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白昼夢

「……た……ち、あんたたち! こんな所で何してるんだ!」


 昼だった。太陽が燦々と輝く真っ昼間、地面に転がったリーシャとオスカーは一人の男性に叩き起こされた。


「……あれ、ここは?」

「ここは? じゃないよ。こんなところに転がっていられたら困るよ」


 体を起こしてみると目の前には平原が広がっている。隣を見ると地面に臥しているオスカーの姿があった。


「すみません」

「全く、この森は立ち入り禁止なの。あんたら村のもんじゃないね? 困るんだよ」

「森……」


 リーシャが振り返るとそこには鬱蒼とした森が広がっていた。どうやら今いる場所は森と平原との境目らしい。


「おかしいな、森の中に居たはずなのに」


 寝ぼけた頭でそうつぶやくと、男性の顔からさっと血の気が引いた。


「えっ、あんたら森に入ったのかい?」

「ええ。珪化木を探しに川に行ったら日が暮れそうになって、守人の方のご自宅に泊めて頂きました」

「なんだって? もしかして、じいさんが言ってた二人組ってあんたたちのことか?」

「え?」

「七日ほど前に村のじいさんに頼まれたんだよ。川に石拾いに行ったかも知れない二人組がいて、心配だから様子を見てやってくれって。

 夕方に見回りに行ったけど見あたらなかったから帰ったのかとばかり……。まさか森に入ってるとは」

「七日? 私たちは一晩過ごしただけですよ?」

「……あんた」


 男性はリーシャの顔をまじまじと見ると大きなため息をついた。


「無事に帰って来れて良かったなぁ。そりゃ、妖精の拐かしだよ」

「妖精の……」

「この森にいる守人は俺だけだ。あんたたちが見たのはおそらく……」


 そこまで言って男性は言葉を濁す。どうやら触れてはいけないようだ。


「フラドールの村が出来てからも少しの間は森にキノコを採りに入っていたらしいんだが、行方不明者が出るようになってね。立ち入り禁止にしてからはむやみに人が入らないよう、うちの一族が代々守人として見張りをしてるんだ」

「そうだったんですか」

「村の奴らは妖精を信じるなんて馬鹿馬鹿しいとか、早く村に戻ってこいとかい言うけどねぇ。俺はなんとなく、この森には何かが居るような気がして。

 まぁ、彼らも彼らで鐘を吊して毎日火を炊いてる当たり、心のどこかで思うところがあるんだろうね」

「……そうですね」

「さぁ、日が沈まないうちに平原を出なさい。せっかく助かった命だ。もう村にも河原にも戻らない方がいい」

「分かりました。そうします」


 リーシャはオスカーを叩き起こすと状況を飲み込めないオスカーの手を引いて歩き出した。村を背に、来た道を戻る。


「どういうことだ? 俺は確か、森の中に……」

「あれから七日も経っているそうです」

「七日? 分からん。一晩夜を明かしただけのはずだが」

「昨夜何があったか覚えていますか?」

「河原で石を拾って、守人の女性の家に行って、それで」


(おかしい。家に入ったことまでは覚えているのに、それから先何があったのか思い出せない)


 愕然とするオスカーにリーシャは「私も同じです」とつぶやいた。


「彼女の家に行って、とても豪華な食事が目の前に並んでいたことは覚えているのですがそのあとの記憶がなくて。でも何か、とても恐ろしい目にあったような、そんな気がするんです」

「恐ろしいこと?」

「それが何か思い出せない」


 思い出そうとすると身の深いところが震える。体が拒絶反応を起こしているような、思い出すのを畏れているような――そんな感覚に陥るのだ。


「今回の依頼は放棄します。大変残念ですが――」


 そう言って収納鞄から依頼書を取り出したリーシャは目を疑った。


「え、署名されてる」


 空白のはずの署名欄に署名が入っていたからだ。依頼人と同じ名前が一字一句間違いなく記載されている。


「いつのまに署名なんてもらったんだ」

「もらっていませんよ。だってそもそも、まだ依頼人の時計は修復していないんですから。この依頼書だってずっと収納鞄に入れっぱなしでしたし」


 少し考えたのちにリーシャは依頼書を丸めて再び収納鞄にしまった。


(深く考えない方がいい気がする)


 直感だ。


「妖精の拐かし、信じるか?」


 オスカーが難しい顔をしているリーシャに問う。


「信じるか信じないかは置いておいて、私たちは何度も依頼を放棄しようとしました。でも結局放棄せず村に留まり、妖精を追い求め、拐かされた……かもしれない。

 そこには何らかの力が働いていたとも考えられます」

「村に入った時から妖精の影響を受けていたと?」

「少なくとも正常な判断をすることが出来なくなっていた可能性が高いです。私たちは妖精除けをしていなかったでしょう?」

「確かに。本当に妖精避けに効果があるのだとしたら、俺たちはあまりに無防備すぎたな」

「妖精を寄せる宿にも宿泊しましたし」

「そうだな」


 さながら妖精のフルコースだ。


「そう考えると、あの宿は大丈夫なのだろうか?」

「さあ」


 あの宿とはもちろん「妖精を寄せる」観光宿のことを指す。妖精は良いものではない。人がどうこう出来、一方的に利益を享受出来るような都合の良い存在ではないのだ。

 それを大量に集めて金を稼ぐために使う。果たしてそんなことをして大丈夫なのだろうか?


「村に生えていた木を使って建てた上に妖精除けもせず、妖精を積極的に呼び込んでいる。今あの宿には村中の妖精が集まっているんです。妖精時計が動かなくなったのも、妖精が珪化木から宿に鞍替えしたからなんだとか」

「誰からそんなことを聞いたんだ?」

「えっと……誰でしたっけ」


 誰から聞いたのか思い出せないが、知っている。


「ともかく、そんなことをしたらロクなことにはならないでしょうね」

「だろうな」


 あの宿の行く末がどうなるかは分からない。だが、近い将来大変なことが起きるような予感がした。


(けど、それは私たちにはどうしようも出来ない)


 フラドールが妖精を「悪いもの」としている以上、妖精と住民との共存は絶望的だ。観光宿の建設は両者の関係性を破壊した訳ではなく、元々膨らんでいた軋轢にとどめを刺しただけなのだ。


「さあ、行きましょう。この依頼書も早く手放さなければ」


 平原のずっと向こう側に見えるフラドールを一瞥し、川にかけられた橋を渡る。いずれ滅び行く妖精の住む村に一時だけ、思いを馳せながら。

現在コンテスト向けに一章を書き直しておりまして、次章はそれが終わり次第書き始めるのでお時間を頂く予定です。宜しくお願い致します。

一章はそのうち丸々差し替える予定です。

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