守り人の誘い
フラドールから東に伸びた一本道、広い平原を突っ切りちょうど森に入る手前に一本の大きな川がある。その川の下流は平原を囲む森の中へと続いており、リーシャとオスカーはその森と平原との境目にいた。
隣人から聞いた珪化木が採れるという採集地点である。
「本当にこんな場所に珪化木が落ちているのか?」
「可能性はあると思いますよ。河原は基本的な鉱物採集地ですから」
そういってリーシャは足下に落ちている石を拾って大きな石の上にいくつか並べた。
「こういった石は昔からここにあった訳ではなくて、川の上流から流されてきた物なのは知っていますよね?」
「ああ。ごつごつしているという事は、比較的近い場所から流れてきたのだろう?」
「はい。角が削られず大きい物が多いので、産出地からあまり遠く離れていないのでしょう。こういった石たちの中に、希に化石や希少な鉱物が紛れ込んでいることがあるんです」
リーシャは収納鞄の中から皮手袋とバールを取り出した。皮手袋は石で手を傷つけないため、バールは大きな石を持ち上げるために使うのだ。
「たとえば瑪瑙や玉随、化石に水晶、翡翠だって川で採れるんですよ」
「そうなのか?」
「海で採れる石は元々川を流れてきたものですから。珪化木がこの川で採れたという話が本当ならば、川の上流に露頭があるのかもしれませんね」
「今も探せば見つかるのだろうか」
「どうでしょう。時計職人の方が言っていたでしょう? ずっと昔に加工されたものをずっと使っているって。ずっと使い続けているにも関わらずあんなに沢山石が残っていたことを考えると、採り尽くされてしまっている可能性もあります」
「では、ここで探しても意味がないのではないか」
「いえ、もしも彼らが採取していたのが河原ならまだ残っているはずです。珪化木が埋まっていた露頭が残っている限りは」
そう言うとリーシャは地面を凝視しながら歩き始めた。少し歩いては立ち止まり、それらしき石が見えると手にとって確認したり大きな石をひっくり返したりしている。
完全に採集体勢に入っていた。
(これは、見つかるまで探すつもりだな)
夢中で石をひっくり返すリーシャの姿をオスカーは「やれやれ」という気持ちで眺めていた。
こうなってはどうしようもない。おそらく今、リーシャの頭の中は珪化木のことでいっぱいなのだ。妖精が宿る珪化木の出所が知りたいのはもちろん、石拾い自体に夢中になってしまっている。
見つかるか分からない、砂漠の中で一粒の金を探すような途方もない作業だが、あんなに楽しそうなリーシャの顔を見たら止める気も起きない。
「よし、俺も探すか」
オスカーは鞄の中から革手袋を取り出して両の手にはめた。あいにくバールは持ち合わせていないが、手で持てるほどの大きさの石がほとんどなので支障はないだろう。
珪化木には詳しくないが、リーシャに見せてもらった物を参考に似たものを探す。
拾っては捨て、ひっくり返しては元に戻し、ひたすら河原の石と向き合い続けた。
「あった! ありました!」
そんな声が聞こえたのは空がほんのりとオレンジ色に染まり始めた頃だった。
オスカーが顔をあげるとリーシャが何かを持ったまま大きく手を振っている。
「見つかったのか?」
「はい!」
駆け寄ってきたリーシャの手の中には手のひら大の木片のようなものがあった。水に濡れているのを見ると川底からすくい上げたのが分かる。
「川底の石の間に挟まっていたんです。もう少し暗くなっていたら見落としていたかもしれません」
「川底に……。良く見つけたな」
「ふふふ。これで珪化木がこの川で採れることを実証出来ましたね」
「ということは、やはりあの石の核は珪化木で間違いなさそうだな」
「はい。おそらくずっと昔にこの川で採取され、加工されたものでしょう。でも、見たところ他の珪化木と変わらない普通の珪化木なんですよね。妖精除けが効かない理由が分かりません。もっと特別なものなのかと思っていたのですが」
リーシャが拾った珪化木はいたって普通の珪化木だった。魔力を通してみても特別変わったところはなく、魔法の痕跡も何も見あたらない。
妖精が宿り、妖精除けをはねのける「何か」があるとはとうてい思えない、ごく普通の珪化木だ。
なぜ妖精時計が妖精除けをしている家の中で動くのか。その謎は残ったままだ。
「珪化木が特別なものなのではなく、加工方法に何か秘密があるのではないか?」
「ただ丸く削っただけのように見えましたが……」
「では、珪化木の産出地に何かある、とか」
「産出地、ですか」
(可能性はあるかも)
珪化木自体ではなく、珪化木が作られた過程に理由があるなら……。
「こんばんは」
不意にリーシャの背後から女性の声が聞こえた。
(えっ、いつの間に?)
振り向くと、リーシャのすぐ真後ろにランタンを持った女性が立っている。
(気づかなかった)
オスカーは自身の手が剣の柄に掛かっていることに驚いた。女性が近づいてきたことに全く気づかず、女性の姿を目にした瞬間無意識に警戒行動を取っていたのだ。
「こんな時間にこんな場所で、一体何をなさっているのですか?」
「珪化木の採集をしています」
「珪化木? ああ」
女性はリーシャの手のひらに乗っている珪化木を見ると目を細めた。
「そんな物をほしがるなんて物好きですね。もう夕闇が迫っているというのに、こんな時間まで夢中になって」
「え?」
リーシャが周りを見渡すと、すで空には白星が輝いていた。西の方角に微かに赤い光が見える。周囲は闇に包まれ、女性の持つランタンだけが煌々と光を放っていた。
(あれ、まだそんな時間じゃないはず。だって、さっきまでまだ日が空高く上っていて)
つい先ほどまで、空は明るかったはずだ。リーシャが珪化木を見つけてからそんなに時間が経っていないはずなのに、辺りはどっぷりと暗闇に浸かっている。
「日が落ちてから外を出歩くのは危険です。私の家に泊まって行かれてはいかがですか」
「……あなたの家に?」
「そこの森の中に住んでいるんです。代々守人をしていて、ずっと。そこなら危ないものも寄っては来ませんから」
(……ああ、あの隣人が言っていた守人ってこの人のことだったのか)
リーシャは女性の言葉に少しだけ安堵した。確か依頼人の隣人が森の方に「守人」という変わり者が住んでいると言っていた。その守人というのはこの人のことなのだろうと思ったのだ。
「どうします?」
「……」
オスカーは青い顔をして黙りこくっている。剣の柄に手をかけたまま、小刻みに体を震わせながら女性を凝視していた。
「あら、随分とふるえていらっしゃる。夜は寒いですからね。体を冷やすといけないわ。さぁ、こちらへ」
様子がおかしいオスカーを気遣ったのか、女性はオスカーの肩にぽんと手を乗せると顔をのぞき込んでにこりと笑みを浮かべた。
「大丈夫ですか?」
尋常ではない様子のオスカーにリーシャが声をかけるも、青白い顔でうなずくのがやっとのようだ。
(このまま外で夜を明かすのは難しそうだし、この人の言葉に甘えよう)
オスカーの震える手を引きながら、リーシャは先導するランタンの明かりを目印に深い森の奥へと歩みを進めた。




