飛行船大国
2章開始です。宜しくお願い致します。
とある飛行場。荒地の端にあるその飛行場は多くの入出国者で賑わっていた。
「これが飛行船か……」
巨大な『船』を見上げるオスカーは驚嘆の声をあげる。こんな巨大な物が空を飛ぶとは俄かには信じられない。
「飛行船を見るのは初めてですか?」
「ああ。リーシャは初めてではなさそうだな」
「ええ。別の国で何度か。山を越えるのに便利なんですよ」
搭乗手続きを済ませて飛行船の見えるラウンジで珈琲を啜る。なんと優雅な時間なのだろう。飛行船の背後に見える巨大な山脈。それこそがこの国を「飛行船大国」たらしめる理由だった。
「山に囲まれた国とは難儀だな」
オスカーは『冠の国』の地図を眺めながら唸った。『冠の国』はその名の通り、首都をぐるりと囲んだ大山脈に準えてつけられた国名である。
首都へ入る手段は歩いて山脈を超えるか飛行船を使うかしかなく難攻不落の自然要塞と言われている一方で、その立地の悪さから農産物の生産が出来ず食糧を他国に頼らざるを得ないという致命的な欠点を抱えている。
「かつては豊富な鉱物資源を利用して外貨を稼ぎ、それを食糧調達に利用していたみたいですね」
「山だらけだとそうなるか」
「まだ枯れていない鉱山があるという噂もあるので楽しみです」
長年の採掘の果てに世界中で枯渇が始まっている宝石鉱山だが、『冠の国』にはまだ稼働している鉱山がある。そんな噂が流れているのだ。
かつては宝石の一大産地として名を馳せて宝石や鉱物の輸出を主な産業としていたが、今やそれもままならない。賑わっていた鉱山の国も今や衰退の一途を辿りつつある。
「で、今回の依頼は?」
「確か、飛行船の造船所からの依頼だったかと」
収納鞄から取り出した一通の手紙、それがリーシャとオスカーを『冠の国』へ呼び寄せた依頼書だった。
「依頼内容は飛行船に使用する宝石の修理ですね」
「一体飛行船のどこに宝石を使うんだ?」
「動力部に宝石を組み込んで魔道具として運用しているみたいですよ。瞬間的な推力として利用するのが主な手段だとか」
「浮かべる手段として使う訳では無いんだな」
「さすがにあれだけの大きさの機体を動かす魔法を長時間使い続けるのは困難でしょう。枯渇熱どころか死んじゃいますよ」
人間が継続的に使える魔力量には限度がある。それを上回る魔力を使い続けると身体に変調をきたし「枯渇熱」になるが、更に使い続けると死に至る場合もあるのだ。
飛行船という大きな物体を動かすには相応の大きな魔道具と大量の魔力が必要になる。よって飛んでいる間常に魔法を使い続けるのは不可能なので、旧来の飛行船に瞬間的な推力として魔道具を組み込んでいる仕組みらしい。
「とはいえガスも無限に採掘できる訳ではないでしょうし、将来的には飛行船そのものを浮かべる魔道具も開発されるかもしれませんね」
「なるほど」
資源不足は深刻だ。ガスが産出されなくなるのももしかしたらそう遠い未来では無いかもしれない。その時この国は一体どうなってしまうのだろうか。飛行場に駐機する大量の飛行船を眺めながらリーシャは暗澹たる気持ちになった。
「搭乗が始まったみたいだ」
アナウンスが流れて首都行きの飛行船へ客が流れていく。
「私達も行きましょうか」
「ああ」
たった数時間の空の旅に胸を躍らせながら二人は飛行船へ乗り込んだ。
* * *
飛行船は荒地を飛び立ち山を越える。雪が残る山岳地帯を眼下に望みながら束の間のランチタイムを楽しむリーシャの横でオスカーは落ち着かない様子だった。
「もうベルトを取っていいんですよ。オスカー」
「い、いや、なんだか落ち着かなくてな」
「もしかして、高い所が苦手なんですか?」
「……」
図星のようだ。
「高い所……というか、地面に足がついていないというのがなんだかな……」
ずっと地に足を着けた生活をしていたオスカーにとって「空に浮かんでいる」という状態は空恐ろしいことだった。激しく揺れはしないが風の影響を受けて微かに揺れる振動や、たまに訪れるふわふわとした浮遊感が気持ち悪い。自分の足元に何もないのだと思うと落ち着かないのだ。
「空の上でご飯を食べるなんて体験、そうそう無いですよ」
「う、うむ」
『冠の国』で運行する飛行船の「売り」は機内食である。自国で食糧を賄えない都合上飛行船を利用して周辺国から様々な食材を輸入しており、異国の食文化が混ざり合った独自の料理が発展しているのだ。
言うなれば「多国籍料理」であり、それを薄くスライスした木の板で作った弁当箱に詰めた機内食が飛行船の機内サービスの一つとして人気を博していた。
「北海サバの塩漬けご飯に鉱石キノコとジャガイモのバター炒め、地熱牛のミニステーキにデザートの鉱石チョコレート……」
リーシャは弁当についている品書きの紙を読み上げる。
「山に囲まれた内陸部……それも空の上で魚を食べることになるとは。これも以前食べた『地熱養殖』の魚なのだろうか」
「いえ。恐らくこれは天然物のサバでしょう」
「そうなのか? でも、こんな内地でどうやって魚を調達するんだ。港のある国までは随分離れているはずだが」
「ポイントはこの『塩漬け』でしょうね」
そう言うとリーシャは品書きに書かれた「塩漬け」という文字を指す。塩漬け。一見シンプルな調理法に見えるそれが一体どういう意味を持つのだろうか。
「『冠の国』は食糧のほとんどを外部からの輸入に頼っています。今は空輸ですぐに食材を運べますが、飛行船が生まれる前は一体どうしていたのでしょう」
「それは……陸路だろうな」
「そうです。これだけの山脈を超えて食材を運ぶにはかなりの日数がかかります。当然その間に食材はどんどん傷んでいく。足が速い海鮮物は特に傷むのも早かったはずです。そこで生まれたのが『塩漬け』……だったのではないでしょうか」
「なるほど。山国ならではの食文化という訳か」
「この魚の塩漬けをアレンジした料理が色々とあるみたいなので楽しみですね」
リーシャは収納鞄の中からガイドブックを取り出し「グルメ」のページを開いて見せる。既に行きたい店がいくつかあるようで付箋や書き込みがされていた。