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氷花工房

 ロダの村から少し離れた郊外に煉瓦造りの一際立派な建物がある。建物の周りには石塀が作られ、入り口には立派な鉄の門が設置されていた。

 門の上には「氷花工房」と書かれた立派な看板が掲げられている。言わずとしれた貴族専用の氷灯工房である。

 門の前には門番がおり、そこで客の「選別」が行われる。この門をくぐれるのは貴族や富豪、その使者だけだ。


「村長さんの紹介で参りました」


 リーシャは一通の紹介状を門番に手渡す。エダの口利きで村長に紹介状を書いて貰ったのだ。


「確かに確認させて頂きました。こちらで少々お待ち下さい」


 門番は紹介状の中身を確認すると門の上から垂れ下がる綱を力一杯引いた。


 ゴーンゴーン


 門の上に備え付けられている鐘が大きな音を奏でる。どうやらこの鐘で来客があったことを知らせているらしい。

 しばらくすると建物の方から一人の男性が小走りでやってきた。


「村長のお客様です」


 門番は紹介状をその男性に手渡した。男性は紹介状の中身に目を通すと「なるほど」と呟いてにこりと笑う。


「これはこれは、ようこそお越し下さいました。私はこの工房の施設長をしておりますドミニクと申します」

「はじめまして。村長さんの紹介で参りましたリーシャと申します。こちらはオスカー。私の連れです。本日は工房を見学させて頂きたく参りました。

 こちらの工房は貴族専用の工房なんですよね?」

「はい。貴族の方からの注文のみを受け付ける専用工房でございます。こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中へお入り下さい。ご案内します」

「ありがとうございます」


 施設長はリーシャとオスカーを応接室に案内した。貴族用の施設ともあって立派な設えである。とても寒村の工房とは思えない。


「改めまして、本日はお足元の悪い中良くお越し下さいました。氷灯の購入ではなく施設の見学をご希望と伺いましたが」

「はい。先日村長の娘さんと貴族向けの商売について話す機会がありまして、その際にこちらの工房を紹介して頂いたのです」

「貴族向けの商売と申しますと……」

「西方の貴族に伝手がありまして、エダさんをその方に紹介したいと思っておりまして。それで、今ロダではどのような物を貴族の方に売っているのか拝見しておきたいなと」

「なるほど、そういうことでしたか」


 施設長はなにやら悩んでいるようだった。


(私自身が()()()()()()()()()なのか判断しかねているのかな)


 施設長が悩んでいるのは「貴族との伝手がある」という言葉の受け取り方である。リーシャが商売柄貴族と付き合いがある程度なのか、はたまた貴族の血筋、もしくは貴族そのもなのか。

 それによってリーシャに対する対応を変えなければならない。見せられる場所や物、話せる内容が変わってくるからだ。


「貴族の伝手というのは……私の遠縁に貴族がおりまして、その方にエダさんを紹介する予定です」


 リーシャがそう付け加えると、施設長はハッとして「そうでしたか」とほっとしたような笑みを浮かべた。

 相手がもし貴族やそれに準ずる身分で応対を間違ってしまったら大変なことになるからだ。


「その方に現在ロダでは貴族相手にどのような商売をしているのか説明しなければならないので、こちらの工房でどのような商売をしているのか教えていただきたいのです。

 相手の方は商売人ですから、きっと興味を持っていただけるかと」

「それはつまり、エダさんだけではなく我々の工房もそのお方に紹介していただけるということでしょうか?」

「お望みならば紹介することは可能です。商品を見ての判断にはなりますが」

「おお、それはありがたい! 是非色々とご覧になって下さい。きっと気に入っていただけるかと!」


 リーシャの言葉に施設長は色めき立った。明らかに先ほどとは食いつき方が違う。


「本当に紹介するのか?」


 オスカーが小声でリーシャに問いかけた。


「豪華な装飾がついたガラスの燭台ってリューデンの貴族が好みそうな気がするんですよね。伝統的で豪奢なデザインにすれば売れると思いますよ」

「ふむ」


 ここは工房だ。今ある物をそのまま売るのではなく、リューデンの貴族に合わせた物を作って貰うことも可能だろう。

 婚約指輪と同じく「白鯨の愛し子」の舞台で作られた伝統工芸ともあればレアが興味を示す可能性も高い。紹介して互いに損はしないだろう。


「では、早速工房内を案内いたしましょう」

「よろしくお願いします」


 三人は応接室を出て氷灯を作っているガラス工房へ移動した。赤煉瓦の建物の中にはいくつもの炉が備え付けられており、煌々とした火を灯している。


「氷灯にはいくつか種類がありまして、こちらでは吹きガラスを使った氷灯を作っています。吹いたガラスにコテを当てて氷のような面を作るのです」

「話には聞いていたが、本当に飴のように溶けるのだな」

「ええ。これが固まるとあの透明なガラスになるのですから不思議でしょう? ガラスが冷えて固まらないうちに形を整え面を出さなくてはならないのでうまく作れるようになるには時間がかかるのです」

「氷灯の形や面の数は決まっているんですか?」

「指定があればその通りに作りますが、基本的には形も大きさも職人が思い思いに作っています。全て一点物ですよ」

「一点物ですか。良いですね。この世にたった一つというのは付加価値になりますから」

「仰るとおりです。ここからさらに金属や宝石で装飾を施し、一つ一つ全く違う作品に仕上げます。この奥に加工場があって、専属の彫金師を雇っているんですよ」

「それは凄い」


(思った以上に大規模だな。一体どこにこんなお金が……)


 見上げんばかりの大天井、美しい煉瓦で作られた巨大な工房、立派な石塀に重厚な鉄の門。いくつも置かれた最新式の魔動炉に忙しく動き回る大勢の職人達。

 これを作り、維持するために一体どれほどの金を費やしているのか想像がつかない。

 いくら「白鯨の愛し子」効果で村全体が潤っているとはいえ、これら全てをまかなえるほどの金が簡単に調達出来るとは思えない。


「とても立派な設備ばかりで驚きました。こんなに素晴らしい環境で働けるなんて職人達も幸せですね」

「ありがとうございます。貴族の方専用の工房と銘打っているのでそれに恥じない工房を作りたいと思いまして」

「これだけの設備を揃えるのも大変だったのでは?」

「それはもう。氷灯を気に入って下さった方からの寄付がなければ、今頃もっと小さくて地味な工房になっていたでしょう」


(なるほど)


 貴族からの援助があったのならば納得がいく。だが、そうなるとある懸念が持ち上がる。


(貴族からの寄付があったということは、その貴族が工房の経営に関わっている可能性もある。そうなってくると話がややこしくなるな)


 例えば、金を出した貴族が工房のパトロンとして経営に関わっていた場合、「氷花工房」の氷灯をリューデンの貴族に紹介する際に障害となる可能性がある。

 紹介する前にある程度背後関係を探っておきたい。

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