたが、案外鶏の卵と変わらないんだな)
目の前に置かれている「竜の卵」は鶏の卵を少し大きくしたような大きさだ。
昔本で読んだような巨躯がこの卵から生まれるとは想像がつかない。
「ここではどんな竜が出るんですか?」
「比較的小さな、私たちの背よりも体高の低い竜の化石が多く出ますね」
「そうなんですね。てっきり大きなものが多いのかと。それこそあの、一番目の竜みたいな」
リーシャが言うと案内係はふっと笑った。
「あんなに大きな化石はそうそう出ません。それこそ、一番目の竜以来チャダルでは大型の竜の化石は発見されていないんです」
「え? でも博物館には大きな化石がたくさんありましたよ?」
「あれは他の地域の博物館から貸与されているものです。
我が町で発掘されたものは最初の展示室に展示されている小型竜のものだけなんですよ」
「そうなのか?」
「一応説明板に書いてあるんですけどね。なかなか周知されなくて……」
(てっきりあの首長竜もここで出たものだとばかり思っていた)
博物館に展示されていた天井に届かんばかりの長い首を持つ竜の化石。
一番目の竜以外にもこんなに大きな竜の化石が出たのかと感動すら覚えていたが、実は別の地域で発掘された物だったようだ。
「がっかりしましたか? すみません。一番目の竜のような大きい化石を期待していたのでしょう?」
「いえ、小さくても竜は竜ですから」
「構いませんよ。私たちも同じですから」
「……というと?」
案内係は周囲を見渡し、テントの中に誰もいないのを確認すると小声で話し始めた。
「世界初の完全骨格標本、それもあんなに巨大で立派な化石が発見された土地ともなれば、他にも同じような化石が発掘出来ると期待するものでしょう。
ほとんどの竜はそこで繁殖し、営巣しているはずですから一体見つかれば他にも同種の化石が周囲から出るはずなんです。
だから我々も周囲を掘ればいつかは『二番目の竜』が見つかると思っていたのですが」
「いつまで経っても見つからないと」
「周囲を掘っても小型の竜の化石ばかりで、大型の竜は骨一本すら見つからないんです。
全身骨格とは言わずに、欠片の一つでも見つかって良いはずなのに。
おかしいとは思いませんか?」
「一番目の竜」が発見されるまで、竜は神話や物語の中にのみ存在する架空の生き物であると考えられていた。
それが「一番目の竜」の全身骨格の発見を皮切りに「実在する古代生物」として認識されるようになり、各地で化石の発掘が活発になり「絶滅した古代生物である」と結論づけられるに至った。
それまで骨しか発見されていなかった物が卵、足跡、生活痕の化石の発見に繋がり、竜は太古の昔、他の生物と同じように営巣して繁殖する生き物であると判明したのだ。
研究者の間では「一番目の竜」は特別な個体ではなく、他の竜と同じく「竜」という括りの中の一つ、ごくありふれた竜の一種であると考えられていた。
たまたま一番最初に全身骨格が見つかっただけで、珍しい種であった訳ではないと思われていたのだ。
しかしいくら周囲を発掘しても「一番目の竜」と同じ種であると思われる化石は発見されなかった。
骨の一部や生活痕すらも見あたらなかったのである。
「ここで発掘調査が開始されてもう八十年以上になります。それだけ長い間発掘しても何も見つからないとなると、私たちの間ではある疑念が浮かび上がるようになりました」
「本当に一番目の竜は存在するのか……と?」
「ええ、そうです。こうして小型の竜が発掘されている以上、何かしらの竜が出たのは間違いないでしょう。
しかしそれは本当に大型の竜だったのか?
そう疑わざるを得ないのです」
「つまり、ねつ造だったと言いたいのか?」
「そう考えている研究者も多くいます」
案内係の話を聞いたリーシャは驚いた。
まさか研究者たちの間でそんな話になっているとは。
博物館の学芸員との間に温度差のような物を感じる。
「何故それを発表しないんですか?」
リーシャが問いかけると案内係は難しそうな顔をした。
「チャダルは化石の町ですから。もしも『一番目の竜』の発見になんらかの手違いがあったと分かったら大変なことになります。
それを分かっているので、我々も大事には出来ないのです」
「……そうですか」
「それに、二番目の竜ではありませんがこうして竜の化石が出ているのは事実ですから。
今更波風を立てる必要ないと、個人的には思っています」
(自ら食い扶持を減らすような真似はしないか)
おそらく古生物学者や研究者、発掘作業員に給金を出しているのは町なのだろう。
町の経営が傾けば今のように発掘を続けられなくなる。
そうなるよりはことを荒立てずに見て見ぬ振りをして今まで通り発掘や研究を続ける方が良い。
おおよそそんな所だろうか。
「今の話は内密に……聞かなかったことにしてください」
「もちろんです」
「みなさんも大変ですね」と言ってリーシャは案内係の手を握る。
ずしりとした重さに驚いて案内係が握った手を開くと、幾ばくかの金貨が一枚握らされていた。
「皆さんで美味しいものでも食べてください」
そう言い残すとリーシャとオスカーはテントを後にした。
「これは……決まりじゃないか?」
テントを振り返りながらオスカーは言う。
あの石膏包みの化石と案内係の話を合わせるとかなり「正解」が見えてきたように思える。
やはりあの「一番目の竜」はねつ造されたものなのではなかろうか。
「ほぼ決まりと見て間違いないでしょうね。
実際に骨が出たのは間違いないでしょうが、それは小型の竜の骨だった。
それを何らかの理由で大きく見せるために石膏で偽装を施した。
……とまぁ、そんな所でしょうか」
「でも、一体何故そんなことをしたんだ?
実際に骨が出ているのなら偽装なんてする必要はないだろう」
「それはそうですけど」
もしもあの石膏の中にあった骨が「実際に出た化石」なのだとしたら、わざわざ「肉付け」をしなくとも世界初の全身骨格が出たという事実は変わらない。
多少見劣りはするが嘘をつく必要はないはずだ。
「一番考えられるのは見栄え、でしょうか」
「小さな竜よりも大きな竜の方が印象的……ということか」
「はい。世界初の全身骨格標本と銘打つならば、そこら辺の小動物と変わらない大きさの竜よりも見たことがないほど大きくて立派な竜の方が見栄えがよいでしょう?」
「ただの見栄じゃないか」
「ええ。ただ見栄っ張りだった。案外そんな単純な理由かもしれませんよ」
「そんな子供っぽい理由で」という言葉をオスカーはすんでの所で飲み込んだ。
リーシャの言うように世の中は案外単純なものだ。
そこに「衰退しかけている町の存亡」が関わっていたならばより多くの人を集めるために見栄を張ってもおかしくはない。
「思い出してください。魔法教会の聖都だって同じような物だったでしょう?」
「そういえばそうだったな」
聖都ソレイユ。聖女を神格化するため、聖女の血筋が魔力に乏しいことを隠すために作られた張りぼての村だ。
聖女がいかに偉大ですばらしい人物かを示すために仰々しい看板や聖跡を作り、聖女自身も自らを大きく見せるために嘘をつく。
そういうことは特段珍しいことではない。
「あの時だって、魔法教会の人たちは聖女が魔力の乏しい血筋、ひいては魔力なしだとは知らなかった。
知っていたのは聖女の親族と、教会設立に関わっていた者達だけ。
聖女の母親が言っていたでしょう。
偽の歴史を本物だと思わせるために、真実を知っている人間が教会内部に残らないようにしたと」
「つまり、今回もあのときと同じ構図だと言うことか」
「可能性はなくはない、という話です」
博物館の学芸員たちは「一番目の竜」が偽装されたものだとは知らなかった。
修復時の様子から皆それが「偽物」であると疑ったことすらないようだった。
そのことからリーシャは今回の件は「魔法教会」と同じ構図なのではないかと疑ったのだ。
すなわち、「一番目の竜」に「処置」を施した者達はそれを本物であると信じ込ませるためにわざとそれに関する情報を残さなかったのだと。
「修復に関わった人たちはすでにこの世を去っており、当時の写真は一枚も残っていない。
偽装に携わった全員が秘密を墓まで持って行ったのだとしたら誰も真実を知りようがないじゃないですか」
「彼らが意図的にそうしたのだとしたら、今いる学芸員は何も悪くはない」
「ええ。彼らも被害者なんです。それを真実だと思い込まされていたのですから」
リーシャは岩山の中腹にある展望台の上で発掘現場を見渡した。
チャダルの発掘現場は大規模なものだ。
広い範囲に渡って発掘作業が行われており、研究者や発掘作業員、観光客で賑わっている。
「こんなに化石が出ているのですから嘘など吐かずとも良さそうな物なのに、どうしてあんなことをしてしまったのでしょう」
「嘘だとばれた時の方が余程痛手だと思うのだが」
「ええ、私もそう思います。あれだけ声高々と宣伝し続けているのです。それが嘘だと分かったら町の信用は一気になくなってしまうでしょう」
「いつか秘密が明るみになるとして、それまでに稼げれば良いと考えていたのだろうか」
「それほどまでに切羽詰まっていたのかもしれませんね」
今となっては想像することしかできない。
「化石の町」としての名声が欲しかったのか、それとも何か別の事情があったのかは分からない。
ただ、時を超えて姿を現した古竜の化石のように古い嘘は時を経てチャダルに暗い影を落としていた。




