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レアからの手紙

「あー、緊張した」


 部屋から出たロランは大きくのびをすると間の抜けた声を出した。


「そんなに緊張するものか?」

「緊張しますよ~。これでも一応グロリアの使者という体裁ですし、王妃様方に失礼のないようにしなくてはと気が気じゃなくて」

「緊張している割にはマリーと楽しそうに話していたように見えますが」


 リーシャがそう突っ込むとロランは「うっ」と言葉を詰まらせた。

 はじめこそ互いにどこかよそよそしい態度で接していたが、魔法騎士やグロリアの話が盛り上がるにつれて緊張感など忘れてしまった。

 馬が合う。気が合う。端からはそう見えた。


「……楽しかった、です。楽しかったですよ」


 ロランは少し顔を赤らめながら言う。


「魔法騎士にそんなに憧れてくださる方がいるなんて思わなくて。嬉しかったのもあります」

「俺がロランに感じたのと似たようなものだな」

「オスカー様が?」

「ああ。俺もロランと初めて会った時は嬉しかったんだ。

 まさかイオニアに、俺たちのような魔法を使えない騎士に憧れている人間が居るなどと思っていなかったから」

「謙遜をおっしゃらないでください!」

「謙遜じゃないさ。外に出て分かったよ。魔法を使えない者がどういう目で見られているのか、それを自分の肌で痛いほど感じた。

 だからこそ、君の存在が嬉しかったんだ」


 オスカーの言葉にロランはぶるっと震えた。

 顔が熱くなり、目尻にうっすらと涙が浮かぶ。


「マリー様も同じだと?」

「ああ。マリーは絵物語、とりわけ魔法や魔法騎士の話が好きだからな。ロランに会えて嬉しかったのだろう」

「……そうですか」


(マリーが好きなのは魔法騎士の物語ではなく、魔法騎士との恋物語だと思うけど)


 しんみりとするロランとオスカーの横でリーシャは思った。

 おそらくマリーが憧れているのは「魔法騎士」そのものではなく、「魔法騎士との恋物語」なのだと。

 マリーやシルヴィアは乙女小説に目がない。

 自分たちの国にはない魔法や文化を取り入れた恋物語を読み、その感想を語り合うのが趣味なのだ。

 そう考えるとロランはまさにマリーにとって「理想の王子様」だった。


(魔法三国の魔法騎士、しかも王子で自分と同じくらいの年齢と来たら一目惚れするのも仕方ない)


 兄であるジークフリートに躾られたのか物腰柔らかで女性の扱いも上手い。

 気遣いも気配りも出来、年の割には良くできた男だ。


(マリーの結婚相手として良いかもしれない)


 つい、そんなお節介な発想が頭に浮かぶ。

 マリーもロランも悪い気はしていなさそうな雰囲気がある。案外きっかけさえあればトントン拍子に話が進むかもしれない。


「そういえば、レアからの手紙がどうとか言っていましたよね」

「ああ、そうだ! 義姉上さまから手紙を預かってきていて……。ちょっと待っていてください」


 ロランは自室へ駆け戻ると二通の手紙を持って戻った。


「一通はリーシャ様宛、もう一通は兄上からオスカー様宛です」

「ありがとうございます」


 分厚い上質紙で作られた封筒を裏返すと青いインクで記された「レア・ルドベルト」という署名が見える。

 持っただけでも分かる。何枚もの便箋が折り重なっているのか、ずしりとした重みを感じた。


「では、私はこれで」

「夕食はどうされますか? 宜しければ一緒に……」

「今日は家族水入らずでゆっくりされてください。またの機会にご一緒させていただければ」

「分かりました」


 「失礼します」と一礼して去ってくロランの後ろ姿を見送りながら「しっかりした子ですね」とリーシャは呟く。


「グロリアではロランを王にという声もあるそうだ」

「そんな声が出るのも分かる気がします。でも、王位継承者はジークフリート殿下なのでしょう?」

「ああ。だからこそ、内紛を避けるためにロランをイオニアへ出したのだ」

「端から見れば王位を守るために追放された哀れな弟君に見えているかもしれませんね」

「まぁ、その通りではあるがな。ロラン自身が進んで申し出たのが幸いして上手く収まると良いのだが」


 ロラン自身の希望ではあるが彼を推していた者達にとってはおもしろくない話だろう。

 「このことが火種にならなければ良いが」とオスカーは心配する。


「そこはジークフリート様がなんとかなさるのでは?」


 グロリア滞在中に共に食事を取ったが、頭の切れそうな風格のある男だった。

 難のある家臣も上手くいなせそうな気はするが。


「……そうだな。ジークフリートならば大丈夫だろう」


 ジークフリート自身、考えなしにロランを外へ出した訳ではあるまい。

 よく考えた末、それが最善だと判断したのだ。彼の判断を信じるしかない。



 リーシャは自室へ戻るとレアからの手紙を開封した。

 押し花をあしらった春らしい便箋にレアらしいきっちりとした文字が並ぶ。


『リーシャ様

 お手紙ありがとうございます。まずはオスカー様とのご婚約、おめでとうございます。私もお二人の良き報せをとても嬉しく思っております』


 そんな文章から始まる長い報告書だ。


「何だって?」


 手紙に目を走らせるリーシャにオスカーが尋ねる。


「近いうちにロダへ使者を送る、と。一度工房の様子を観に行きたいと書いてあります」

「それは良かったな」

「はい。あと、エダのドレスにも興味があるので紹介してほしいとのことでした」

「ほう」


 レアに送った手紙には「ロダの白鯨」の冊子を同封した。

 ロダに良い画家が居ること、多少癖はあるが良い舞台衣装を作ること、画家が作品を表に発表する機会を求めていることもさりげなく書き添えておいた。

 彼女が作った「白鯨の愛し子」をモチーフとした指輪が人気を博していたこと、そのレプリカを販売すれば儲かりそうだとも付け加えて。


 エダが「白鯨の愛し子」の装丁画家であることは告げていない。勝手に正体を明かすのはエダに悪いからだ。

 どうせレアがエダに興味を持ち、直接交渉すれば分かることだ。

 それでよい、とリーシャは思っていた。


「リューデンでは伝統的なドレスが主流でしょう?

 少し変わったドレスを流行らせれば一儲け出来ると考えたのでしょう」

「流行は作るものだとレアは言っていたな」

「はい。宝飾品のデザインも任せられるとなれば、レアはエダを放ってはおけないと思ったんです」


 レアは婚約指輪の「次」を探している。

 流行にはいつか飽きが来る。「婚約指輪」という流行が廃れてしまう前に次の一手を考え、下地を作っておく必要がある。

 そのために常に「新しい何か」を探しているはずだ。

 そんなレアがエダの事を知れば食いつくと思った。

 フリルやリボンを取り入れた(少し恥ずかしい)斬新なデザイン。

 依頼人が求めるコンセプトに合わせた画風やデザインで衣装を作ることも出来る。

 エダはロダでは手に入れられる布が限られていると言っていた。

 レアという支援者を得れば資金も資材も心配せずに済むようになる。どちらにとっても利のある話だ。


「白鯨の愛し子はリューデンの貴族に人気ですからね。彼女の作るドレスも流行ると思いますよ。もちろん、宝飾品もね」

「それが装丁画家の書いた物であると明かさなくとも……か?」

「名言せずとも匂わすことはいくらでもできるでしょう?」

「匂わす?」

「白鯨の愛娘の挿し絵と同じ意匠を使うとか、白鯨の婚約指輪と一緒に販売するとか。

 はっきりと言わずとも察して貰う方法はいくらでもあります」

「なるほど」


 むしろ、公言せずに「噂」として出回った方が宣伝効果があるかもしれない。


「あのドレスは白鯨の愛し子の舞台、ロダの職人が作ったドレスだ」

「白鯨の愛し子の挿し絵と同じ意匠が使われているらしい」

「白鯨の婚約指輪を専売している貴族の店で買えるらしい」

「それってもしかして……」


 人間は噂話を好む生き物である。

 人よりもちょっとだけ物知りで、限られた情報を知っている選ばれた者であるという優越感。

 それを他人に教えることで向けられる羨望のまなざし。

 特に貴族令嬢は自分だけが知っている「特別なもの」に弱い傾向がある。

 常に流行の先を読み、時勢に疎い田舎者だと笑われないようにしなければならないからだ。


 だからこそ令嬢達は茶会や夜会での情報収集、とりわけ噂話の収集には一層力を入れている。

 レアのような流行を生み出す側の人間の周囲に侍り、流れに取り残されないよう耳を大きくしているのはそのためだ。


 故に、レアがエダの正体を明かさずにドレスと指輪を売るのはそんなに難しいことではないだろうとリーシャは考えていた。

 名を売りたいのならば出せばいいし、エダが今まで通りの静かな生活を望むのならばレアに全てを任せれば良い。

 どちらにせようまくやる方法をレアは持っているし、やってのけるだろう。


「それに、出所が謎めいていた方が魅力的だと思いませんか?」


 リーシャはそういうとニヤリと笑った。


「というと?」

「伝承や曰くに人が惹かれるのと同じです。もしかして……と考える余地を与えた方が尾鰭がついてより魅力的に見えるのではないかと」

「ふむ」

「想像というものは時に作者の思惑をも越えることがありますからね」


 そういうとリーシャは膝の上に載せていた「白鯨の愛し子」の表紙をポンポンと叩いて見せた。


「たとえば白鯨の愛し子だと、白鯨と少女が別れてから再会し、子を儲けるまでの話は詳しく描写されていないんです。

 二人が別れる場面が終わると簡単な文章で後に二人が再会し、その子孫が巫女の一族となったことが記されているだけで、その間になにがあったのか一切語られていない。

 でも、読者が知りたいのはそこでしょう?」

「それはそうだろう」

「だから読者は想像を膨らませるしかないんですよね。二人の逢瀬や再会の場面を空想して、考察する。

 それを友や同志と語り合うのも乙女小説の楽しみ方の一つなんですよ」

「読者が作品について語り合う楽しみを奪わぬようにわざと余白を作っているということか」

「そういうことです。全て詳らかにされてしまってはなにも語り合えないでしょう?」

「それもそうだな。つまり、エダの服もそれと同じだと」

「ええ」


 「白鯨の愛し子」の装丁を担当している画家が作ったドレスだと真正面から打ち出すよりも、そうだと連想できるような単語を断片的に出して買い手に「想像させる」方がより広く評判が広がるのではないか。

 「どうやらあのドレスはそういうドレスらしい」という噂が購買意欲をかき立てるのではないかとリーシャは考えたのだ。


「まぁ、これはあくまでも宣伝方法の一つですが。エダが自分の名前を売りたいというのであれば話は別です」

「エダもアンナも自身が作者であることを隠していたからな」

「はい。アンナさん自身『内密に』とおっしゃっていましたし、エダさんも劇の冊子に名前を載せていませんでしたから」


 アンナが著者であると判明した際、アンナはリーシャに「内密にしてほしい」と懇願した。

 自らが「白鯨の愛し子」の作者であるとバレたら「村の中を普通に歩けなくなってしまう」と危惧していたからだ。


「ですが、エダさんはどうも違うように感じて」


『私は嬉しいな。自分の絵がこんなにたくさんの人に見てもらえて、しかもお金まで貰えるなんて最高~』


 リーシャはエダの言葉を思い出していた。


(あの言葉が全てな気がする)


 アンナの意向を汲んで正体を隠してはいるが、エダは自分の作品をより多くの人に見て貰いたいと考えている。

 それが村おこしに繋がるなら自分が前面に立っても構わないと考えている。

 なにより、自分の作品が評価されるのが嬉しい。そういう性格だと感じた。


「そこら辺の事情も加味してレアなら上手くやってくれると思ったんです」

「変な輩に目を付けられるよりはマシか」

「はい」


 世の中は善人ばかりではない。

 「白鯨の愛し子」は金になる。

 金儲けのことだけを考えた変な輩に貪られる前に、信頼の置ける相手に紹介したいという側面もあった。


「過保護でしょうか」


 不安げな顔をするリーシャにオスカーは首を横に振る。


「そんなことはないさ。エダにもレアにも悪い話ではないんだろう?」

「そうなんですけど、信頼の置ける人物とはいえレアはリューデンの貴族です。肩入れしすぎたかなと思いまして」


 損のない話とはいえ、他国の貴族へ紹介するのはやりすぎだったのではないかと一抹の不安が過ぎる。


「今時他国との取引など珍しくもないだろう。事実、『白鯨の愛し子』だって魔法三国に輸出されているだろう」

「それはそうですが」

「それに、『白鯨の愛し子』に理解のある貴族がロダの後ろ盾となっているのだろう。彼女達と交渉すれば悪いようにはなるまい」


 オスカーの言う「理解のある貴族」とは「氷花工房」に出資をしているという「白鯨の愛し子」の熱心な読者達のことである。


(彼女達がいる限り装丁画家であるエダや小説の舞台であるロダの扱いは悪いようにはならないはずだ)


 少なくとも「エダの作品を世に出したい」という願望の妨げにはならないはずだとオスカーは説いた。


(一理ある)


 リーシャは考えた。

 エダはロダの村長の娘だ。ロダは独立した国ではなく、貴族の管理する領地に属する村である。

 「白鯨の愛し子」はロダに富をもたらし、ロダを管理する貴族にとっても良い収入源となっていることだろう。

 他国の貴族と取引してその利益の一部が外へ出てしまうとなれば、管理者にとってはおもしろくない話かもしれない。


(レアならば上手く交渉するとは思うけど、何か揉め事が起こる前に令嬢方にそこら辺の事情を聞いておいた方がいいかもしれない)


 揉め事の火種は生まれる前に排除した方が良い。


「オスカーの言うとおりですね。レアに手紙を書こうと思います」

「それが良い」


 氷花工房はエダの父である村長が管理をしている。

 例のパトロン令嬢にも顔が利くだろう。

 リーシャはレアへの返事として「エダにロダに詳しい貴族を紹介してもらってはどうか」と手紙を書くことにした。

 令嬢の存在については先の手紙で報せてある。故に、これは余計なお節介かもしれない。


(おそらくレアのことだから、氷菓工房のパトロンである貴族に挨拶は欠かさないだろう。だから心配はいらない、余計な一言かもしれない)


 けれど、念のため。念のためだ。


「……やはり私は過保護かもしれません」


 筆を執りながらリーシャがぽつりと呟く。


「それだけ二人を大切に想っているということだろう」


 背後からオスカーがそう語りかけると筆を滑らせる手が止まり、「そういうことにしておきます」と気恥ずかしそうな返答が聞こえた。


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