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石の正体

 朝食を終えた二人は老夫婦に別れの挨拶をすると部屋に戻った。あまりにも不思議な話だ。どうやらこの宿は妖精を避けるどころか妖精を呼び寄せる宿らしい。


「そういえばこの部屋、暖炉がありませんね」

「大雪が降るような土地ではなさそうだし、暖炉が無くても不思議ではないだろう」

「いえ、そうではなくて。ほら、時計職人の方が言っていたでしょう? このあたりの家は妖精を追い払うために家に暖炉を作って薪をくべるって」

「そういえばそうだったな」

「見たところ宿にもレストランにも暖炉はありませんでした。それどころか、火も極力使わないようにしているように感じます。この部屋の照明だって魔道具でしょう?」


 リーシャはそう言ってベッドの枕元にある間接照明に触れた。室内には天井灯が無く、灯りは間接照明のみとなっている。そのランタンやランプは全て魔力で動かす魔道具で構成されていた。

 それが不自然だとリーシャは言う。


「あと、この宿には金属が極端に少ないと思いませんか?

 建物自体にも調度品にも、金属があまり見あたりません」

「そう言われて見るとそうだな」


 リーシャに言われるまで意識していなかったが、改めて部屋を見回すと金具などの金属の使用を極力控えているように感じる。

 ドアノブや間接照明も木材で作っている徹底ぶりだ。


「なぜここまで金属を排除する必要があるんだ?」

「妖精は火と金属を嫌う」

「ああ!」

「だからこの宿には暖炉も金属も無いのでしょう。なにせ、妖精に出会える宿ですから」

「妖精を避けるのではなく、呼び込まなければならない。だから妖精が嫌う物を排除する必要があるのか」

「おそらくそうでしょうね」


 「妖精避け」を徹底して排除した室内を改めて見回すと、あちらこちらに木材が使われているのが分かる。寝台も、棚も、ランプの蔓も、窓枠さえも木で作られている。

 それを意識するようになると少し異常にさえ感じられた。


(どの木材も良い物なんだろうな。色つやも良いし木目が美しい。……あれ? この木目、どこかで見たような 


「……ああ、そうか!」


 部屋を見回していたリーシャがおもむろに声をあげた。驚いたオスカーが振り向くと、リーシャはなにやらすっきりとしたような表情で目を輝かせている。


「どうした?」

「思い出したんです。あの石の正体を」

「本当か?」

「ええ! あれはおそらく、珪化木です」

「ケイカボク? なんだそれは」

「簡単に言うと、木の化石です」


 リーシャは収納鞄を下ろすと中をごそごそと漁り、握り拳大の茶色い塊を取り出した。一見ただの木片のように見えるそれをオスカーは不思議そうに見つめる。


「木ではないのか?」

「木です。ただし、化石となった木なんです。持ってみれば分かりますよ」


 リーシャがオスカーの手のひらの上に珪化木を落とした瞬間、オスカーは自らの手の中にずしりとした重さを感じた。


(重い。確かに木ではあり得ない重さだ)


 木目のある木肌が見え、年輪すらも刻まれているというのにそれは確かに「石」だった。長い年月を経て研磨されたのか、さわり心地の良いなめらかな肌と木であった頃の面影を残した自然のままの形が美しい。

 もしもこうして手のひらで重みを感じていなかったら「木である」と言われても信じてしまうだろう。


「大昔に河原で自己採取したものなのですが、すっかり存在を忘れていました。ほら、この石にも同じような筋があるでしょう? これは木目だったんですよ」


 リーシャは時計職人から譲り受けた石を珪化木の隣に並べて見せた。


「確かに似ているな」


 謎の石の肌にも珪化木と同じような筋が見て取れる。石の色も茶色身を帯びていて珪化木である可能性は高い。


「この縞模様、ずっと見たことがあると思っていたのですがようやく思い出せました。すっきりです」

「よく思い出したな。木の化石か……。分からないはずだ」

「この部屋の木目を見ていたら思い出したんです。普段修復依頼の来ない石だったので盲点でした」


 珪化木の修復依頼は今まで一度も受けたことがない。宝飾品として加工されることも、魔道具の「核」として使われることも滅多にないからだ。

 ただ、全く人気も需要もない石というわけではない。自然そのままの姿で一つ一つ個性のある珪化木は一部の愛好家に人気で、今でも自己採取が行われている。

 透明度が無く魔法を増幅しにくい珪化木は核としての需要がないため乱獲されず、まだある程度の資源が残っているのだ。

 故に、愛好家の集いや交換会では比較的入手しやすい石でもあった。


「ですが、珪化木って魔法を寄せにくい石だって言われているんですよね。それを時計の核として使っているのは一体なぜなんでしょう」

「確か核に向いているのは傷や内包物が無く透明度が高い天然の宝石だったか」

「はい。焼き付けた魔法を内部で反射して増幅する必要があるので、どうしても質の良い透明石が好まれるんですよね。

 もちろん、不透明な物も使えない訳ではないんです。でも、魔法の出力効率を考えると分が悪くて」

「そもそも、あの時計の核には魔法が焼き付けられていなかったんだろう? であるとすれば、元々魔法を焼き付ける核として考えられてはいなかったのではないか?」

「やはり、妖精でしょうか」


 「妖精が抜けた」という依頼人の言葉の信憑性が増してくる。


「珪化木は元々木だったんだろう? この宿の設えを見るに、妖精は木を好むのではないか?」

「……木を」


 リーシャはオスカーの言葉を心の中で反芻した。


(妖精は木を好む。そして火と金属を嫌う)


 むしろなぜ、妖精は火と金属を嫌うのか。火は分かる。木を燃やすからだ。では、金属は?

 リーシャの脳裏に暖炉が思い浮かんだ。この村では妖精を追い払うためにどこの家にも暖炉を設置している。暖炉には薪をくべてなければ火は炊けない。

 その薪はどこからやってくるのだろう。山や森だ。山や森で木を切り出し、それを斧で割って薪を作る。


「ああ、そうか。妖精が金属を嫌うのは木を傷つける斧が金属で出来ているからなんだ」


 そう考えると、妖精が木を好むという説にも説得力が出てくる。


「火は木を燃やし、金属は木を痛める。だから妖精は火と金属を嫌うのではないでしょうか」

「それならば妖精が木を好むことと矛盾しないな」

「好むというより、妖精は木を住処にしているのかもしれません。木の精霊のようなものなのかも」

「木を住処に……。それで珪化木に寄るのか」


 珪化木は長い年月を経て木が化石となった姿である。姿形が変わっているとはいえ元々木であったというのなら、妖精を引きつけてもおかしくはないのではないだろうか。


「そういえば、私の故郷には木霊という怪異がありまして」

「コダマ?」

「木の霊と書いてコダマと読むんです。怪異というか、それこそ精霊とか妖精とか、神に近い存在といった方が良いかも知れません。

 木に宿った神、精霊。そんな存在がいると信じられているんです」

「木に宿る精霊、まさに妖精そのものだな」

「考え方は似ていますよね。だから妖精が木を好むというのはしっくりくるというか」

「ふむ。だとすると、なぜ木に住まう妖精がこの村に居着いているのだろう」


 オスカーは窓の外から周囲を見回した。

 フラドールは大きな平原の中にある。村の中に庭木はあるが、近隣に森や林のようなものはない。

 建物は木製の物が多いが、どれも暖炉や鐘で「妖精避け」を施している。妖精が居着く理由がない。


「それに、もしも珪化木に妖精が住み着きそれを動力に妖精時計が動いているのだとしたら、妖精除けをしている村人たちの行動と矛盾しませんか?」

「妖精を忌み嫌っているのにも関わらず、妖精の力を借りているということになるな」

「妖精除けをする村で妖精寄せをする宿といい、何かゆがんでいるというか、歪というか」


 フラドールは目に見えない不可思議な存在である「妖精」を中心に複雑な事情をはらんでいる。リーシャにはそう思えてならなかった。


(はじめは妖精の存在なんて信じていなかった。魔法を使うための理由付け、信仰の一つだと思っていたけど……。それが実在しないとただの珪化木が「核」として動く理由がみつからない)


 姿形が見えない、空気のような存在にも関わらず、二人ともいつのまにか「妖精はいるのだ」と考えるようになっている。それがなんとも不気味だった。


「なにはともあれ、一度依頼人の家に行ってみませんか?」

「あの女性の家に? 行ってどうするんだ」

「この核で時計が動くか試してみたいんです」


 リーシャは昨夜妖精が真上で姿を消した珪化木を指先で摘んでみせる。


「私は妖精とおぼしき光がこの珪化木の上で消えるのを木の目で見ました。もしもあれが依頼人の『妖精が抜けた』の答えなのだとしたら」

「その珪化木には妖精が宿っていると?」

「この宿は妖精を寄せる宿なのでしょう? あり得ないとは言い切れません。どうせ打つ手が無いのですから、物は試しです」


 魔法を焼き付けていない珪化木で時計を動かすなど、どの宝石修復師にも無理なことだ。つまり、この依頼は最初から達成することの出来ない依頼だった。

 だが、あまりに非現実的な話とはいえ解決法とおぼしきものが見つかったのなら、それを試す価値はある。


(試してみたい)


 ……というのは建前で、ただの好奇心だ。

 魔道具とは魔法や言葉を焼き付けたり刻んだりした核に魔力を流し込み魔法を発現させる物である。それが世の中の常識だった。

 その常識で考えると、丸く削っただけの石を填めるだけで魔道具が作れるなんてあり得ない。

 だが、それを実現させることが出来るならば、魔法そのものの可能性を広げることが出来るのではないか。

 従来の言葉と魔力の関係性を越えた、妖精という未知の存在を介した新しい魔法の在り方を模索することが出来るのではないか。

 そんな気がしているのだ。

 得体の知れない妖精に恐怖を感じない訳ではない。だがその恐怖を上回るほど、リーシャは可能性の先を見てみたいと思ったのだ。


「物は試しか。実際、これ以上俺たちに出来ることはなさそうだからな。だが、あの女性が大人しく話を聞いてくれるだろうか」

「昨日の今日ですからね。一晩経って落ち着いていたら良いのですが」


 昨日、女性が表に掛けられていた鐘を投げ出した時はどうなることかと思った。近隣住民の反応を見るに、いつものことなのだろうが……。


「とりあえず行ってみましょう」

「分かった。いざというときは俺がなんとかしよう」

「ありがとうございます」


 オスカーの言葉にリーシャは礼を言った。

 こう言うときほど「護衛」の存在がありがたい。

 たとえば今回のように依頼者が暴れて身体に危険が及びそうな時や依頼人が修復師に危害を及ぼそうとしたとき、近距離での対応は魔法よりも剣や拳の方が早いからだ。

 いくら魔法に長けていても目の前にいる人物から襲われたらどうにもならない。優秀な魔法師であっても護衛がついていれば安心だ。


 二人は宿を引き払うと依頼人の自宅へ向かった。

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