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化石の町

「国立古竜博物館」


 国土のほとんどを砂漠に覆われた国、ドゥロンダ。

 一番大きなオアシスに作られた町、チャダルには「古竜」と呼ばれる竜の化石を扱う国立博物館がある。

 かつて世界には「竜」と呼ばれる生き物がいた。

 「化石」と呼ばれるそれが発見されるまで、竜は伝承や物語の中に生きる架空の存在だったが、「一番目の竜」と呼ばれる全身骨格の化石が発見されて以降、竜は()()()()()()()()()()であると広く知られるようになったのだ。


「その、一番目の竜が発見されたのがここ、チャダルなんだとか」


 展示品の説明版をなぞりながらリーシャが言う。


「ドゥロンダは化石の国として有名で、国土のほとんどを占める砂漠では今も化石の採掘が盛んに行われているそうです」

「それで竜の王国と呼ばれている訳か」

「ええ。これだけ多くの全身骨格が展示されている博物館なんて早々ないですからね。

 それだけ多くの化石が埋まっている。そういうことでしょう」


 二人は頭上を見上げた。

 大きな建物の天井に届かんばかりの長い首。巨大な首長竜の化石が堂々と佇んでいる。


「ここまで立派な化石は見たことがない」

「もちろん、ここにある化石のほとんどは完全骨格ではないと思いますよ。所々修復したり、足りない分を足したりしているはずです」

「それでも立派だ。うちの国ではこんなものは出ないからな」

「イオニアでも化石が採れるんですか?」

「ああ」


 オスカーは「これくらいかな」と手を腰幅くらいまで広げて見せる。


「極まれに大きくてもこれくらいの、骨のような物が出るんだ。

 フロリアから薬草が入ってくる前はそれを砕いて薬とて珍重していたらしい」

「薬ですか?」

「ああ。竜骨と言ったかな。父上が幼い頃に飲まされたことがあると話していたよ」

「へぇ。竜の骨を薬にするなんて贅沢ですね」

「そんなに出るものじゃないからな。採掘されると貢ぎ物として宮殿に持ち込まれることが多いんだ。

 確かその礼としていくらか金を包んで渡していたはずだぞ」

「なるほど。民にとってはちょっとしたお小遣い稼ぎになるということですか」

「ああ」


 イオニアの岩山から極まれに産出される「竜の骨」。

 宮殿に持ち込めばいくらかの金が得られるため、現地の人々にとっては良い現金収入となっていたようだ。

 持ち込まれた骨は真贋を精査された後に砕かれ、乳鉢ですりつぶして粉薬とした。

 フロリア公国との交易が始まる前は薬の原料となる薬草が入手しづらく、主に国内で採れる鉱物やわずかばかりの草花を生じて薬としていたのだ。

 竜骨はその一つであり、今でも煎じ薬として重宝されているのだそうだ。


「イオニアでは薬に出来るようなものは限られていたからな。

 使える物は何でも――それこそ、まじないや迷信のような前時代的なものもつい最近まで使われていたくらいだ」

「となると、医療面も?」

「ああ。なにせ、閉ざされた国だからな」


(閉ざされた国)


 その言葉が意味するものをリーシャは理解していた。


(以前オスカーから聞いたことがある。イオニアは国を閉ざし、魔法を持つ他国との交流を絶ってきた。

 外から物を輸入する際は古くからの付き合いがある商人を通すのだとか。

 特定の商人から得られる物の量や種類なんてたかがしれている)


「最先端の技術を持つ医師も、医学の知識を詰め込んだ医学書も、あれば便利な医療器具も、それを生み出したのが魔法を使う国ならば受け入れることが出来ない。

 今考えるとなんて馬鹿馬鹿しい考えなんだと思ってしまうが、それを頑なに守ってきた国なんでな」

「医療面においては未だに魔法を使わない技術の方が多いのに、不思議な話ですね」

「それを理解出来ない、知ろうとしないのが我が国の悪いところだな。

 相手が魔法を使う、魔法を認めている国だと言うだけで拒絶反応が出てしまう。昔から患っている持病のようなものだ」

「魔法に対する過剰反応といったところでしょうか」

「そうだな。以前、星療協会のコミュニティに行っただろう。あそこで魔法と医療について聞いて驚いたよ。

 てっきり外の世界では魔法で病気や怪我を治している物だと思っていたから」


 魔法は万能ではない。

 星療協会と医療魔法の存在を知ったとき、オスカーは衝撃を受けた。

 リーシャの「お守り」を見ていたせいか、魔法があれば怪我も病気も治せる。そう思い込んでいたからである。

 魔法で出来ることは体の免疫力を上げて回復を早めたり、体に働きかけて薬の効果を高めたりする程度だ。

 失った部位を元に戻したりや大きな怪我を治したり、瀕死の患者を瞬く間に回復させたり、そんな奇跡のような技ではない。

 だからこそ魔法が発達した現代でも「医師」となるには然るべき場所で学業を修めて免状を得る必要があるし、薬草を煎じて薬を作る必要がある。


(だとしたら、魔法を理由に外の医学を拒む必要などなかったのではないだろうか)


 医療魔法を知ったとき、オスカーは思った。

 外の医学は魔法を使うから――。魔法を使う人間が考えた医学だから――。

 そんな理由で古い医療にしがみつく必要などなかったのだ。


「最初から少しでも知ろうとしていれば……。魔法だなんだとはねつけずに理解しようとしていれば、我が国の医療事情ももう少しマシになっていたのかもしれない」

「結果論ですね」


 オスカーの話を黙って聞いていたリーシャはピシャリと一言そう言った。


「それはオスカーが国の外に出て、外の人間に近い思考を持つようになったから言えることなんです。

 もしも今も前と変わらない生活をしていたらそんなことを思いもしないでしょう」

「それはそうだが」

「言うのは簡単です。でも、こうして旅に出ることなく国の中で暮らしている状態で同じような思考に至れるのかと言われたら難しいのではないですか?」

「……」


 少しでも知ろうとしたら。少しでも理解しようとしたら。

 外からそう言うのは簡単なことである。

 しかし果たして昔のオスカーに「少しでも知ろうとする」ことが出来ただろうか。

 閉ざされた国の中で、魔法がない生活を当たり前のように享受してきた。

 少々不便ではあったが、それに不満を持つことも疑問を持つこともなく「騎士の剣で国を守る」ことを誇りとして生きてきた。

 そんな生活をしていた中で、魔法がある国の医療を知ろうなどと少しでも思ったことがあっただろうか。


「……そうだな、訂正する。昔の俺には到底無理だ」

「でしょうね。ちなみに、宮殿にもお医者様はいらっしゃったんですよね?

 どのような治療をなさっていたんですか?」

「投薬治療と祈祷が中心だな」


(祈祷……)


 祈祷で病を治す。古い文献によく出てくる言葉だ。

 まだ医学が発達していない時代、神やそれに近しい物に祈りを捧げて回復を待つのは割と一般的な方法であった。


(まさか現代の、それもオスカーの口からそのような言葉が出るとは)


 魔法が広まったのはそんな昔の話ではない。

 だが、そんなに最近の話でもない。少なくとも、魔法が広まるようになって百年は経っている。

 つまり、イオニアで行われているのは百年以上前の医療ということになる。

 それが独自の進化を遂げているとしたら、文化的、学術的にも貴重な例かもしれない。


「祈祷ということは、神官のような方がおられたのですか?」

「いや、祈りを捧げるのは誰でもいいんだ。特別なことではなく、家族や友人、近しい人ならば誰でも良い。

 早く良くなるようにと祈ると、不思議と症状が和らぐような気がしてな。

 古い時代の名残だよ。戦や稽古で怪我をすることが多かったから、怪我をした物を見舞う際に相手を想って祈る。そういう習慣が残ったんだ」


(それって)


 似たような物を知っている。

 というよりも、ついさっきまでその話をしていたではないか。


()()()()()()()()


 リーシャの言葉にオスカーは目を丸くする。


「魔法?」

「医療魔法、いえ、それよりも大雑把なものなので回復魔法でしょうか。

 祈祷で症状が緩和される。あながちただのまじないとは言えないかもしれませんよ」

「どういうことだ?」

「思い出して下さい。医療魔法とは魔法で体の回復力を上げたり薬の効能を高めたりするものだとリチアさんが言っていたでしょう?

 魔法というのは言葉で紡ぐもの。

 早く良くなりますように。回復しますようにという願いや言葉が作用して、実際に体の回復力が上がっていたとしてもおかしくはありません」


(言われてみれば似ている気がする)


 どうして気づかなかったのだろう。

 イオニアには魔法がない。それが当たり前だったし、そうだと信じ込んでいた。

 だが、よく考えてみると祈りを捧げて症状を緩和させるというそれはリチアから聞いた医療魔法――回復魔法そのものだ。


(使えないと思い込んでいた。魔法がどんなものか知らなかった。だからそれが魔法であると気づかなかった)


 驚くべき事実だ。

 それが本当だとすると、イオニアは()()()()()()()()()()()()ということになる。

 古くから伝わる伝統的な方法。まさかそれが魔法だったとは魔法反対派の古老たちも思うまい。


「魔法とは自然の力を借りるもの。願いや祈りを自然が汲み取って具現化するものだと思っています。

 だとすると、人の営みの中に魔法が一切存在しないなんて不自然です。

 人は祈り、願い、綴る生き物ですから。太古の昔からそういうものだと古い遺跡の壁画にも描いてあるでしょう」

「だが、だとすると……、我が国の歴史は根底から覆されることになる」

「魔法がない国、魔法に頼らない国であることを誇りとしていた人たちには受け入れ難い事実でしょうね。

 実は自分たちが知らず知らずのうちに魔法を使っていたなんて」


(もしかしたら、これだけじゃないかもしれない)


 何かに祈る習慣があるのなら、生活の中に溶け込んだ魔法が他にもあるかもしれない。

 それを魔法だと知らないだけで、毎日無意識に使っている可能性だってある。


(どうして気づかなかったんだろう)


 リーシャ自身、イオニアは魔法がない国、魔法という文化がない国であると思い込んでいた。

 だからまさかそんな身近な場所に魔法があるだなんて思ってもいなかったのだ。


「母上は気づいていたのだろうか」

「どうでしょう。たとえばそれがただの同僚への労いの言葉、母が子を思いやる慈愛の言葉だったとしたら、王妃様であってもそれが魔法だとは思わないかもしれませんね」


 生活の一部、日常的に交わされる言葉の一つ。

 もしもそうだとしたら、そこに魔法を見出すのは難しいかもしれない。

 魔法を日常的に使っていた人間ならばなおさらだ。


「この事実は古老の牙城を崩す剣となり得るだろうか」


 オスカーの言葉にリーシャは考える。


(剣は剣でも諸刃の剣だ)


 頑なに魔法を拒み続ける頭の固い老人たちにとって「実は自分たちも昔から魔法を使っていた」という事実は青天の霹靂だろう。

 それを機に魔法に理解を示すものもいれば、より一層魔法に嫌悪感を抱いたり、事実を受け入れられなくて狂ってしまう者も出るかもしれない。

 ただ一言言えることは、古老たちの心の内に大きな衝撃と混沌をもたらすということだけだ。

 それが吉と出るか凶と出るかは分からない。


「分かりません。ただ、その刃は容易に振るうべきではないと私は思います」

「何故だ?」

「彼らにとってはあまりにも強すぎる、鋭すぎる剣だからです。

 全てを失い、追いつめられた人間は何をするか想像がつかない。

 自棄でも起こされたらたまったものではないでしょう?」

「ふむ」


 確かにオスカーが得た「気づき」は高く聳えた城壁に一撃を与えるには十分な物だった。

 だが、その一撃は壁に穴をあけるだけではなく壁そのものを完全に破壊して瓦礫と化してしまうような強烈な一撃だ。


「使い所を見極めるべきだと」

「ええ。ここぞという時まで取っておく方が賢明でしょうね」

「ここぞと言うときか」


(簡単に言ってくれる)


 何とも難しい話だ。


「正直、俺の手に余る。いつか国に帰った時にでも兄上に相談してみよう」

「そうですね」


(つまり、この話は寝かせるということだ)


 いつか国に帰ったときに、という表現がそれを物語っている。

 いつか、数十年後に国に帰ったときに国王となっているであろう長兄に伝える。

 それまでは気づかなかったことにする。そういうことだ。


「外から見ると国の形も随分と違って見えるものだ」


 いらぬことに気づいてしまった。

 オスカーはため息混じりにそう呟いた。

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