妖精時計と魔道具
「ところで、時計の修理をしにきたと行っていたな。俺の時計も見てもらえないか?」
「……時計、動かなくなったんですか?」
「ああ。つい最近壊れたんだが、時計屋に見せても『異常は無い』の一点張りで困ってるんだ」
「それ、もしかして妖精時計ですか?」
「そうだよ。この村の奴らが使ってるのはだいたい妖精時計だよ」
「拝見します」
「ありがとう。ちょっと待っていてくれ」
隣人が席を外すとオスカーがリーシャに「同じだな」と小さな声で囁いた。
「ええ。実際に見てみないと分かりませんが、あの女性の時計と同じかもしれません」
「では、あの核を試せるんじゃないか?」
「そうですね」
もしも隣人の時計が依頼人の時計と同じ症状なら、リーシャが持っている「妖精が宿っているかもしれない核」で修理出来るかもしれない。
妖精時計がどのようにして動いているのか解明する良い機会だ。
「待たせたな。これなんだが」
戻ってきた隣人の手に握られていたのはやはり女性の物とよく似た懐中時計だった。数日前まで普通に動いていたのにも関わらず、いくら魔力をこめてもうんとも寸とも言わなくなってしまったらしい。
「中身を拝見してもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろん」
時計の裏蓋を外すと、やはり珪化木をボタン大に加工した核が出てきた。依頼人の時計と同じく魔力焼けの痕跡はおろか魔法を焼き付けた痕も見あたらない。
ただの珪化木を丸く加工しただけの石片だ。
「時計職人さんは時計には異常はないとおっしゃっていたんですよね?」
「そうだ。動かないんだから異常が無いわけがないってのに」
「私が持っている核とこの時計の核を交換してみても良いですか? もしかしたら動くかも」
「交換?」
隣人は不可解そうな目でリーシャが差し出した核を見つめる。
「この時計のと何が違うんだ?」
「それを確かめたいんです」
「……まぁいい。やってくれ」
「ありがとうございます」
リーシャは時計から珪化木の核を取り出すと、自身が手に持っていた「妖精が宿っているかも知れない核」をはめ込んだ。
「!」
新しい核を填めた瞬間微かに熱を感じた。時計が一瞬だけ温かくなったような気がしたのだ。
(もしかして、もしかするかも)
試しに普通の魔道具と同じように魔力をこめてみる。放出した魔力は時計に吸い込まれ、チカチカと淡い光が時計を包みこんだ。
カチッ、ジーッ
時計の内部から音がして時計の針がくるくると回り出す。そして現在の時刻を指し示すとぴたりと動きを止め、カチ、カチと時を刻み始めた。
「直った!」
リーシャとオスカー、そして隣人は互いに顔を見合わせた。本当に直るのか半信半疑だったからである。
「あんた凄いな! 時計屋でも直せない物を直しちまうとは」
「いや、正直私も驚いています。本当に直るとは思わなくて」
「一体なんで時計は動かなくなっちまってたんだ? その核とやらが壊れていたってことか?」
「いえ、核自体には問題はありません。むしろ綺麗な状態でした。私もまだ確信があるわけではないのですが……おそらく妖精が抜けていたのではないかと」
「なんだと? あんた、頭がいかれちまったのか? あの女と同じ事を言うなんて!」
「自分でも信じられないことを言っている自覚はありますよ。でも、実際にこうして時計が動いた以上そう考え得ざるを得ないというか」
隣人は苦い顔をして机の上に置かれた妖精時計に目をやった。それまで何をしても動かなかったのが嘘のように時計は動き続けている。
「あの女性の『妖精が抜けた』という言葉、そして妖精除けの火と金属、あの宿が『妖精を寄せる』ことを売りにしていること。
それらを総合して考えると、その核は妖精が動かしていると考えるのが妥当ではないかと」
「訳が分からん。他の魔道具と何が違うんだ。使い方は全く同じじゃないか」
「使い方は同じでも使われている核が違うんです」
リーシャは時計の裏蓋をはずし、隣人に珪化木の「核」を見せた。
「魔道具の核には通常、その魔道具に付与する魔法が焼き付けてあったり刻んであるんです。流された魔力はその焼き付けられた魔法や言葉を介して魔法として発現します。
あらかじめ魔法や言葉を刻むことによって、魔法を使うための手間を省き、魔法に関する知識がない人間でも使えるようにする補助具。それが魔道具です。
ですが、この核にはそれがない。核というよりも丸く削っただけのただの石なんです。
もしもこれが魔道具なのだとしたら、なぜこれが魔道具として動くのか分からない。でも、もしもこれが魔道具、魔法道具ではなかったとしたら――」
「……魔道具じゃない?」
魔法の理を超えた、常識では計れない代物。そう、それをリーシャは知っていた。
妖精時計が「魔道具」であると思いこんでいた故になぜ「ただの石」で時計が動いているのか分からなかったが、リーシャの仮説が正しければ理屈は通る。
目に見えない未知の存在である妖精、それがもしも本当に居るのだとしたら――
「もしも妖精が存在するのだとして、その力を借りて時計を動かしているのだとしたら、それは魔道具――『魔法道具』ではなく、魔術道具なのではないでしょうか」
「魔道具は魔道具でも、魔術道具か!」
(なるほど、それならば時計が動くのも頷ける)
オスカーは目から鱗が落ちたような気がした。リーシャと同じく、妖精時計は「魔法道具」であると思いこんでいたからである。
しかし、「魔術道具である」と見方を変えてみると時計が動いても何ら不思議ではない。魔術道具とは人智を超えた力ーー神の力に干渉してこの世の理をねじ曲げる道具だからだ。
「マジュツ道具? なんじゃそりゃ」
「収納鞄のような、常識に捕らわれない道具のことですよ。ほら、なぜ収納鞄があんなに多くの物を収納できるのか誰も分からないでしょう?」
「収納鞄?」
「こういう、何でも入る鞄のことです。商人が持っているのを見たことがありませんか?」
リーシャが背中に背負った大きな収納鞄から天幕を取り出してみせると隣人は「うわっ」と驚いてしりもちをついた。
どうやら見たことがなかったようだ。
「すまねぇ、こんな田舎じゃそんな大層な物を持っているやつは見たことがないな。大きな町じゃ普通なのか?」
「数こそ流通していますが、値が張るので普通の人は持っていないと思います。ただ、沢山の物を手軽に運べる利便性からある程度稼いでいる商人はだいたい持っているでしょうね」
「なるほどなぁ。それで、妖精時計もそのけったいな鞄と同じような物だって言いたいのか」
「ええ。魔術とは、人智を超えた力に干渉してこの世の理をねじ曲げる術。人ならざる物の力を借りて動かしているのが魔術道具なのだとしたら、妖精時計もそれに類する物なのではないかと」
「確かに、そう考えるとしっくりくるな」
「魔術が魔術大陸でしか使えない物ではない、というのはすでに実証されていますし、それに近しい物が土着の魔法として生まれていてもおかしくはないんですよね」
「……」
魔術は魔術大陸で生まれ、発展した。しかし、最初から魔術が魔術であった訳ではない。賢者の学び舎で聞いた話によると、魔術とは魔法の先にある物であり、魔法は原始的なものである。
とすると、魔法大陸において魔法を独自に発展させた、もしくは偶発的に発生した「魔術に近しいもの」が生まれてもおかしくはない。
「つまり、俺たちは妖精の力を借りているってことか?」
しばらく黙り込んでいた隣人は渋い顔でそう言った。
「そうでしょうね、おそらく」
「信じられねぇ。俺たちは昔から妖精を遠ざけてきたんだ。妖精は悪さをする。人を拐かしたり、家をめちゃくちゃにしたりするんだ。だから薪をくべて火を炊き、鐘を鳴らして追い払ってきたんだ。
それなのに、妖精の力を借りているだと? ありえねぇ。だいたい、時計は家の中でも使っているんだ。妖精が動かしているって言うんだら、妖精避けをしているのにどうして時計が動くんだよ」
(確かに、それが不思議なんだよね)
隣人の言うことには一理ある。家では常に火を炊き、軒下には鐘が吊してある。「妖精避け」をしてある家の中で妖精が宿った時計が動く。そんなことがあるのだろうか。
(実は妖精避けには意味がないか、もしくは宿っている核、珪化木が特別な物なのか)
妖精避けが実は意味のない物、形式的なものであるなんてあり得るだろうか。妖精が火を嫌い、金属を嫌う。夜に外を出歩かない。
そういう言い伝えや風習は何か「訳」があって生まれるものである。
実際に起きた出来事の教訓、警鐘をならすために物語や言い伝えとして残されることが多い。
そう考えると、「妖精避け」に意味がないとは考えづらい。
「そこが私も引っかかっていて。この核は珪化木で作られているのですが、何かご存じありませんか? 時計職人の方曰く、ずっと昔に作られた物を使っているとか」
「なんだい、珪化木って」
「こういう、木の化石です」
リーシャは収納鞄から取り出した珪化木を隣人に手渡した。隣人は珪化木を手にしばらく眺めていたが、何かを思いついたように「あっ」と短い声をあげた。
「見覚えがあるんですか?」
「……ああ。これによく似たものをガキの頃に拾ったことがある」
「一体どこで?」
「あんたたち、どこから来たんだ?」
「東の方から、一本道を歩いてきました」
「だったら分かるな。村に来る前に大きな川があっただろう。そこを下って森の方に行ったところにたまに落ちてたんだよ。そういう石が」
「川って、村の随分手前にあるあの川ですか?」
「そうだよ。昔はあそこまで、いや、あのもっと向こう側まで森が続いていたらしい。木の破片みたいな石が落ちているのはその名残かなとは思っていたが、まさか化石だったとは」
フラドールの東、平原をずっと行った場所に一本の大きな川が流れている。フラドールを東西に突っ切る道が走っており、その川にかかる橋を渡らねば西からは村に入れないのでリーシャの記憶に良く残っていた。
確か、河原が広い大きな川だった。
「では、この珪化木はそこで採られたものなのでしょうか」
「さあな。なにせ俺がまだガキだった頃の話だ。今どうなっているかは分からんよ。気になるなら行ってみるといい。ただし、森には近づかんことだ」
隣人は煙草を灰皿に押しつけふーっと煙を吐く。
「あそこには変わり者が住んでるからな。関わらん方がいい」
「変わり者ですか」
「守人だよ。俺たちの先祖が開拓をしていた時代に代々森の守人をやっていたやつの子孫が森の縁に住んでいるんだ。村に来ようともしない、変わり者だ」
リーシャとオスカーは互いの目を見合った。どうやらこの村の周辺には「変わり者」が多いらしい。
「さて、行くなら早い方がいい。河原まで遠いからな。日が暮れる前に帰ってこないといかん」
「そうですね。色々とお話を聞かせていただきありがとうございました」
「良いんだ。時計も直してもらったしな、その礼だ」
話も一段落したところでリーシャとオスカーは席を立つ。壁に掛けてある大きな時計を見るとまだ正午前だ。時間はたっぷりある。
(あっ)
そう思ったのもつかの間、時計を眺めていたリーシャはあることに気づいた。
(あの壁掛け時計、止まってる)
ぴたりと止まった時計の針は机の上にある妖精時計とさほど変わらない時間を指している。それは時計の針がたった今、リーシャたちが席を立ったその瞬間に動きを止めたことを示していた。




