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愛好家の集い

「その寄付というのは、パトロンがついていらっしゃるという意味でしょうか?」


 リーシャが尋ねると施設長は「いえ! そういう意味ではありません!」と慌てて否定した。


「露天の氷灯屋はご覧になりましたか?」

「ええ。せっかくなので一つ購入させていただきました」

「そうですか。ありがとうございます。

 ちょうど例の小説が流行り始めた頃ですか。だんだんと祭りに参加する人の数が増え始めた頃に少し離れた領地の貴族のご令嬢がいらっしゃって、氷灯を買って下さったんです。

 その方とお話させて頂いた際に『もっと装飾がついた物が欲しい』とご要望をいただきまして、「華美な装飾を施せば貴族に売れそうだから作ってみてはどうか」と助言を頂いたのです」

「それでこの工房を?」

「ええ。ですが、もちろん当時、我が村に立派な工房を用意するだけの資金力はなく……。そもそもロダで氷灯を作っていたのはほんの一握りのガラス職人で、普段は別の仕事をしている者も多くとても専業で作れるような状態ではありませんでした。

 それ以上に、華美な装飾を拵えることが出来る彫金職人なんてこんな寒村に居るわけがなく、一時は『夢の話』として立ち消えそうになったほどです。

 そんな現状を件のご令嬢に相談したところ、なんと資金と職人の紹介を申し出て下さったのです」

「無償でですか?」

「はい。建物の建築から職人の紹介まで、ご友人方と一緒に全て手配して下さり……。今の私たちがあるのはあのお方のおかげといって差し支えないでしょう」

「驚いたな。それだけのことをしておいて何の見返りも求めないとは」


 話を聞いていたオスカーは立派な工房を見渡しながら呟いた。これだけ大規模な工房を作るにはかなりの資金が必要だ。

 腕のいい職人だって簡単に見つかるものではないし、寒村に連れてくるのだって大変だっただろう。


「博愛の精神に満ちあふれた貴族というのも居るものなんですね」

「なんでも、白鯨の愛し子の愛好家なんだとか。私のような年寄りにはあれの良さがいまいち良くわからないのですが、ご友人の令嬢方も皆小説のフアンだと仰っていましたよ。いやはや、実に驚きました。そのような理由でご寄付を頂けるなんて思ってもいなかったものですから」


 施設長はそういうとハハハと笑った。


(なるほど、小説の愛好者か。とすると、やはりそのご令嬢方はパトロンだと思うんだけど)


 愛してやまない小説の舞台に貢献をしたい。気に入った作品を作る職人を応援するために資金を提供したい。それはつまり「パトロン」なのではないか。

 だが、施設長は「パトロンではない」と否定している。あくまでも令嬢方の行為は「寄付」であると主張しているのだ。


「そのご令嬢方は経営に携わっている訳ではないのですか?」

「はい。工房が出来てからは良きお客様としてお付き合いさせていただいております。ご友人やお知り合いの方を紹介していただくことも多く、本当に感謝しているんですよ」

「そうなんですね」


 どうやら彼女たちは営業活動までこなしているらしい。よほど「白鯨の愛し子」に熱中しているようだ。


「これだけの資金を提供しておきながら取り分を請求しないとは、貴族の鏡のような方々だな」


 まさに「無償の愛」だとオスカーはひどく感動しているようだった。自らの利益のためではなく他者の為に金と力を使う。なんて高潔で清い精神なのだと感銘を受けたようだ。


(たぶん()()()()()()()()()()()()()()()()ような気がするけど、ロダの人たちのためになっているし良い権力とお金の使い方をしてるな)


 どういう理由であろうと、これだけの援助をしておいて利益も見返りも求めないというのは潔い。普通は経営に口を出したり、売り上げの何割かを徴収したりするものだ。

 それをしないのは彼女たちがただ純粋に「好きなものを応援したい」と思っているからなのだろう。

 そういう心意気と金の使い方は端から見ていても気持ちが良いものだ。


「不躾なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、寂れた村にこんな立派な工場があったら気になりますよね。気にしないで下さい」

「お気遣い感謝します」

「では、工房見学はここらへんにして隣にある販売所へ行きましょうか。完成品をご覧頂けますので」

「ぜひ」


 煉瓦造りの大きな工房の隣にはそれよりも少し小さい建物が建っている。事務所や応接室、販売所が備わった別棟である。

 販売所は展示室のようになっており、完成した氷灯が展示販売されている。普段は応接室に貴族や使者を通し、ここから氷灯を運び入れているようだ。


「露店の氷灯と全然違うな」


 展示されている氷灯を見たオスカーは驚いた様子で呟いた。


「そうでしょう。氷灯というよりもランプと呼んだ方がよいのかもしれませんが、この形式が一番評判がいいんですよ」


 露天で売られている氷灯は提灯のように持ち手に氷灯が下がっているのだが、ここに展示されている氷灯は机に置いて使えるよう固定用の台座がついている。

 釣り鐘のように台座にぶら下げている物や台座に直接固定してある物など形式は様々だが、どれも細かな装飾が施されていて美術品と言っても過言ではない物ばかりだった。


「同じ氷灯でも台座を付けるだけでこんなに変わるんですね」

「そうなんです。もちろん、作るのに時間がかかる分代金は高くなりますがこれはこれで良いものだと思いますよ」

「これは宝石がついているんですか?」

「はい。宝石や魔工宝石がついた物も人気で。もちろん、普通の物と比べて飛ぶように売れるわけではありませんが……」


(これは売れる)


 台座に宝石がついた氷灯を見たリーシャの目が光った。


(レアに紹介したらもっと良いものが出来るし、もっと高値で売れる)


 正直、台座に留まっている宝石の質は良くない。宝石商に質が悪い物をつかまされたのか、不純物や亀裂が多いし色も悪い。大きさだって小さめだ。目利きの貴族ならば買おうとは思わないだろう。


 つまり、これをもっと良い石に変えればまだまだ売れる余地があるのだ。

 魔工宝石はレアの、ルドベルトの家業だ。元がこれならば高い宝石を使う必要はない。見栄えがよくて安い魔工宝石を使って作ったものを金がない貴族に、天然宝石や最上級の魔工宝石を使って作った物を金がある貴族に売ればいい。


(マチルダも儲かるのは気が進まないけど、やっぱり紹介する価値はあるな)


 リーシャはそう判断した。


「いかがでしょうか」


 難しい顔をしているリーシャに施設長はおそるおそる尋ねた。


「素晴らしいですね。是非、紹介させて下さい」

「……! ありがとうございます!」


(何か考えているな)


 にこりと笑ったリーシャの顔を見たオスカーは苦笑いをする。リーシャがこういう顔をするときは口で言ったこととは違うことを考えているものだ。

 そしてそれは大抵相手にとっては良くないことなのである。


「では、我々はこれで。案内していただきありがとうございました。相手方には直接こちらへ連絡するよう伝えておきますね」

「ありがとうございます。ご連絡お待ちしております。どうかよろしくお伝え下さい」


 一通りの見学を終えたあと、オスカーはリーシャにこっそりと耳打ちした。


「で、何を考えているんだ?」

「何がです?」

「握手するとき、何か別のことを考えていただろう」

「別のこと? ああ、いえ。あれならばもっとうまく売ることが出来そうだなと」

「どういうことだ?」

「使われている石の質が悪すぎて」

「なるほど」


 悪戯っぽく笑うリーシャにオスカーは肩を竦める。


(色が悪いなと思っていたが、あながち間違いではなかったか)


 宝石がついた氷灯を見たとき、宝石の色がなんだかくすんでいるように思えたのだ。気のせいかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 少しは宝石を見る目が出来てきたのかもしれない。


「あれをもっと良いものに変えればもっと高値で売れますよ。安くて見栄えが良い魔工宝石にすれば見栄も張れますし、リューデンの貴族にはウケがよいのではないでしょうか」

「リューデンの貴族はああいう重厚な装飾を好みそうだからな」

「ええ。ああいう見栄えがよい物は売れますよ」


 奇しくも二人の頭の中には同じ人物が思い浮かんでいた。マチルダ・ルドベルトである。あの老人が家の中で使っていそうなランプだと思ったのだ。

 典型的なリューデン人であるマチルダが好みそうだということは、すなわちリューデン人にはウケるということである。

 リューデンで流行すればあっという間にグロリアとローデンにも伝播するだろう。


「となったら、早速レアに手紙を書かないと」


 リーシャはトランクの中から便箋を取り出した。手紙を書く機会が多いのでさまざまな便箋を揃えている。


(雪国にいるし、雪が描かれた便箋を使おう)


 数ある便箋の中から雪の結晶が描かれた物を選ぶと、今日話したことを忘れないうちに紙の上に筆を滑らせた。

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