ロランとの再会
「失礼いたします」
トントンと扉を叩く音がした。訪問客が来たようだ。
「ああ、ロランか。入るといい」
オスカーが声をかけると扉が開く音がして見覚えのある栗毛の少年が部屋の中に入ってきた。
「もしかして、彼が例の?」
興味深そうにする小声で耳打ちするシルヴィアにリーシャが頷く。
「はい。グロリアのロラン王子殿下です」
「お初にお目にかかります。グロリアから参りましたロランと申します。以後お見知り置きを」
レアの婚約者であるジークフリートの弟、グロリアの王子ロランは王妃やシルヴィア、マリーに向けて挨拶をした。
年の割には堂々とした美しい所作である。
ロランは挨拶を終えるとぱあっと年相応の明るい笑みを浮かべオスカーの元に駆け寄った。
ずっと我慢していた。そんな様子が手に取るように分かる。
「お久しぶりです! オスカー様!」
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「はい! まさかこんなに早く声をかけていただけるなんて思っておらず、急いで身支度をして飛んで参りました!
リーシャ様もお元気そうで何よりです!」
「レアは息災にしていますか?」
「兄上も義姉上も元気ですよ。そうだ、義姉上様から手紙を預かってきたので後でお渡ししますね」
「分かりました」
今回ロランをクロスヴェンまで呼び出したのには訳がある。
魔法騎士の指南についてグロリアとイオニアの間で話し合った結果ロランをイオニアに派遣することで話がまとまり、王妃達が西方から帰還する際に共にイオニアへ渡ることとなったのだ。
知らせを受け取ったロランは嬉しさのあまり飛び上がった。
長い間恋い焦がれた「本物の騎士の国」へ行けることになったからである。
急な知らせにもかかわらずさっさと荷造りをしてグロリアを発ち、オスカーや王妃が到着するずっと前からクロスヴェンに滞在していたらしい。
(本当にイオニアが好きなんだな)
興奮気味に再会を喜ぶロランを見てリーシャは微笑ましい気持ちになった。
旅を始めてからイオニアに対する世間の風当たりの強さを嫌と言うほど実感した。
「魔法がない国」だというだけで差別され、「時代遅れ」「原始的」だと冷ややかな目で見られる。
そんなことの繰り返しだった。
だからこそ、ロランのような憧憬を抱いた瞳が眩しい。
(オスカーも嬉しそうで良かった)
ロランを見るオスカーの目は優しい。
かわいい弟のようなものなのだろう。
仲睦まじい二人の様子を見てリーシャは目を細めた。
「リーシャお義姉さま、あの方が我が国にいらっしゃるという魔法騎士様ですか?」
そっと近づいてきたマリーが小声でリーシャに尋ねる。
「そうですよ。ああ見えてかなり腕が良いようです」
「そうなのですね。私、もっと年上の……それこそお兄さまと同じようなお年の方がいらっしゃるのかと思っておりましたわ」
どうやらマリーの中ではある程度年のいった熟練の騎士が派遣されてくる想定だったらしい。
まさか自分と同年代の若者だとは思わず面を食らったようだ。
「マリーとは年が近いので良いお友達になれるかもしれませんね」
「そうでしょうか? ……あの、もし宜しければご紹介していただけませんか?」
頬を赤く染めながら恥ずかしそうに頼むマリーにリーシャは「おや」と思った。
(もしかして、気があるのかな)
チラチラとロランを見るマリーの目は恋する乙女のそれだ。
いわゆる「一目惚れ」というやつなのかもしれない。
対するロランはオスカーとの話に夢中でマリーの存在など目に入っていない様子である。
ここは一肌脱ぐ必要がありそうだ。
「ロラン様」
リーシャはマリーを連れてロランの側へ歩み寄った。
「お話中申し訳ありません。こちら、オスカーの妹君にあたるマリー王女殿下です」
「はじめまして、マリーと申します」
マリーはリーシャの陰から顔を覗かせると恥ずかしそうに目を伏せたあと、横に並び立って一礼する。
「……」
ロランの目はマリーに釘付けだった。
緩く波打った母親譲りの赤みを帯びた美しい髪に緑色の瞳、まだあどけなさの残る紅の刺した愛らしい顔。
恥じらいを見せながらも失礼のない美しい所作にロランはあっという間に心を奪われた。
(なんと可愛らしい姫君だろう)
そう思った。
可愛らしい、というのはお世辞ではない。
ロランの母国であるグロリアを含む魔法三国の女性は総じて気が強い。
魔法至上主義、実力主義の気概があるからだろうか。
ロランの母も、兄であるジルベールの婚約者であるレアも凛としていて自己主張が激しく男にも負けない女傑である。
そのような女性たちに囲まれて育ったロランにとってマリーの纏うふんわりとした愛らしい雰囲気はとても魅力的で刺激的だった。
「可愛らしいとはこのようなことを指すのか」と、さしずめそんなところである。
「ロラン様?」
「……あっ! 失礼いたしました!」
固まって動かないロランを心配そうに覗き込むマリーにロランは慌てて頭を下げた。
「マリー王女殿下、お会い出来て光栄です」
「マリーで構いませんわ。あの、ロラン様は魔法騎士……なのですよね?」
「はい。よくご存じですね」
「私、以前絵物語で読んだことがあって。素敵ですわ! 本物の魔法騎士だなんて!
本当に魔法の剣をお使いになるのですか?」
「はい。宜しければ持ってみますか?」
「え!? 宜しいのですか?」
「私の物で宜しければ」
ロランは腰に下げていた革製の鞘をベルトから取り外すと「重いので気をつけてください」と言ってマリーに手渡した。
「わあ……!」
剣を手にしたマリーは感嘆の声をあげた。
手の内に感じるずしりとした重さに一瞬床に落としそうになる。
束には何種類かの宝石が留められており、紐や革を編み込んだ美しい装飾が施されていた。
あまりに美しくて「本当に実戦用の剣なのだろうか」と、そんな疑問さえ湧いてくる。
「ジークフリートの剣とはまた違った装いだな」
「剣は自分に合った仕様に拵えるものですから。兄上は風魔法、私は風と火、水の三種類の魔道具として仕立てています」
「それはまた随分と欲を張りましたね」
リーシャが意地の悪いことを言うとロランは少し恥ずかしそうに「若気の至りです」と返した。
「幼い頃は魔法をたくさん使える方がかっこいいと思っていたんです。だから父上に剣を作っていただくときに無理を言って三つも核をはめて貰って……。
でも実際に使ってみて気がつきました。魔法は一つで十分だって」
「中心は風魔法でしょうか」
「そうですね。やはり使い勝手がよいですし。
まぁ、使えない訳ではないんです。
水は目くらましに使えるし傷の洗浄も出来る。
火は野営をする際に火を起こせるし暗い場所で明かりの代わりにもなる。
ただ、どちらも剣である必要はないでしょう」
「そうですね」
「いろいろと難しいのね」
ソファーに座って王妃とお茶を飲んでいたシルヴィアが話に割って入ってきた。
「あればあるだけ便利な気もするけど」
「そういう訳ではないんですよ。特に火なんかは使いすぎると剣がなまってしまうので頻繁には使えないですし。
それならば別に小型の魔道具を用意した方が良い」
「適材適所ということだな」
「仰るとおりです!」
「お兄さまは魔法の剣をお作りにならないんですか?」
マリーは大事そうに剣を撫でながらオスカーに尋ねる。
「うむ……。一本あれば便利だとは思うが」
「今お使いになっている剣、それを加工する事も可能ですよ」
「そうなのか?」
「はい。剣を一から特注で作ると結構お金がかかるでしょう? だからうちの団員は市販の剣を工房に持ち込んで加工をしてもらっているみたいです」
「なるほど」
「魔法の剣」が普及しているグロリアならではだ。
「そうだ、兄上からオスカー様宛に預かり物をしていたんだった。ちょっと待っていてください。取ってきます」
ロランは何かを思い出した様子で部屋を出る。そして少し経った頃丁寧に布で巻かれた長い物を抱えて戻ってきた。
「兄上からオスカー様への感謝の品です。どうぞお受け取りください」
ロランはそういうと巻かれていた布を解く。
「これは……」
中から現れたのは一本の剣だった。
ジークフリートやロランの剣のような派手なものではない。
飾り紐はなく剣も柄も銀色の金属で出来ている。
柄には美しい彫刻が施してあり柄頭に緑色の宝石が留められていた。
「オスカー様が使っていらっしゃる剣に似せて作った剣です。風魔法が付与してあります」
「良いのか? こんなに良い物を」
「構いません。私をイオニアに連れて行ってくださるお礼、感謝の気持ちの品ですのでどうかお納めください」
綺麗に磨かれた傷一つない刀身を見てオスカーはため息を漏らす。使うのがもったいない。そう思ってしまうほどだ。
「あと、リーシャ様にはこれを」
ロランはポケットからもう一つ包みを取り出した。
「短剣ですか?」
包みの中から現れた物を見てリーシャが言う。
「オスカー様の剣と同じ鋼で作った短剣です。護身用にお持ちください」
美しい短剣だ。
よく手入れされた革の鞘から引き抜くと白く輝く刃がきらりと光る。
柄にはオスカーの剣と同じような装飾が彫られており見栄えもする。
装飾がある割には握り心地も良い。
「リーシャ様は魔法に長けておられるのでご自身で好きな魔法を付与出来た方が良いかと思い、素の状態でお渡ししております」
「お気遣い頂きありがとうございます」
(分かっているな)
さすがは魔法三国の王子だ。そこら辺は抜かりない。
相手が魔法の名手とあらば、余計な気を回すよりも自分好みの魔法を付与して貰った方が満足するだろうと考えたのだ。
事実、リーシャはロランの気遣いに感心していた。
年の割には出来る王子だと感じたのだ。
「皆様方にもそれぞれ贈り物をご用意しておりますので後で部屋に送り届けさせましょう」
「いろいろとごめんなさいね」
「いえ、これからお世話になる身ですから」
王妃はロランを興味深そうに見ていた。
(若く見えるけれど随分としっかりした子ね)
概ね好印象のようだ。
オスカーから話を聞いた時は「マリーと同い年くらいの若い男に騎士団の指導が務まるのだろうか」と不安を感じていたが、この一時間ほどでその不安もどこかへ消え去ってしまった。
受け答えも考え方もしっかりしているし人当たりも良い。人との付き合いも不得手ではなさそうだ。
オスカーにかわいがられているのを見るとジルベールや他の騎士達とも上手くやって行けそうな気がする。
(良い子を送って貰ったかもしれない)
想像していたよりもずっと、数倍良い。
マリーと楽しそうに話すロランを見て王妃は考えた。
(マリーの結婚相手として考えても良いかもしれないわね)
末娘のマリーももう十五になる。
そろそろ結婚相手を探す年頃だ。
どこかの王侯貴族へ嫁に出すくらいならば一層のことロランを婿に迎えるのも悪くはない。
グロリアとイオニアの友好関係もますます深まるだろう。
「お疲れでしょうから、今日の夕飯は部屋へ運ばせるよう手配をしています。ごゆっくりなさってください」
「なら、二人も一緒に食べましょうよ。まだまだ話したいこともたくさんあるし」
「そうね。オスカーから貰った手紙についても、陛下から言伝を預かっているし」
「父上から?」
「ええ。まぁ、その話は追々しましょう」
「言伝」というのはおそらく「賢者の学び舎」についての話だろう。
イオニアから賢者の学び舎に人を派遣し、トリヤの村で魔法を学ばせる。
その算段が着いたのかもしれない。
「分かりました」
「では、私たちはいったんここで失礼いたします」
「私も失礼します。また」
長旅を終えたばかりの王妃達に気を使い、リーシャとオスカー、ロランは貴賓室を後にした。




