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宝石修復師という仕事

「……にしても、リーシャは何故一人旅を?」


 体調が落ち着いてきたところでオスカーは抱いていた疑問を投げかける。こんな年端もいかぬように見える少女が一人で旅をしているとは余程何か切羽詰まった事情でもあるのだろうかと思ったのだ。


「仕事です」

「仕事? その歳でもう働いているのか?」

「……私、これでも成人しているので」


 その言葉を聞いてオスカーは「しまった」という表情を浮かべる。女性に年を聞くのは禁忌だったことをその時思い出したのだ。


「……すまない」

「良いんです。よく言われますし」

「女性一人で旅をするのは危険だろう」

「そうですね。確かに国によっては強盗や物盗りに遭いそうになったこともあります。でも、基本的には自分の身を守れる程度の魔法は使えるので」

「……強いんだな」

「意外でしたか? その位でないと国を渡る一人旅なんて出来ませんよ」


 リーシャはそう言って不敵な笑みを浮かべた。仕事の依頼によっては治安の悪い国に赴くこともある。その際に「仕事道具」と自分の身を一人で守れるくらいの強さは持っていないと話にならない。


「……込み入ったことを聞くようで悪いのだが、君の仕事は用心棒か何かなのか?」

「そんな物騒な仕事をしているように見えますか?」

「いや、用心棒のような仕事ならば俺も仕事を紹介して貰えるかもと思ってな」

「もしかして仕事をお探しですか?」

「……実はそうなんだ」


 リーシャは改めてオスカーの身なりを観察する。くたびれた服にぼさぼさの頭。顔はやつれて目の下にクマが出来ている。行き倒れになりかけていた所を見ると誰も頼る人のいない「訳あり」だろう。

 その反面、強盗や野党のような荒々しさは無い。ある程度の「教育」を受けた人間のように見受けられる。


「分かりました」


 決めた。リーシャは懐から貨幣の入った革袋を取り出すとその中から銀貨5枚を取り出してオスカーの手に握らせた。


「明日、この町を出るんです。次の町まで護衛してくれませんか?」

「え?」

「もしも護衛が上手く行ったら、仕事を紹介します。その銀貨は前金ということで」


 ぽかんとするオスカーにリーシャは「それでは足りませんか?」と問いかけた。


「い、いや! そうではなくて、本当に仕事を紹介してくれるのか?」

「ええ。ただし私が『護衛として』使えると思ったらです。それで良ければ」

「分かった。それで構わない。感謝する」


 オスカーは突然舞い込んだ幸運な話に驚きを隠せない。渡りに船とはこのことだ。ここで出会ったのも何かの縁。目の前に居るやつれた男を見捨てるのも忍びないと思ったリーシャはオスカーの救いの手を差し伸べたのだった。


* * *


 翌日、リーシャが宿泊していた宿を出ると約束した通りオスカーが待っていた。昨日と同じくたびれたボロボロの服に使い古された剣を差している。荷物らしき荷物を持っているようには見えず、正直に言ってしまえば「みすぼらしい」恰好だ。


「おはよう、リーシャ」

「おはようございます」


 リーシャはオスカーをチラ、と一瞥しただけで特にその身なりを気にするそぶりも見せず挨拶を交わす。


(『訳あり』なのは分かっていたこと。昨日と同じ服を着ているということは着の身着のままなのだろう)


 一方リーシャは大き目のポンチョを羽織り大き目のトランクを抱えている。トランクには「仕事道具」が詰まっているように見えるがこれは「ブラフ」だ。中身は薬箱や屑石で、本物の「仕事道具」はマントの下に携えているウエストポーチ――収納鞄(マジックバッグ)に入れてある。

 追いはぎや盗賊と遭遇した際に最悪トランクを囮にして難を逃れるためだ。


「では、出発しましょうか」


 次の町までは徒歩で二、三日、馬車で一日といったところか。この国はそんなに治安が悪くはないので賊に出くわす心配はないだろう。町を出て隣町に続く街道を歩くので人通りも多い。


「そう言えば、リーシャはどんな仕事をしているんだ。仕事で旅をしているということは行商か何かか? そろそろ教えてくれても良いだろう」


 町を出てしばらく経った頃、オスカーがリーシャに尋ねた。


「そう言えばまだ説明していませんでしたね」


 そう言うとリーシャは何やらゴソゴソと胸元から取り出した。大きな赤黒い石がついたペンダントだ。楕円状にカットされた石に陽の光が当たると燃えるような赤い色が浮き上がり美しい。太陽を模して造られた金の装飾がその美しさを引き立てていた。


「……それは?」


 ペンダントを見たオスカーは目を見開いた。


柘榴石(ガーネット)のペンダントです。祖母が集めていた蒐集物(コレクション)の一つで……綺麗でしょう。このような宝石の『修復』が私の仕事なんです」


 「宝石修復師」と呼ばれる職業がある。破損した宝石を魔法で修復するのが主な仕事で、その顧客の多くは王侯貴族や町の有力者などの「金持ち」だ。

 宝飾品から魔道具の「核」まで幅広い物品を修復対象とし、鉱物資源が枯渇しつつある今、引く手数多の職業である。


「あの町でも見たでしょう。どこの鉱山も掘り尽くされて、最早宝石として使えるような質の原石はほとんど採れなくなっている。だから新しい宝飾品を作るには今ある宝石を修復して使うしかないんです。勿論、代々大事にされている物を直す場合も多いですが」

「そんな凄い技術を君が……」

「ふふ、そんな風には見えませんか?」

「い、いや! そういう訳では無いんだが」


 慌てて否定するオスカーにリーシャはとニヤリと笑った。


「それで良いのです。宝石修復師は職業柄『高価』な素材を持ち歩かなければならないので、出来るだけ『そう見えないような』恰好をしているんです。荷物も出来るだけ肌身離さず、いざという時にパッと逃げられるようにするのがおすすめですよ」

「危険な仕事なんだな」

「その危険に見合うお金は頂いていますから」


 依頼相手が相手なだけに宝石修復師は高給取りだ。組合に仲介手数料を取られても余りあるほどの金が入って来る。


「逞しいな」

「お金を稼ぐ為ですから。世の中お金ですよ」


 リーシャが澄ました顔でそう言うとオスカーは顔をしかめた。


「女性がそんなことを言うんじゃない」

「いや、旅をするなら尚更ですよ。例えば、賊に囲まれてもお金を積むだけで命一つ買えたりしますし。そう考えたら大切でしょ?」


(賊に囲まれて金を積むような経験があるのか)


 慣れた様子であっけらかんと話すリーシャの旅路はオスカーの予想を遥かに超えていた。修復技術を求めて依頼主に監禁されそうになったり、高価な素材を持っていることを嗅ぎつけられて夜襲を受けたり、依頼が絶えないことに嫉妬をした同業者に殺されかけたり。


「危険すぎるぞ」


 そんな話を聞かされてオスカーは思わず頭を抱える。どう考えても年端も行かない少女がする旅の話ではない。


「何故こんな危険な職業を選んだんだ。職なら他にも色々あるだろう」


 オスカーの問いにリーシャは少し考えたのちに


「この仕事じゃないと駄目な理由があるからです」


 と答えた。その答えになっていない答えにオスカーは苦悶する。


「理由とは?」

「会ったばかりの人に教えるとでも?」

「……俺はまだ信用されていないということか」


 目が笑っていない他人行儀な笑みにオスカーは落胆した。


「当たり前でしょう。私はあなたと違って用心深いので。でも、次の町に無事に着いたら教えてあげても良いですよ」

「本当か!」

「仕事を紹介するついでです」


 がっかりしたと思ったらぱぁっと顔が明るくなる。いい歳をした大人であろうオスカーの、まるで百面相のような表情の変化が面白くて、リーシャはオスカーに気付かれぬように心の中で小さく笑った。

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