祭のあとで
白鯨祭が終わり、ロダは再び静けさを取り戻した。中央広場や大通りでは露店や芝居小屋の解体工事が行われている。観光客もそれぞれ帰路につき、昨日までの喧騒が嘘のようだ。
リーシャとオスカーも荷物をまとめ、宿を出る準備をしていた。長期間滞在していたので消耗した物品の買い出しをし、周囲の集落の情報を集める。
前日の海開きで航路が開いたので西と東に船が出ているようだ。
「私のおすすめは東方面ですねぇ」
宿へやってきたエダは荷物を纏めている二人の横で持参した地図を広げた。
「東はここよりかは暖かいですし、比較的大きな港なのでそこから先の選択肢が多いかと! 私も何度か行ったことがありますが、良い町ですよぉ」
「それなら、東行きの船に乗って着いた先で仕事を探しましょうか。大きな町ならばギルドもあるでしょうし」
「それがいいな。身動きも取りやすそうだ」
「それで、あの~、オスカーさん、例の話ですが……」
「ん?」
「ほら、お二人のお話を宣伝に使わせていただくという」
エダはそこまで言うと二人の前に一枚の写真を提示した。
「なっ!?」
大きく印刷された写真にはオスカーがひざまづいてリーシャに指輪をはめている姿が写っている。遠くに写る花火と側に置かれた氷灯の灯りがなんとも幻想的だ。
「こんな写真いつのまに撮ったんですか!?」
「小さいのもありますよ!」
「いや、そうじゃなくて」
「オスカーさんの『愛の大作戦』の思い出を残したいなと思いまして、昨日こっそりと撮らせていただきましたッ」
(悔しいけど、すごくよく撮れている……)
まるで絵画のような美しい一枚だ。花火の音や音楽の音でうるさかったので写真を撮られていることに全く気がつかなかった。
「それでですね、よろしければお二人の体験談を『愛の聖地大作戦』の宣伝に使わせていただきたくて……」
「まさかこの写真も使うなんて言わないですよね?」
「エッ」
エダは図星を突かれたようで一瞬硬直した。あわよくば宣材として使うつもりだったようだ。
「写真はダメです。絶対にダメです」
「じゃ、じゃあせめて体験談だけでも!」
「リーシャ、エダには色々と世話になったんだ。少し協力してやることはできないだろうか」
「……」
(おそらく、あの場所を教えたのはエダだ。工房見学といい、エダには色々とお世話になったけど……)
だからといって、自分の体験談が広く公開されるのは恥ずかしい。一生に一度の思い出を独り占めしたいという気持ちもある。
「……分かりました。ただし、条件があります。名前は出さずに匿名で、体験談の原稿はこちらで用意させて下さい。それをそのまま使っていただけるのなら協力しましょう」
「おおっ! ありがとうございます!」
「少し脚色をしても構いませんか?」
「もちろんです! 嘘にならない程度に盛っていただく分には構いませんよっ」
「承知しました。では、後ほど郵送しますね」
「ご協力感謝します!」
ビシッと敬礼を決めたエダにリーシャは苦笑した。
オスカーにしてもらったことをそっくりそのまま書くのは気恥ずかしいし、もったいない。どうせ匿名なのだから体験談をベースに脚色してしまえばあの思い出は自分だけの物になる。
物語を書いたことはないが、短いものならばなんとかなるだろう。
「では、そろそろ出発しましょうか」
「そうだな」
買い出しした分荷物は多くなったが収納鞄があれば問題はない。便利な分値は張るがあるとないのとでは大違いだ。
「女将さん、お世話になりました」
「いえいえ。お二人とも、どうか道中お気をつけて」
「エダさんも色々とありがとうございました。親戚への連絡が済んだらまたご連絡しますね」
「はいっ! お待ちしております!」
宿の前で見送るエダと女将に手を振り、リーシャとオスカーは東行きの船が出る船付き場へ向かった。今日から運行開始ということもあり船着き場はごった返している。
「東行きの船、二名でお願いします」
受付で切符を買い、桟橋に停泊している客船に乗り込む。停泊しているのは荒れた海でも走れるようなそこそこ大きな船だ。冬場はロダ周辺から出る唯一の航路ということもあり、それなりに需要があるのだろう。
「楽しかったですね、白鯨祭」
「ああ。いつかまた来たいと思ってしまうくらいだ」
「ふふ、気に入りました? オスカーがそこまで言うとは珍しいですね」
「まぁ、一生忘れられない場所ではあるな」
「……そうですね」
船上から眺めるロダはしんと静まりかえっている。きっとこれが普段のロダの姿なのだろう。
長い汽笛がなり、船が桟橋から離れる。氷が割れて開かれた海路を進み、船はゆっくりとロダの町から離れていった。
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(次章執筆中)
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