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「あなたはこの森の守人なんですよね?」

「ええ」

「いくつか伺いたいことがあるのですが、宜しいでしょうか」

「ふふ、構いませんよ」


 女性は運んできた鳥の肉を大きなナイフで切り分けながら返事をする。


「森と村との間にある平原、昔はそこも森であったと村人に伺いました。あの村は元々別の場所にあったのではありませんか?」

「どうしてそう思うの?」

「その方が、先祖代々開拓をしていたと。もしもあの平原が元は森であったのだとしたら、森を切り開きながら今の場所にやってきたのではないかと思ったんです。つまり大昔、村は森の中にあったのではないかと」

「良くおわかりになったわね。あなたのおっしゃる通り。元々彼らは森の中に住んでいた。ずっと昔の話だけれど」


 リーシャは女性が鳥の肉を口に運ぶのを眺めていた。厨房からは相変わらず何かを作っているような金属がこすれあう音が聞こえてくる。

 部屋に充満する濃厚な香りに痺れるような感覚を感じながらも、リーシャの頭は先ほどよりもずっと冴えていた。


「ある時から彼らは木を切り始めたの。切った木を高く買ってくれる人がいるからと、森の木をどんどん切り倒していった。遥か昔から齢を重ねていた立派な木が多かったから、よい金になるのだと言っていたわ。

 何十年もかけてたくさんの木を切り倒し、いつのまにか見ての通り、大平原が出来上がり。その平原の真ん中に、稼いだ金で村を作った。それがフラドールという村の成り立ち。おわかりになった?」

「なるほど、よく分かりました」

「あなたの求める答えが見つかったかしら」

「妖精は森からきた、と。あくまでもこれは私の仮説、いえ、想像に過ぎませんが」


 女性はなにも言わずに食事を続けている。リーシャは一息つくと言葉を続けた。


「妖精は火を嫌い、金属を嫌う。火は木を燃やし、金属は木を傷つけるから。そして、珪化木を好み住処にする。それらの条件から、私は妖精が木に宿るモノであると仮定しました。

 そして、今あなたが語ったこと。村人たちの先祖は森に住まい、森を切って平原とし、今の地に落ち着いた。

 それらを総合して考えると……。あくまでも私の妄想ですが、妖精は突然現れたものではなく元々森に住まう存在だった。けれど、村人たちが森を切り開き平原にしてしまった結果、住む場所を失ってしまった。

 だから平原の真ん中にある森の跡地――フラドールに集まってしまったのではないでしょうか」

「フラドールが森? おもしろいことをおっしゃいますね」

「フラドールの家は木で出来たものばかり。おそらく、切り倒した森の木を使っているのでしょう。そして、観光宿が出来るまでは大きな木が一本立っていたと聞いています。それらを依り代としてかろうじて存在していたのではありませんか?」

「半分当たりといったところかしら」


 女性は食事の手を止めて立ち上がると壁に掛けてあった木製の輪飾りを持ってきた。蔓で編み込まれた輪飾りに木の実や葉が飾り付けられている。


「ずっと昔、彼らの祖先は森で生きていた。妖精と意志を通わせ、妖精を崇め、妖精の力を借りて生きていた。この輪飾りはその時代に目印として使われていたものなの。

 でも今はどう? 軒先に吊されるのは輪飾りではなく金属製の鐘。家の中では木を焼き、煙を使って妖精を追い払う」

「そうか、妖精時計はその時代の名残だったんですね」

「そう。魔法というものが広まるずっと前から妖精は彼らに力を貸していたの。彼らの先祖は妖精のおかげで食料を見つけ、病気を治し、飢えを凌いでいた。

 そのことを知っている者はもうフラドールにはいないけれど」

「妖精は悪いものだから?」

「ええ」


 女性は優しい笑みを浮かべる。


「妖精は悪いもの。目に見えなくて得体の知れない不気味なもの。森を離れ、平原に住まうようになって彼らは忘れてしまったの。

 だって妖精に頼らなくても生きていける。金さえあれば食料にも困らない。木を売って築いた財産が無くならない限り、行き倒れることもないんだもの」

「厄介払いのようなもの、ですか」

「そう。もう彼らに妖精は必要ない。先祖が受けた恩恵も忘れて、ただ身近に存在する厄介なモノとして疎んでいるのよ」


(なのに妖精時計は使い続けている。一見矛盾しているようにも思えるけど、彼らが妖精の力を借りていた歴史を忘れているというのなら逆に納得が出来る)


 かつて、フラドールの人々は妖精の力を借りていた。妖精時計がその時代の名残であると言うのならば、「力を借りる」というのはやはり妖精を通じて魔術や魔法に近い何かを行使していたということなのだろう。

 そして妖精時計もまた、妖精の力を借りて動かす魔道具であるということだ。

 だとすると、妖精を毛嫌いするフラドールの人々がなぜ妖精の宿る魔道具を使っているのかという疑問が残る。

 だが、それは彼らが自らの先祖が辿ってきた歴史を忘れているからだと考えると説明がつくのである。


(現に、時計職人は珪化木の出所も役割も知らなかった。ただ先祖が作ってきたのと同じように、先祖から代々使っている素材を使って時計を作っていただけだ。

 もしも彼が先祖と妖精との関わりについて知っていたら、なぜ時計が動かなくなったのか一目で分かっただろう)


 フラドールにおいて、先祖が妖精と交信していたという歴史は完全に亡きものとされている。それが偶然であるのか故意であるのかは分からないが、今のフラドールでは妖精に良い印象を持っている者はいない。


「……そうですか。もしかして、時計が使えなくなったのはその意趣返しのようなものなのでしょうか」

「どうでしょう。珪化木は謂わば住み慣れた家のようなもの。家というのは古ければ古いほど居心地が良いものでしょう。

 けれどそれは、騒音や公害がない清浄な土地での話。もしももっと住み心地の良い、自分たちを歓待してくれるような素敵な家が出来たとしたら――」


(もしかして)


 その「素敵な家」には心当たりがあった。妖精を忌み嫌う村の中で唯一歓待してくれる「素敵な家」がフラドールにはあるではないか。


「あの観光宿のせいで妖精時計が動かなくなった?」

「これはあくまでも私の想像に過ぎませんが。森の木をふんだんに使っている上に火も焚かず金属も無い。きっととても居心地がよいでしょうね」


(つまり、村中の妖精があの宿に集まっているってこと?)


 火や煙にまかれても離れようとしなかった珪化木を捨てるほどの魅力が観光宿にはあるとでも言うのだろうか。

 環境だけではない。あの宿は「妖精に会える宿」として売り出しており、妖精に好意を持つ人間ばかりが宿泊している。

 妖精が意志を持った存在ならば、自分を嫌う人間の元にいるよりも宿に移った方がずっと暮らしやすいはずだ。


「なるほど。時計が動かなくなった謎も、なぜあの核で時計が動くのかも分かった気がします」

「それは良かった」


 刹那、女性の姿がふっと消えた。

 と思うが否や、リーシャの肩に背後から手が置かれる。


「ねぇ、あなたは妖精に興味がない?」


 とっさの出来事、あまりの恐怖にリーシャは言葉を失ったまま硬直していた。

 後ろを振り向けない。振り向いてはいけない。そんな気がして厨房の入り口をじっと見つめる。

 女性はリーシャの首に手を回し、抱きすくめるような形で耳元に口を近づけると脳に直接響くような柔らかい声で囁いた。


「妖精はね、あなたみたいな賢いひとが好きなの。あなたならうまくやれると思うわ。きっと、きっと」


 ぐわんと体の芯から揺さぶられるような感覚に陥る。体の内側からかき乱されるような、気持ち悪い感覚だ。


(このままじゃまずい)


 リーシャは咄嗟にズボンの裾で隠していたナイフを抜き取ると自らの太股に突き刺した。


「痛ッ」


 鋭い痛みで頭の中に掛かっていた靄が晴れる。そして太股にさしたナイフを引き抜くと首にかけられていた女性の手をつかみ振り向きざまにナイフを女性に向かって突き立てた。


「……あら、随分とあらっぽいことをするのね」


 心の臓にナイフを突き立てたまま女性は妖艶に笑う。まるで子供のいたずらをたしなめるような言い方だった。


「荒っぽいのはどちらですか? 無理矢理こんな……自分のものにするようなやり方……」


 リーシャは足の怪我をかばうようにテーブルに手をつきもたれ掛かった。


(もうふさがってる)


 先ほどナイフを突き刺した太股の傷はすっかり塞がって元通りだ。ナイフを刺した瞬間「お守り」が発動したのだろう。「お守り」があるからこそ出来る芸当である。


「あなた、本当においしそうで困るわ。とてもいい匂いがするもの」

「恐ろしいことを言わないでください」

「こうしてあらがえるのは才能よ。素質がある。素敵」


 女性は胸からナイフを引き抜くと刀身に口づけをした。

 女性の胸には傷一つなく、ナイフにも血の一滴すらついていない。


(ああ、夢なら早く覚めて)


 まるで悪夢をみているかのようだ。とても現実のこととは思えない。


「大丈夫。畏れないで」


 女性はリーシャの目の前にいた。大きく手を広げ、リーシャが一歩下がろうとしたその瞬間、すでにその手はリーシャの体を捕らえていた。


「もう契りは交わされたから。ああ、素敵ね」


 灯りに照らされた金色の瞳の中に映る自分の顔を認識した瞬間、リーシャは遠い暗闇の中に落ちていくような感覚を味わい、意識が遠のくのを感じた。


(この人は妖精、なんてものじゃない。もっと恐ろしい、別次元の――)


 薄れゆく意識の中で感じた、何かが接続するような感覚。ぼんやりと見える女性の姿はにじみ、やがてなにも見えなくなった。

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