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大公女外交

()()()()()です」

「大公女外交?」

「とある方から伺った話なのですが、フロリアは大公一族の女性を他国へ嫁がせることによって薬草や香辛料の販路を広げているのだそうです」


 情報の発信元はぼかしておく。

 

「そんな! 女性をまるで物のように……」


 ショックを受けたのか、マリーは青白い顔をして口元を手で覆った。いたいけな少女には少々刺激が強かったようだ。


「……なるほどね」


 それとは対照的に、シルヴィアは腑に落ちた様子だった。

 聞き覚えのある、いや、見に覚えのある話だったからだ。


「どうしてお母様が()()()()()()()()()()()()()()へ嫁いできたのかようやく分かった気がするわ」


 昨晩聞いた話から察するに、イオニアへの輿入れは王妃にとって不本意なものだったはずだ。

 魔法があるフロリアから魔法がない原始的な国に嫁ぐ。

 いくら政略結婚とはいえ、なぜそんな国に娘を嫁がせなければならなかったのか。

 その理由がシルヴィアにはようやく分かったような気がしたのだ。


「つまり、お母様はフロリア公国がイオニアに香辛料を売るための道具にされたということですか?」


 顔面蒼白のマリーにリーシャは首を横に振る。


「おそらく、マリーが考えているようなこととは少し違うと思います。

 フロリア大公家の女性は幼い頃よりそのような教育を受けているようですので」

「教育?」

「継承権を持たない一族の娘は国の繁栄の為に他国や他領へ嫁ぐものである、という教育です」

「そんな……!」


 マリーは衝撃を受けた。

 結婚について甘い夢を見る乙女にとってはあまりに刺激的な内容だ。


(お母様もそんな教育を?)


 そしてなにより、自分を産んだ母親がそうして嫁いできたという事実が受け入れ難かった。


「お母様とお父様は愛し合っていると思っておりましたのに……」

「もちろん、始まりが政略結婚だったからといってそこに愛が生まれない訳ではありません。

 国王陛下と王妃殿下はとても良い、理想的な夫婦であると思います。

 ですが、残念ながらそうではない方々の方が多いようで」


(ヴィクトールの母、ラベンダーのように)


 オスカーもリーシャと同じ事を考えていたのか、顔が曇る。


「俺が聞いた話では、消息がつかめない娘たちが多くいるのだとか。そうした娘たちを気遣うこともなく、国を出た後に息災かどうか確かめもしないのだそうだ」

「ひどい……!」

「お母様は運が良かったということね」

「そうですね。国王陛下に愛され、こうして四人の子供に囲まれて幸せな生活を送っているのですから」

「ですが、昨日のお話では」

「ええ。最初から順風満帆な訳ではなかった。虐げられてなお折れない心と執念があったからこそ今の生活を得られたのでしょう。

 だからこそ、『幸せな生活』への執念がいささか強すぎるように感じました」


 おそらく、王妃にはまだ足りていないのだ。

 自らを虐げた先代国王と王妃がこの世を去り安寧を手に入れてもなお、「魔法がない」現状に満足が出来ない。

 愛する夫と四人の子を得手もなお、魔法がないことを不幸であると感じてしまう。

 だからこそ、不幸な自分とイオニアの民を救うためにイオニアは生まれ変わらなければならないと考えている。


「フロリアは大公女という『種』を撒くことによって繁栄してきた国です。

 撒いた種が根付かずに枯れようとも、その亡骸から芽吹いた芽が大きな木に育ち、今や大国にも劣らぬ流通網となっている。

 王妃様も同じです。彼女は今、イオニアに新しい種を撒こうとしている。

 時間はかかるかもしれないけれど、いつかその種は必ず芽吹き、イオニアを大木もたらすと信じているのでしょう」

「けれど、その種が必ずしも良いものだとは限らないわ」


 シルヴィアは言う。


()()()()()()、という言葉を本で読んだことがあるわ。

 他の地域から入り込んだ種が、その地域に根ざしている種を脅かし、滅ぼしてしまうことがあると。

 お母様がなさろうとしていることはそれと同じよ」

「うむ……」


(共存ではなく侵略。フロリア人らしいといえばらしいか)


 大公女たちを犠牲にすることを厭わない。何かを得るためには犠牲もやむを得ないという発想そのものが「フロリア人」、否、フロリア大公家の人間らしいとも言える。


「それが当たり前だと、仕方のないことだと王妃様は思っていらっしゃるのでしょうね」

「だとしたら、私はお母様の意見に賛同できないわ」


 シルヴィアは語気を強めた。


「私はイオニアが好き。

 確かに今時魔法がないなんて時代遅れかもしれないけど、魔法がないからこそ生まれた文化や残った伝統があるんだもの。それを恥だと思ったことは一度もないわ!

 だから、お母様の言うように全てを無かったことにして、今のイオニアを知らない人たちの国にするなんて絶対に嫌」

「お姉さまは本当にイオニアがお好きですものね」

「ええ。婿をとって国に残る位には愛着があるわ。それに、ジルベールだって同じ考えだと思うわよ」

「俺も同感です。兄上が母上の意見に賛同するとはどうしても思えません」


 長兄ジルベールは冷静な男だ。

 兄弟の中で一番頭が切れ、視野も広く様々な意見に耳を傾けることが出来る。

 いくら実の母親だからといって、そう易々と首を縦に振るような男ではない。


「……私は、分かりません」


 マリーは小さく首を横に振る。


「私の知っているお母様とお姉さまたちから聞いたお母様のお話があまりに乖離していて、私、分からなくなってしまいました」


(それもそうか)


 マリーにとって王妃は「やさしい母親」だ。

 それが政略結婚だとか、フロリアの大公女は交易の道具だとか、さらには母親自らの口から「姑に虐げられてきた」などと聞かされては混乱もするだろう。


「ごめんなさい。マリーにも聞いてもらった方が良いと判断したのですが、かえって混乱させてしまいましたね」

「いいのよ。この子ももう15になるんだから、いつまでも蚊帳の外に置いておく必要はないわ。

 ともかく、えーっと……そう、リーシャさんのペンダントの話だったわね?」

「はい」


 随分と話が逸れてしまった。

 本題はリーシャの妹とペンダントについてだ。


「ペンダントについては、お母様には内緒にするということで良いわね?」

「お願いします」

「妹さんについても同じようにすれば良いのかしら」


 「お守り」の存在を隠すと言うことはエミリア・ロージーがリーシャの妹であるという事実も王妃には内密にするということになる。

 サイン会の時のようにエミリア――ミアが騒ぎ出せば王妃に全て包み隠さず離さなければならなくなる。

 それだけは避けたい。


「はい。どちらにせよ、ミアには私が姉であるとバレていると思うんです」


 何せ名前も外見もそっくりそのままなのだ。

 否定こそしたがミア自身はほぼ確信していると考えて良いだろう。


「だとすると、明日また接触してくるかもしれないわね」

「そう……ですよね」


 リーシャはドキッとした。

 そう、ミアがあのまま黙っているとは思えない。

 もしも劇場で再会したら、そのときはもう誤魔化せないだろう。



「リーシャさんはどうしたいの?」


(どう)


 投げかけられた質問にリーシャは言葉を詰まらせる。


(逃げたい)


 本当ならば、明日の観劇を断って今すぐこの町から出て行きたい。

 縁を切ったつもりだった。連絡も途絶えて久しいし、妹も自分も、違う人生を歩んでいる。

 もう互いの人生が行き交うことはないと思っていた。


「ちゃんと話をした方が良いのではないでしょうか」


 オスカーとシルヴィアが声の主であるマリーの方を見る。

 マリーからそんな言葉が出てくるとは思わなかったようだ。


「もう会うこともないかもしれませんし、後悔を……いえ、リーシャお義姉さまの中で一区切りつけるためにも、ロージー先生と話し合われた方がよいと思います」

「ですが、今更話し合うことなんて。

 妹は私のことを嫌っていますし、互いに手紙も寄越さなくなってもう数十年は経っているんですよ」

「それでも、心に引っかかるものがあるんでしょ?」


 シルヴィアの言葉をリーシャは否定出来ない。

 心の中に靄のようなものがあるのは事実だ。


(妹を置いて家を出たことに対する罪悪感?)


 修復魔法が使えない妹と平凡な腕の両親を残して家を出ればどうなるかなんて分かっていた。

 妹も両親もリーシャが跡を継ぐものであると胡座をかいていたからだ。


(でも、それだけじゃない)


 「きっと困っているだろう。ざまあみろ」というどす黒い気持ちや自由を謳歌していた妹への妬み。

 そういうままならない感情がふつふつと心の底の蓋をしていた部分からわき上がってくる。


「今妹と顔を会わせたら言い合いになってしまいそうで」


 きっと話し合いなんて出来ない。

 妹も同じだ。


「それでもいいじゃない」

「え?」

「どうせもう二度と会う気はないんでしょ?

 だったら全部ぶつけてしまえばいいのよ」


(そんな乱暴な)


 呆れた顔をするリーシャにシルヴィアはニヤリと笑ってみせる。


()()()()ってそんなものでしょ?」

「……姉妹喧嘩、ですか」


(思えば、ミアとは喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかったな)


 互いに無関心と言えばよいのだろうか。

 ミアが魔法の練習をしないことを咎めたことはあったが、いつもどこ吹く風ですぐに逃げられてしまった。

 基本的に食事をするとき以外は顔を合わせなかったし、互いに避けていたので会話らしい会話もなかった。

 面と向かって意見を言い合ったり喧嘩をした記憶がない。


「……そうですね。もう姉妹では無くなりますし、最後に言い合いくらいしても良いのかもしれません」

「え? なに? どういうこと?」

「正式に実家と縁を切ろうと思いまして。祖母の実家に身分を移そうと思っているんです」


(え? そこまでする?)


 思ったよりも問題が根深そうでシルヴィアは内心焦っていた。

 それこそ、ただの姉妹喧嘩程度に考えていたからだ。


「幸いあちらの家の者であると認める証書も頂いているので、話せばすぐに手続きをして貰えると思います。

 そのことも含めて、妹に話をしに行きます」

「良いのか?」

「はい。ここでけりを着けられるなら」


(覚悟が決まった目をしているな)


 前をまっすぐ見据えたリーシャの目を見たオスカーがふっと笑う。

 完全に気持ちが切り替わった。そんな顔をしている。


「明日、観劇する際に妹と鉢合わせする可能性が高いので私は開演時間ぎりぎりに入場します。

 もしも妹から何か言われたら適当に誤魔化しておいてください」

「分かったわ。問題はお母様だけど」

「王妃様には出来るだけ疑われたくないので、観劇まではなるべく普通に過ごしたいのです。

 終演後に妹を別の場所に呼び出して、そこで話を付けようかと」

「それならオスカーと二人で夕食をとるとか何とか理由を付ければ大丈夫。どうせ帰りの馬車は別々なんだもの。

 お母様も不審には思わないはずよ」

「分かりました」


 事前に手紙を認めて開演直前、もしくは直後にエミリア・ロージーに届けさせる。

 終演後すぐに劇場を発ち、待ち合わせ場所に先回りする。

 待ち合わせ場所はどこか別の宿屋に部屋を取れば良いだろう。


「色々と秘密にしていてすみません。驚かれたでしょう?」


 リーシャが申し訳なさそうに言うとシルヴィアは大きく首を横に振った。


「いいえ。むしろほっとしたわ。まさかオスカーがこんなに年下の子に手を出すなんて! ……って驚いたもの。

 それが年上のお姉さんだと分かって安心したの。オスカーは尻に敷かれるくらいがちょうど良いもの」

「姉上!」

「ふふ、だから心配しないで」

「……はい。ありがとうございます」


 翌日の段取りを決め、夜も更けた頃にシルヴィアとマリーは自室へと戻って行った。



「流石に疲れました」


 二人が去った後の部屋でリーシャはベッドの上に倒れ込む。

 妹との遭遇ばかりか、まさか「お守り」の秘密も打ち明けることになるとは。

 一日中緊張していた分どっと疲れが出てくる。


「明日はもっと疲れるのではないか」

「言わないでください。考えるだけで嫌になる」


 ついに妹と面と向かって話をする時が来たのだ。

 気のせいか、胃のあたりがキリキリとする。


「明日はどうする? 俺も一緒に居た方が良いか?」


 オスカーの問いにリーシャは少し考えた後に「いえ」と返事をした。


「私と妹と、二人きりにしてください。きっとオスカーに聞かせられないようなことも言ってしまうので」

「……そうか」

「でも、遠くには行かないでくださいね。いざというときは止めに入って構いませんから」


(いざというとき)


 一体なにが起こるというのだろうか。


「それは、何か不測の事態が起こる可能性がある、という意味か?」

「分かりません。ただ、居てくれた方が安心するというか。心持ちの問題です」


 枕に顔を埋めたままリーシャは言う。


(なるほど、心持ちか)


 オスカーはリーシャの寝そべっている寝台に腰を掛けるとリーシャの頭をゆっくりと撫でた。


「話をしている間は隣の部屋にでも待機していよう」


 リーシャの髪を結んでいる緑色の髪紐を解くと、するりと銀の髪が背に広がった。

 ふんわりと花の香りに似た良い匂いがしてオスカーは思わず目を細めた。


「ありがとうございます」


 リーシャは体を起こすとちらりとオスカーの方を見て首の後ろに手をやった。


「すみません、窮屈なのでドレスを脱ぎたいのですが手伝っていただいても良いですか?

 一人では脱げない構造で……」

「……もちろんだとも」


 そういうとオスカーは恥ずかしそうに目を伏せた。

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