宝石と化石
博物館の中で一番大きな展示室、「第一展示室」の入り口には「立ち入り禁止」の立て札が立てられていた。
その立て看板を目にした観光客は皆がっかりとした表情を浮かべる。
なぜならそこがこの博物館の目玉、「一番目の竜」が展示されている場所だからだ。
展示室の中には大きな囲いがされ、中が見えないようになっている。
床には大小さまざまな茶色い欠片が無造作に散らばっていた。
「これが依頼品の一番目の竜……ですか?」
「正確には一番目の竜だったもの、といいますか」
破片を眺めるリーシャの隣に立つ眼鏡姿の男性――学芸員のレックスはしきりにハンカチで額の汗を拭った。
「ワイヤーが切れて落下した。そんなところでしょうか」
頭上を見上げると何かを吊っていたであろう細いワイヤーが垂れ下がっているのが見える。
中にはまだ宙づり状態の化石もあるようだ。
「ええ、ええ。おっしゃるとおりです。今から一月以上前のことになります。
竜を吊っていたワイヤーが突然断裂して化石が落下、見ての通り見るも無惨な状態に……。
閉館時間後の出来事だったのでお客様にお怪我がなかったのが幸いでした」
「経年劣化でしょうか。この化石の管理はどのようになさっていたのですか?」
「開館当初からの言い伝えで、この化石は特別脆いので化石には触れるなと。
それゆえに、我々もあまり手入れが出来てない状態で……」
ワイヤーの交換などもっての外。
驚くべきことに普段は埃を払う程度で今まで一度も点検などは行われなったという。
(ということは、博物館が出来た当初のままだったということか。ワイヤーが劣化する訳だ)
足元に落ちている錆ついたワイヤーを手に取るとリーシャは頭に浮かんでいたある疑問をレックスに投げかけた。
「化石の町なのですから化石専門の修復師もおられるでしょうに、なぜ私に依頼を?」
「組合に相談した所、このような細かい物の修復に長けた腕の良い修復師が宝石修復師組合にいると紹介を受けたのです。
一番目の竜は我が町にとって無くてはならない大切な宝ですから、念には念をと思いまして指名させていただきました」
「そうでしたか。ありがとうございます」
(賢者の学び舎での件が思ったよりも評価されているのかな)
「細かい物の修復に長けている」というのは賢者の学び舎で修復したローナ・ルドベルトの宝玉から来ているのだろう。
「石の村」の研究者たちも興奮していたし、リーシャの知らぬ所で評判が広まっていてもおかしくはない。
「それで、依頼というのはこの化石の修復で宜しいのでしょうか」
「はい。宝石ではないのですが大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫ですよ。宝石や鉱物と化石は近しいものですから」
「そうなのか?」
オスカーは不思議そうに化石を見つめた。
竜の骨と宝石が近しいものと言われてもいまいちピンと来ない。
片や生物の骨で片や鉱物。全く違う物のように思える。
「化石というのは骨そのものが残っている訳ではなく、長い年月を経て骨が鉱物や他の物質に置換されているものがほとんどなんです」
「つまり、骨であっても骨ではないと?」
「もちろん、全ての化石が他の物に置き換わっている訳ではありませんが、ほとんどはそうであると言っても良いでしょう」
「琥珀、というものをご存じですか?」
レックスが口を挟む。
「確か、樹脂が化石となったものだったか」
「はい。その琥珀の中には稀に虫や葉っぱなどが含まれることがあるのですが、それらは石化することなく当時の姿をそのまま留めているのです」
「たしかに、そのようなものを図鑑で見たことがあるな。樹脂に保護されて鉱物に置換されずに残ったという訳か」
「その通りです。琥珀は我が博物館でも人気の展示の一つで、チャダル近郊で発掘されることがあるんですよ」
「ということは、大昔、ここは森林だったと?」
「そう考える学者もおります。なにせ、木が無ければ琥珀は作られませんからね」
「この砂漠地帯が森林だったなんて、琥珀が無ければ信じられんな」
「そうでしょう。化石は色々なことを教えてくれます。当時の環境を知るための重要な手がかりになるのです」
チャダル周辺では今も発掘作業が行われている。
この博物館は化石研究の前線基地でもある訳だ。
「置換と言えば、ただの鉱物ではなく宝石に置き換わった物があるのはご存じですか?」
リーシャは収納鞄からいくつかの木箱を取り出した。
木箱の蓋を開けると乳白色や金色の貝のようなものが現れる。
「これはすばらしい!」
箱の中身を見たレックスが興奮気味に食いついた。
手にした貝を満面の笑みを浮かべながら観察している。
「これは……貝の化石なのか?」
「こちらの乳白色の方はシェルオパール。地中の埋もれた貝がオパールに置き換わったものです。
こっちの金色の物は貝が黄鉄鉱に置き換わったもの。どちらも鉱物蒐集家に人気なんですよ」
「ほう、こんなものがあるとは知らなかったな」
差し出された「貝」の半透明でチラチラと赤と緑色の遊色が光る様はまさしくオパールそのものだ。
乳白色な色味が何とも愛らしい。
しかし不思議なことに、どうみても貝の形をしている。
二枚貝だろうか。裏に返すとかろうじて一部白い化石のような面があり、そこに刻まれた貝類特有の成長線がそれがかつて貝であったことを証明していた。
「黄鉄鉱だったか。こっちも格好が良いな」
もう一つの貝は金属光沢を纏った金色の「貝」だ。
黄鉄鉱。四角い結晶が特徴的で愛好家も多い鉱物である。
それが巻き貝の形を取ったもの――巻き貝が置換されたものが希に産出され、黄鉄鉱で縁取ったような独特の様が蒐集家をひきつけてやまない。
(なんというか、男心をくすぐられる)
自然の産物だというのにどこか機械的な風貌をしていてオスカーの心を掴んだようだ。
「こんなものもありますよ」
そういうとリーシャは興味深そうに貝を眺めているオスカーの手に虹色に光る貝殻を乗せた。
「『貝の光』ですか」
レックスはオスカーの手に乗せられた「貝」を見て目を輝かせる。
「その『貝の光』というのは何なんだ?」
「貝の化石が長い年月を掛けて遊色効果を持った物質に置換されたものです。実はこれも、宝石として認められているんですよ」
「なんだと?」
キラリと光る七色の貝。
形ははっきりと貝そのものなのに、表面に飴でも塗ったようなつややかな光沢があり、角度を帰ると虹色に光り輝く。
なんとも不思議だ。
「宝石ですから、もちろん研磨されていますよ。貝の形を留めているとなんだか不思議な感じですよね」
「化石と宝石の間には密接な関係があるんだな」
「大地が生み出した物という意味では生まれは同じですからね。
このほかにも珊瑚の化石を裸石のように加工して宝飾品に加工したり、古くから化石は宝石として愛されて来たんですよ」
オスカーの横でレックスはうんうんと大きくうなずいた。




