時計工房
「時計工房の場所が知りたい?」
リーシャに道を尋ねられた村人は怪訝そうな顔をした。
「そんなの知ってどうするんだい?」
「時計について聞きたいことがありまして」
「へぇ……。物好きだね。鐘じゃなくて時計に興味を持つなんて」
村人はリーシャのことをじろりと眺めると「そこの二つ先の家を右に曲がったところだよ」と教えてくれた。
「何か訳ありなのでしょうか」
村人が家に入ったのを確認するとリーシャは首を傾げた。どうも村人の反応が良くない。時計についてあまり積極的に話したくないような雰囲気だ。
「一通り見て思ったのだが、時計は土産物屋にも置いていないようだな」
「確かに。鐘はいっぱい置いてあるのに時計は一つも見ませんでしたね。持ち運びしやすいですし時計もお土産に向いていると思うのですが」
村の土産物屋には様々な大きさの鐘が並んでいた。中でも土産物に人気だという革紐付きの小さな鐘は軒先に特設売場が設けられているほどだ。
一方で妖精時計はどの土産物屋にも置かれておらず、観光客も時計の存在は知らない様子だった。
土産物に向いていない訳ではないだろうに、何か理由があるのだろうか。
村人に教えられた通りに進むと細い路地の先に小さな茅葺き屋根の家があった。入り口には鐘と「フラドール時計工房」という木製の看板が掲げられている。
(鐘は鳴らしちゃダメなんだよね)
リーシャは先ほど依頼主に叱られたのを思い出し、静かに扉をノックした。
「……何か?」
しばらくすると扉が開き髭面で体格の良い男性が顔を出した。
「妖精時計を作っておられる工房というのはこちらでお間違いないでしょうか」
「そうだけど、あんたは?」
「宝石修復師のリーシャと申します。彼は護衛のオスカーです。妖精時計について伺いたいことがあり参りました」
「宝石修復師? そんなお高い職業の方がなぜうちなんかに?」
「依頼を受けた時計の修理に難航していまして、妖精時計について教えていただきたいのです」
「……」
(明らかに嫌がられている)
しかめっ面でリーシャを睨む男性の様子を見たオスカーは心の中でそう思った。扉は半分ほどしか開かれておらず、男性は少しだけ開いた隙間からこちらをじっと観察している。
何も言わずにそのまま扉を閉められてしまうのではないかという気すらした。
「……それ、もしかしてアレの依頼か?」
「アレ?」
「アレだよ、気狂いの」
「……なんとも返答しにくいですね」
「はぁ。そうか。迷惑をかけてすまんな。……入れ」
男の言葉にリーシャはぴんときた。
(あの女性が時計を見せにきた時計工房はここだ)
だからこの男性は「時計」「修理依頼」「宝石修復師」という単語を聞いてすぐにリーシャの依頼主があの女性だと分かったのだ。
(ということは、「石を見てもらえ」と勧めたのは……)
扉の向こうには小さな下り階段があった。
妙に小さな家だと思っていたが工房自体が地下にあるというのなら納得だ。
階段を下ると石壁に囲まれた小さな部屋があった。上物と比べると大きいが、それでも一人で作業をするのがやっとのこじんまりとした部屋だ。
光源は作業用の机の上にある魔道具だけで、ほんのりと薄暗い。窓が無い狭い空間で圧迫感がある。
「狭くて悪いな。地下で作らないと妖精が悪さをするんだ」
「妖精ですか。フラドールには妖精の伝承があるんですよね?」
「伝承と呼べるような崇高なものじゃない。呪いだよ」
「呪い?」
物騒な言葉にオスカーは息をのむ。
「妖精は悪さをするんだ。怪我をしたり病気になったり、行方知れずが出るのも不幸が起きるのも全部妖精の仕業だと皆信じている。
だから軒先に『妖精除けの鐘』を吊すのさ」
「あの鐘、そんな物騒な名前なんですか?」
「ああ。そんな物を土産屋に並べおって……馬鹿馬鹿しい」
男性はドカッと椅子に腰をかけると胸元から煙草を取り出して火をつけた。
「密室で煙草はよくありませんよ」
リーシャがたしなめると男性はふーっと煙を吐き出して笑う。
「安心しろ。排気するように出来ている。それに煙草は妖精除けになるからな」
「どうしてそんなに妖精を恐れるんですか?」
「目に見えない物、とりわけ妙な力を持つ妙なものというのは恐ろしいものさ。それを祀ったり崇めたり恐れたりして、俺たちは生きてきたのさ」
「妖精は神のようなものだというのか?」
「うむ……神とは違うな。何か得体の知れないもの。すぐ側にいる何か、だ」
灯りに照らされてゆらゆらと揺れる影がそこはかとなく不気味に見える。背中に嫌な汗がじんわりと浮かんだ。
「妖精時計について伺ってもよろしいですか?」
「ああ」
「妖精時計というのはこの村で作られている特産品、という認識でよろしいのでしょうか?」
「特産品というのは違う。これはこの村でしか役に立たないガラクタさ。どこかへ持って帰るなんて出来やしない」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。この村の中では正常に動くが、遠く離れた途端何をしても動かなくなっちまう。昔土産物として売っていた時期もあるが、苦情が絶えないからやめたんだ」
「一体なぜ?」
「分からん。ほかの町の時計技師に言わせると、逆になぜ動いているのか分からないらしい」
「もしかして、時計の裏面にある『核』が普通ではないからではないですか?」
「よく分かったな」
(やっぱりそうなんだ)
どうやら他の技師の目から見てもリーシャと同じように写るらしい。本来ならば動くはずのない物が動いている。それは確かなようだ。
「俺には何がおかしいのかよく分からん。親父から聞いたやり方で作っているし、それで動かなかったことは一度もないんだから」
「時計の構造は外の時計と同じなんですか?」
「ああ。昔旅人から譲り受けた時計を分解してみたが、特に大きく違う点はなかったな。部品自体は外の物を使っているし、そんなに差はないはずだ」
「だとしたら、やはりあの石が」
「核のことか?」
「はい。あれはここで加工していらっしゃるんですか?」
「加工している、いや、加工していた、か。俺も親父も生まれていないくらい昔に作られた物を少しずつ使ってるんだ」
男性は作業机に備え付けてある引き出しから大きな皮袋を取り出した。袋の口を縛っている革紐を解いて口を開けると中に「核」と同じ形の石が大量に入っているのが見える。
「では、これが元々どのような石であったかは分からないと」
「ああ。すまんな」
男性は袋の中から石をいくつか取り出すとリーシャに差し出した。
「あいつに石を調べろと提案したのはおれだ。迷惑料としていくつか持って行って良いぞ」
差し出された石を前にリーシャは迷った。
(この石、本当に受け取っても良いものなのだろうか)
何か良くない、得体の知れないものような気がする。「妖精が抜けている」という女性の言葉が頭の中に蘇る。
「抜けている」ということは、この石には妖精が「入っている」のではないだろうか。そんな物を受け取っても大丈夫なのか?
リーシャが険しい顔をしたのを見た男性はククッと笑った。
「そんなに怖い顔をするな。心配なら妖精除けのまじないをしてやる」
そういうと机の上にある小さな引き出しから火打ち石を取り出して石の上で打ち鳴らした。カン、カンという音と共に火花が散り、石の上に降り注ぐ。
「それで妖精除けになるんですか?」
「妖精は火と金属を嫌がるからな。煙草、火打ち石、あと妖精除けの鐘。ここら辺の家に暖炉があるのもそれだ。
火をくべて煙突から煙を出すことで妖精を追い払うと信じているのさ」
男性は再び石を手に取るとリーシャの手に握らせた。
(不思議な文化だ)
宗教というよりも、伝承、言い伝えに近い物を感じる。信仰ではなく畏怖の対象であることは明らかだ。
生活の中にこれほどまでに「妖精除け」が染み着いているということは、それだけ害があるということなのだろうか。
「今日はこの村に泊まるのか?」
「ええ、そのつもりです」
「宿はどこだ?」
「まだ決めていなくて」
「だったら通りの先にある一番大きな宿にしな。あそこは人も多いから安心だ」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと」
リーシャとオスカーが部屋を出ようとすると男性が背後から呼びかける。
「夜は外に出ない方がいい。出るなら必ず松明を炊くんだ。いいな」
ふーっと吐き出した煙草の煙がゆらゆらと壁に影を落とす。二人が外に出ると夕日が空を真っ赤に染め上げていた。




