商人のオアシス
宿の最上階にある「ミロ・チャダル」は町の南方にある湧水地「鏡池」から名を取ったレストランである。
明かりを落とした薄暗い店内に間接照明を取り入れたシックな内装で、店内には伝統音楽の生演奏が流れている。
窓際の席からはチャダルの夜景が一望出来、きらびやかな町並みを眺めながら食事をとれると評判だった。
(歪みもなく透明度も高い、質の良いガラスだな)
大きな窓ガラスを眺めながらリーシャは思った。
部屋に備え付けられていた水差しといい、不純物の少ない良いガラスを使っている。
それだけガラス製品の製造技術が高いのか、それともどこからか高い金を出して買い付けているのか。
さすがは高級宿なだけはある。
「さて、何を頼みましょう」
分厚い革張りのメニュー表をめくりながら品定めをする。
「チャダルは何が有名なんだ?」
「調べた限りではヤギや羊ですね。
肉を重ねて串に刺して焼いたものが名物なんだとか。
あとはデーツという椰子の実を乾燥させたものが有名みたいです」
「ふむ。この羊の串焼きというやつか。どうやら一皿に色々と盛られているようだな」
「定食のようなものでしょうか?」
「そのようだ。とりあえずそれを頼んでみるか」
「そうですね」
注文を済ませた二人はようやくほっと一息ついた。
チャダルまでは駱駝に揺られながら約二週間移動しっぱなしだった。
利用する人が少ないせいか飛行船の定期航路もなく、馬車では砂漠地帯の縁までしか入れないため駱駝で移動するしか手段がなかったのだ。
チャダルの町中には駅馬車が通っているというのに、なんとも不思議な話である。
「それにしても今日の依頼、どう思います?」
周りの客に聞こえないよう、リーシャはオスカーに小声でささやいた。
「結局あの骨は偽物だったのか?」
「骨自体は本物の化石でしたよ」
「それは分かっている。あれが本当に『一番目の竜』なのかという話だ」
「一番目の竜」とされているものの中から出てきた謎の骨。
それが本物の「一番目の竜」なのか、それとも「一番目の竜」だと偽るために用意された偽物なのか。
重要なのはそこだ。
「そもそも、一番目の竜は実在したのでしょうか」
「というと?」
「一番目の竜自体が作られた存在という可能性はありえませんか?」
「存在そのものをねつ造していたということか?」
「あれが竜の骨ではなく、何か別の、小動物や中型動物の骨だとしたら……ですが」
学芸員の見立てによると、中から出てきた骨の大きさから見て「小型の竜」もしくは「中型動物」の骨である可能性が高いらしい。
それが本当ならば、最初に見つかったのは「竜」ではなく単なる「動物」の骨だった可能性も捨てきれない。
つまり動物の骨を竜の骨だと偽った、ということだ。
「何故そんなことを」
「答えは単純です。町おこしのためですよ」
「……なるほど」
チャダルは「一番目の竜」の発見を契機に「化石の町」として一躍有名になり、化石の発掘は町の、ひいては国の一大産業となった。
「正直、化石が出る場所なんて世界中に沢山あるんですよ。
シェルオパールのような宝石質の物でもない限り『核』としての需要はないので過剰な採掘もされていない。
今でも現役の産地はあちらこちらにある。
それでもチャダルに人が集まってくるのは、ここが世界初の全身骨格が見つかった聖地だから。
『化石の町』だからなんです」
「そう考えると『一番目の竜』の存在がいかに重要かよく分かるな」
「ええ。『一番目の竜』が発見されなければチャダルはここまで有名にはならなかった。他の産地と同じ、世界によくある採掘地の一つだったでしょうね」
(竜の発見をねつ造するだけの理由はあるということか)
リーシャの仮説には説得力がある。
他の産地との差別化。唯一無二の勲章は喉から手が出るほど欲しかったはずだ。
「化石の町となる前はどんな国だったんだ?」
「確か、商隊の経由地として栄えていたと聞きました」
駱駝に乗る前に立ち寄った町の酒場でそんなことを聞いた。
「昔は飛行船が無かったので商人たちは商隊を組んで砂漠を渡るしかなかったんです。
魔法がない時代は収納鞄も無く、持てる荷物の量に制限があったので途中で補給をしながら進まなければならず、水も食料も豊富だったチャダルは『商人のオアシス』と呼ばれて重宝されていたようですよ」
「ということは、今は……」
「お察しの通り、飛行船の普及によって砂漠を通らずに済むようになりましたからね。
商人の経由地としてはあまり使われなくなったようです」
「それに、収納鞄があれば水も食料も多めに買い込むことができるからな。チャダルで調達しようという商人も減ったことだろう」
「そうでしょうね」
(……ということは、今のチャダルを支えているのは観光業か)
かつて町を支えていた商隊の足が遠のき、水も食料も金にならなくなった今、チャダルは化石産業と観光業で生計を立てている状態だ。
もしも「一番目の竜」が偽物だと分かったら町を支えている観光業にも大きな打撃を受けること間違いない。
「頭が痛くなってきた」
頭も痛いし胃も痛い。
だが、オスカー以上に頭が痛いのはレックスを始めとする博物館の学芸員達だろう。
「どうにか丸く収まれば良いのですが」
リーシャはため息混じりにそう呟く。
まさかこんなことになるなんて思っていなかった。
自分が受けた依頼が原因で町の経営が傾くなんて気分が悪い。
(まぁ、私が悪いわけではないんだけど)
そもそも石膏で細工などしなければこんなことにはならなかったのだ。
一体何故あんな小細工をしたのだろう。
「お待たせいたしました。羊の串焼きと鶏の炊き込みご飯、チャダルサラダの盛り合わせでございます」
そんな話をしていると注文した料理が運ばれてきた。
大きな皿に串焼きと米、サラダがたっぷりと盛りつけられている。
「このサラダに使われている野菜はチャダルで採れたものなのか?」
「左様でございます。南方にある鏡池の近くでは農業が盛んで、野菜は全てそこで育てた物を使用しております」
「それは凄いな。こんな砂漠の真ん中で農業まで行っているとは」
「湧水のおかげです。絶えず豊富な水量が供給されているのでここでの生活で水に困ることはありません。
新鮮な野菜が食べられるのも、清潔な生活が出来るのも、あの泉のおかげなのです」
「その鏡池というのはここから近いんですか?」
「はい。大通りから馬車がでているはずですよ。観光名所の一つですから」
「オスカー、せっかくですし見に行きませんか?」
「そうだな。是非見てみたい」
「でしたら、行かれる前に一階の受付へお立ち寄りください。展望台の割引券をお渡ししておりますので」
「割引券?」
「はい。池を一望できる展望台に上るには入場券が必要なのですが、ここだけの話、結構値が張りますので……」
ウェイターは小声でそう言って苦笑いをする。
「やはり、町にとっては貴重な収入源だからでしょうか」
「ええ。大昔、商隊が来ていた頃はもっと活気がある町であったと伺っています。
立ち寄った商人たちとの交易で、今よりもずっと栄えていたと。
飛行船が飛ぶようになり商隊が立ち寄らなくなり寂れてしまったところに、運良く化石の発見が重なり観光業でなんとか食いつないでいるのがチャダルの実状なのです」
「そうだったんですね。今でも十分栄えている方だと思っていたのですが、昔はこれ以上だったとは」
「大通りには商人の露店が並び、大変賑やかだったそうです。もしご興味があれば泉の近くに小さな資料館があるのでそちらもごらんになってください」
「分かりました。ありがとうございます」
(なんとなく事情が分かってきた気がする)
商隊の経由地としての価値が薄れ、町の懐事情が悪化してきた時期に偶然、運良く「一番目の竜」の発見が重なった。
まさに奇跡のような話だ。
「一番目の竜」の発見によりチャダルは一命を取り留め、「化石の町」として再出発する事が出来た。
この町の人々が「一番目の竜」を誇りに思う気持ちも良く分かる。
「俺は今、おそらくリーシャと同じことを考えている」
串焼きを口に運びながらオスカーが言う。
「出来すぎた話だと思っているのだろう?」
「……そうですね。話が本当ならば、まさに神の慈悲、奇跡的な巡り合わせであると思います。
ですが、あの化石を見た後では全く違う考えが浮かんでくる」
(苦境を打開するために『一番目の竜』をでっちあげた)
衰退していく町を救うため、自分たちの食い扶持を得るために「交易の経由地」以外の目玉が必要だった。
そこで以前からぽつぽつと産出していた化石に目を付け、「世界初の完全骨格標本」をでっちあげた。
(あり得ない話じゃない)
むしろ、そう考えるとしっくりくる。
「同感だ。何故あのような化石が生まれたのか、今の話を聞いてようやく理解出来たような気がした」
「ただ、これは憶測でしかないんですよね。当時を知る人はもう誰も生きていないでしょうし、博物館の方々も『一番目の竜』が発見された時のことはご存じないようでしたし」
「ふむ。とりあえず、先ほど教えて貰った資料館とやらに行ってみないか?
何か手がかりがつかめるかもしれない」
「そうですね。鏡池の見学ついでに立ち寄ってみましょう」
串焼きを一口食べたリーシャは目を輝かせる。
同じ羊でもイオニアの羊料理とはまた違う。
香辛料と塩をたっぷりともみ込んでじっくりと焼いた羊肉は癖も少なく食べやすい。
肉自体も柔らかいので若い羊を使っているのだろうか。
同じように香辛料と鶏を炊き込んだ米も口に合う。
(長粒米か)
米の世界は奥深く、一口に米といっても国や地域によって様々な種類が食されている。
リーシャの故郷で食べられているような粘りけがあり短い米もあれば、炊きあがりがパサパサとしていて長い米もあるのだ。
米が主食な地域で生まれ育ったリーシャにとって、たとえ種類が異なっても異国で米を口に出来るのは嬉しいことであった。
「サラダもおいしいですね」
瑞々しい新鮮な野菜にはピリッと辛いソースがかかっている。
何種類もの野菜が盛りつけられていることから、チャダルの農業が発展していることが伺いしれる。
「本当に羨ましい限りだ。砂漠の真ん中でも毎日新鮮な野菜を腹一杯食べられるとは」
それほどまでに水の有無は大きい。
同じ環境であっても泉の一つでここまで生活環境が変わるとは。
オスカーは複雑な心境で山盛りのサラダをつついた。




