最大のもてなし
より分けた化石の部位を同定するのに時間がかかる。
レックスはリーシャにそう告げた。
なんでも砕けて混ざり合っているので復元するのに一層手間がかかるのだそうだ。
「終わったらご連絡するのでそれまで観光でもなさっていてください」
意気消沈したレックスはそう言い残して第一展示室の中へ消えていった。
「これからどうする?」
オスカーが尋ねるとリーシャは懐から観光用の地図を取り出した。
印がついているのを見ると事前に色々と調べていたらしい。
「せっかくですし、発掘現場の方にも足を運んでみませんか?」
「見学できるのか?」
「もちろん。チャダルの観光名所の一つみたいです。発掘体験も出来るんだとか」
「発掘体験!?」
思わず大きな声を出してしまい、オスカーは恥ずかしそうに手で口をふさいだ。
「興味がおありですか?」
「あ、ああ。その、小さい頃の夢の一つというか……。化石の発掘は浪漫だからな」
「ふふ、じゃあ明日はこちらに足を運びましょうか」
「うむ!」
(四十を超えた大人が子供っぽいと思われただろうか)
幼子のような反応をしてしまい恥ずかしくなる。
だが、それほどまでにオスカーの心は高鳴っていた。
竜の化石を発掘する。
幼い頃に図鑑を眺めながら夢見ていたことだ。
まさか実際にそんな機会が巡ってくるとは思わなかった。
(楽しそうだな)
鼻歌交じりで歩くオスカーを眺めながらリーシャは小さく笑った。
余程嬉しいのだろう。いつもよりも足取りが軽い。
リーシャ自身、化石に興味がない訳ではない。
シェルオパールや琥珀、「貝の光」などでなじみ深いし、販売会に行けば化石を売っていることも珍しくはないので気に入ったものがあれば購入している。
化石は浪漫。それは分かる。
だが、リーシャの言う「浪漫」とオスカーの言う「浪漫」はまた別物だ。
(太古の生き物が年月を経て鉱物に姿を変える。生き物の形を留めているのに宝石や鉱物の美しさを併せ持っている。
化石には鉱物標本とは違う、また別の魅力があるんだよね)
宝石としての浪漫。鉱物としての浪漫。
リーシャにとっての化石はあくまでも蒐集品の一端、鉱物標本の延長戦上にあるものだ。
だからこそ化石の修復であっても宝石修復師として仕事を受けるし、宝石と同じように扱う。
故に竜の存在そのものに想いを馳せるオスカーが少しだけ羨ましく思えたのだった。
「今夜は近くに宿を取りましょうか」
地図を見ると町の規模の割に宿が多いようだ。
博物館や化石発掘目当ての観光客が多いのだろう。
「そうだな。取るなら博物館の近くか?」
「そうですね。この近辺ならば人通りも多くて治安も良さそうですし」
来る途中に乗り合い馬車の中から町の様子を観察したが、大通りに沿いには観光客用の飲食店や土産物屋が多く、夜でも人通りが多そうだった。
その反面町の外側は砂漠に面しており、家屋もまばらだ。
治安が悪いとは言い切れないが、夜はあまり近づかない方が良いだろう。
「では、大通り沿いの宿を何件か回ってみましょう」
博物館を後にした二人は博物館が面する広場に通じる大通り沿いの宿を目指して歩き出した。
石畳の広場の真ん中には大きな噴水が設置されており、砂漠の真ん中だというのに空高く水が吹き上げられている。
「不思議な光景だな。周囲は砂と岩山ばかりだというのに」
オスカーは羨ましそうな目で噴水を眺めた。
イオニアと同じような気候だというのに。
そう言いたげである。
「ここはオアシスですからね。その中でも特に水量が豊富なのでしょう」
「我が国にもこのような土地があれば良いのだが、そう上手くは行かないな」
同じ乾燥地帯であるにも関わらず、チャダルでは人を楽しませるためだけにこんなにも大量の水を消費している。
(イオニアでは井戸の水すらも分け合って生きていかねばならぬというのに)
目の前に湧き出る噴水の水。
それだけで一体どれほどの民の喉を潤せようか。
無い物ねだりだと分かっていても妬ましいと思ってしまう。
「この宿、空いているみたいですよ」
目星をつけた宿に聞き込みに行っていたリーシャが戻ってきた。
どうやら部屋を確保出来たようだ。
大通り沿いにある高級宿で、観光地ともあって値は張るが落ち着いた雰囲気で良さそうな宿だ。
入り口には警備員が立っていて宿泊者以外入れないようになっているし、部屋の掃除も隅々まで行き届いていて清潔感がある。
「浴槽も大きいですね」
そしてなにより、大きな浴室に大きな浴槽が備え付けられているのが良い。
「念のため宿の方に確認しましたが、水の使用に制限などはないそうですよ」
「信じられん」
「こんな砂漠の真ん中で大きな浴槽に湯を張れるなんて贅沢ですね」
テーブルの上には透明なガラスの瓶に入った果実水が備え付けられている。
果物を模した装飾が施された美しい水差しである。
ガラス越しに氷と果物がたっぷりと入っているのが見えてなんとも涼やかだ。
その横には蔓籠いっぱいに盛られたみずみずしい果物が置かれていた。
「新鮮な果物に氷の入った果実水。ここではこれがなによりの贅沢で、最大級のおもてなしなんでしょうね」
リーシャの言葉にオスカーの顔が曇る。
(新鮮な果物を手に入れられて、氷も水も客が望むままに提供出来る。
他の都市では当たり前の光景かもしれないが、ここは砂漠のど真ん中だ。
砂漠を渡る者達の中継地点でもあるチャダルでは水が最も価値のある物であり、それを躊躇い無く振る舞えるのは富の証でもある)
貴重な水を惜しみなく提供することによって周辺地域への影響力が増し、立ち寄る商人も増えて懐が潤う。
(イオニアと同じような乾燥地帯だというのに。
もしもこの世に神が居るとしたら、何故こんなにもむごいことをなさるのか)
そう思わずには居られない。
「せっかくなので夕飯は宿の最上階にあるレストランにしませんか?
この宿のレストランならば期待できます」
「そうだな。旅の疲れもあるし、今日は手早くすませてゆっくりしよう」
宿の最上階には宿泊者用のレストランが常設されている。
部屋においてある案内用の小冊子によるとチャダルの郷土料理をアレンジしたものが食べられるようだ。
さすがに砂埃にまみれた服で行く訳には行かず、二人は風呂場で身を清めた後によそ行きの服に着替えてレストランへ向かった。




