新しい鉱床
「聞きました? 冠の国で新しい鉱床が見つかったって」
とある宿の一室。新聞を片手にリーシャは興奮気味にオスカーに語りかけた。
「鉱床? 冠の国というと……ルビーか何かか?」
「はい。議事堂の地下に手つかずの鉱脈があったんだとか」
「あんな町中に?」
「ええ。皇帝の指示で議事堂を撤去して掘り返した所、なんと質の良いルビーの鉱脈が現れたそうです」
「そんなことがあり得るのか?」
「夢物語みたいな話ですよね。でもほら、こうして新聞の一面に。写真だって載っていますよ」
オスカーはリーシャから手渡された新聞に目を通す。
新聞の一面には更地となった議事堂跡と、そこから採掘されたという大きなルビーの原石を抱えた皇帝、ヴィクトール・ウィナーの写真が掲載されていた。
「皇帝陛下の狙いはこれだったのでしょうか」
写真を眺めながらリーシャは言う。
「議事堂の地下に鉱脈が眠っていることを知っていたと言うのか?」
「分かりません。でも、これ以外に冠の国を欲する理由なんてないでしょう?」
「それはそうだが」
冠の国は不良債権だ。
主産業だった北方鉱山での採掘は資源の枯渇により衰退の一途をたどり、飛行船に関わる造船業でなんとか食いつないでいる状況だった。
すでに財政は傾きかけており、偉大なる帝国に対する借金だってある。
正直そんな国を手に入れたところで皇帝にとってなんの利もない。
造船業は皇帝直営の「ウィナー公船会社」が牛耳っているし、侵攻などしなくともその全てが手中に収まるのは時間の問題だったはずだ。
だとすると、それ以外にもっと大きな、皇帝にとってもっと魅力的な何かがあったはずだとリーシャは考えていた。
(けれど、その『何か』が分からなかった。もしもそれがこの鉱床だったなら……)
閉山する鉱山が増え続けている中で発見された新たな鉱床。
しかも汎用性の効くルビーの鉱床だ。
北方鉱山が最盛期立った頃よりもずっとその価値は高い。
「それに、議事堂の地下を掘れと言ったのは皇帝ご自身なのでしょう?」
リーシャは新聞記事を指さす。
「皇帝陛下のご指示により議事堂の地下を掘り返したところ――」
新聞にはそんな文字が踊っている。
「そこに何かあると知っていなければ出来ない芸当です」
「……」
(そんなことが可能なのだろうか)
鉱山付近の山や鉱山をもっと掘り進めるとか、そういう誰にでも思い付きそうなことなら分かる。
議事堂。それも、町のど真ん中にある建物の下に鉱脈があるなどと分かるものなのだろうか。
「さすがは強運皇帝、といった所でしょうか」
「強運皇帝?」
「ヴィクトール・ウィナーの二つ名です。知っていますか? 彼は『くじ』で皇帝になったんですよ」
「……なに?」
くじ。突拍子もない言葉に耳を疑う。
「くじとは、あのくじか?」
「はい。くじ引きです。以前ロウチェさんに教えていただきました。
先代皇帝が亡くなった際、継承権を持つ実子達でくじを引き、最後の一枚を引いたヴィクトールが皇帝の座を射止めたと」
「……なるほど。それで強運皇帝か」
強運という言葉で片づけて良いものなのだろうか。
豪運。そちらの方がふさわしい気もする。
(不思議と驚きはない。奴ならばそうなるだろうという気がしてしまう)
そうなってもおかしくはない。むしろ、それが自然だと思ってしまう不思議な雰囲気を皇帝は纏っている。
王たる物の器がある、いや、そう思わせる才能にヴィクトールは人一倍長けていた。
「なので正直、勘だと言われても納得してしまうんですよね」
「うむ……」
リーシャの言うことにオスカーは反論しなかった。
「それもそうだな」と思ったからである。
「冠の国と言えば、もう着いた頃か」
オスカーは部屋の壁に掛かっている時計を見て呟く。
「そうですね。一緒の宿を取っているはずなので、そのうちいらっしゃると思いますよ」
そういってリーシャは窓の外を覗いた。
芸術の都、クロスヴェン。
少し前に届いたある手紙に誘われ、リーシャとオスカーは「演劇の街」と呼ばれるこの地を訪れていた。
クロスヴェンは西方にある大きな街である。
演劇の聖地とされ、街中にある大小さまざまな劇場が有名だ。
ここで上演するのが演劇人の夢とされ、年に一度の演劇祭には毎年多くの演劇ファンが訪れる。
『【東の花の乙女】の公演があるので一緒に観に行きませんか?』
そんな手紙がリーシャの元へ届いたのは少し前のことだ。
オスカーがリーシャと正式に婚約することを国王と王妃に伝えたところ、「ちょうどクロスヴェンに行くのでそこで落ち合おう」という話になったのだ。
西方から少し東に戻った所に居たリーシャとオスカーは飛行船に乗って再び西方へ戻った。
馬や徒歩ではかなりの時間を要する距離も飛行船ならば一瞬である。
「王妃様たちにお会いするのは久しぶりですね」
「そうだな。イオニア以来か」
「お元気でしょうか」
「変わりない、とは手紙に書いてあったが」
イオニアを出てからオスカーはたびたび王宮とやり取りをしていた。
学び舎に人を派遣したいこと、砂漠研究所のこと、リーシャとの婚約のこと。
それに加えて旅で立ち寄った土地の文化や風土、食べ物について事細かに書き記して手紙を送った。
手紙を出してから返ってくるまでそわそわしながら日にちを重ね、王妃や国王、兄姉妹からの賑やかな手紙を読むのを楽しみの一つとしていたのだ。
「それは良かった」
ふと宿の目の前に止まった馬車列に目が留まる。
「オスカー、着いたみたいですよ」
そう告げるとリーシャは久しぶりの面会に向けて鏡の前で身だしなみを整えた。