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白鯨の婚約指輪

「そうだ! おねえちゃん、リーシャさんたちにあれを見せてあげようよ!」


 突然エダが何かを思い出したようで大きな声で叫ぶ。


「あれ?」

「ほら、今回お披露目する指輪!」

「ああ、あの指輪ね。分かった。取ってくるから待ってて。すみません、ちょっと失礼します」


 そういうとアンナはアトリエから出て行った。


「指輪ですか?」

「はい! 実は今回『白鯨の愛し子』にかこつけて新しく指輪を作ったんです。それを歌結びの日にお披露目して、その後に巫女の衣装に使う予定なんですよ!」

「ということは、小説の中に出てきた婚約指輪を再現したものなのでしょうか」

「そうです! 僭越ながらワタクシがデザインさせて頂きまして、ちゃんとした工房に発注した特注品なんですよぉ! フヒヒ」


(小説に出てきた婚約指輪ってどんな物だったっけ。確か、『氷のように澄んだ青い石が留まった指輪』だったような。

 だとすると石はアクアマリンかなぁ。見た目が氷っぽいし。シンプルに水晶でも良いかもしれない。ブルートパーズとかセレスタイトとか、アパタイトとか……蛍石でもかわいいかもな)


 一口に青といっても宝石の「青」は様々だ。

 「白鯨の愛し子」に出てくる指輪は白鯨が少女に贈った物で、魔法で作った氷のように澄んだ青い宝石が留まっているという設定だ。

 跪いた白鯨の化身が指輪を少女の指にはめるシーンは乙女たちの心を射止め、作中屈指の名場面だと評判だ。

 そんな婚約指輪を再現した物とあっては期待せずにはいられない。


「お待たせしました」


 しばらくすると青い小箱を持ったアンナが戻ってきた。手に持っている小箱は金属で作られた雪の装飾が施されていて美しい。一目で特注品であると分かる仕様だ。


「これが白鯨の婚約指輪です」


 アンナはリーシャとオスカーの目の前で小箱の蓋を開いた。


「これはまた、立派な指輪ですね」


 箱の中には透明で大きな宝石が留まった指輪が入っていた。魔石加工を施した石を爪留めで留めている。腕の部分には細やかな透かしが施してあり、サイドには小さなダイヤモンドが一対留められていた。


「この石はホワイトラブラドライトですか?」

「ええ。良く分かりましたね」

「鉱物収集が趣味なもので。それにしても大きな石ですね。ずいぶんと値が張ったのでは?」

「そりゃあもう、びっくりするくらい高かったですよぉ。なんでも舶来品だとかで、もうここら辺では滅多に手に入らない珍しい石なんだそうです」

「それでも、一目見てこの石で白鯨の婚約指輪を作りたいと思ってしまって。ちょうど稼ぎもありましたし、妥協するよりは思い切って買ってしまおうと思ったんです」

「なるほど。手にとって拝見しても?」

「もちろんです。どうぞ」


 許可を得たリーシャは指輪を箱から取り出した。直径一センチはあろうかという大きなホワイトラブラドライトだ。傷も内包物も少なく、まさに氷のように澄んでいる。

 指輪を揺り動かすと石の中でチラチラと虹色の光が動いた。


「虹色に光っているのは何なんだ?」

「シラーという特殊効果です。こうして石を動かすと、ほら。綺麗でしょう?」

「おお! 凄いな。こんな石があるなんて知らなかったぞ」


 ホワイトラブラドライト――別名「レインボームーンストーン」にはシラーという特殊効果がある。石の内部に虹色や青色の反射が見え、石を動かすとその動きに合わせてきらきらと輝くのだ。


「その虹色の光、極光オーロラに似ているでしょう?」

「極光?」

「知りませんか? 夜空に現れる光の帯です。この季節、ロダでも見えるんですよ」

「綺麗ですよぉ。夜空を覆わんばかりの光の帯がゆらゆらと揺れるんです」

「夜空に、光の帯が?」


 オスカーの頭の中は疑問符でいっぱいだった。空に浮かぶ光の帯と言われても、それが一体どんな物なのか想像がつかない。


「お二人は祭りが終わるまでロダに滞在なさるんでしょう? だったら見る機会が巡ってくるかもしれませんよ」

「うむ、是非拝見したいものだ」


 オスカーが極光に想いを馳せている間、リーシャは指輪にはまったホワイトラブラドライトを眺めていた。


(今時こんなに大きくて綺麗な原石が手に入るなんて)


 アンナとエダは幸運だ。ホワイトラブラドライトは色むらや傷がある物も多い。こんなに大きな石で、なおかつ傷も内包物もなくシラーの輝きも均一に入っているものなど早々手には入らない。


(そういえば、祖母も大きなホワイトラブラドライトの原石を持っていたな)


 大きくて透明で、それこそまるで氷のような塊だった。


『これは秘蔵の品でね。若い頃に一目惚れした石なんだよ』


 小さい頃にローナがこっそりと教えてくれた。仕事先で一目惚れした原石を大枚叩いて買い取ったのだと。


(……似ている)


 リーシャはドキッとした。そうだ。似ている。収集物のホワイトラブラドライトもこんな色味のシラーだった。

 シラーは石によって色味も色の入り方も異なる。一つとして同じ輝き方をする石は存在しない。

 色だけではなく傷一つない透明度も似ている。この時代にこんなに質の良い石がごろごろと転がっているとは思えない。


『ロダ』


 という文字が書かれたロメオの置き書きを思い出す。


(まさか、あのメモはこの石のことを指していた?)


 そんなことがあるのだろうか。

 収集物のリストを取り出し、ホワイトラブラドライトの写真が載っているページを確認する。この石はまだ見つかっていない。可能性はある。


「お二人とも、ちょっと良いですか? 見ていただきたい物があるのですが」

「何ですか?」

「この写真の石に見覚えはありませんか?」


 リーシャが示した写真には大きくて四角い原石が写っていた。写真自体は大分色褪せてしまっているが、形を確認するだけならば問題ない。


「……」


 アンナとエダは写真を見た後に顔を見合わせた。何か心当たりがあるようだ。


「似てます。加工する前のこの石に」

「この形、この角のところがちょっと欠けてるところとか似てますねぇ」

「そうですか」

「この写真は?」

「私の祖母の蒐集物の写真です。随分と昔に盗難にあった物ですが」

「えっ!」


 「盗難」という言葉にアンナは顔を青くした。それもそうだ。知らなかったとはいえ自分たちが購入した石が盗品だった可能性が出たからだ。


「この石はどなたから購入したんですか?」

「隣町の宝石商さんです。オークションでたまたま落札出来たと……」

「なるほど。オークションですか」


(それなら蒐集物コレクションである可能性が高い)


 オークションには様々なものが出品される。正規のルートで入手した()()()()からいわくつきの訳あり品まで様々だ。

 たとえ盗品であっても何人もの手を経てしまえば元が盗品であるとは分からないし、盗品であることを堂々と明かして付加価値を付けているような闇オークションも存在している。

 アンナが購入したという宝石商が一体誰から買ったのかは分からないが、出所がオークションだというのなら「当たり」の可能性が極めて高い。


(でも、すでに加工されてしまっているから断言できないなぁ)


 リーシャが知っている「祖母のホワイトラブラドライト」は原石の状態の物だ。目の前にあるそれはすでに宝石として加工されており、原型を留めていない。

 ただ、原石を実際にその目で見ているアンナとエダが「似ている」と言うのだから信憑性は高い。


(それに、あのメモ。ロメオのメモが本当に蒐集物のありかを示しているとしたら……)


 なぜ彼は蒐集物のありかを知っていたのだろう。

 ロダの方角から来たというのが本当ならば、ロダに立ち寄った際にたまたま見かけたとか。それとも、村長の家に盗みに入ったときに見たとか。


(先ほどエダは『今回お披露目する指輪』だと言っていた。つまり、この指輪はまだ表に出ていないものだ。しかも原石そのものではなく既に加工された状態の物を、なぜ彼は蒐集物だと分かったんだろう)


 それが一番の謎だ。

 リーシャですら二人の証言がなければ「蒐集物だ」と確信することは出来なかったのに、なぜあの男は瞬時に理解したのだろう。


「リーシャさん?」


 指輪を持ったまま考え込むリーシャの顔をアンナは心配そうにのぞき込む。


「ああ、すみません。少し考え事を」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。事情を知らなかったとはいえ、リーシャさんのおばあさまの宝物に手を加えてしまったなんて……!」

「気にしないで下さい。こうして綺麗に身繕いをしてもらってこの石も喜んでいると思います。私はただ、祖母の蒐集物が無事であるか、大事に扱われているか知りたいだけなんです。

 村のシンボルとして大切にして下さるなら、石にとってそれ以上に幸せなことはないと思っています」

「では……」

「どうぞそのままお持ち下さい」

「良かったぁ~。返せって言われたらどうしようかと思いましたよぉ」

「こら! エダ!」

「だって、めっちゃお金かけて作った自信作だったから~」


 エダは愛しい物を見るような目で指輪を眺める。初めてデザインした本格的な宝飾品。姉が書いた小説のキーアイテムを一級品の宝石と一流の職人の手によって作ったそれは、エダにとって我が子のような特別な存在だった。

 元々豊かではなかったロダが「白鯨の愛し子」によって豊かになった証でもあり、アンナとエダが作り上げた物語の象徴。

 それを手放すのは何よりもつらいことだ。


「ふふ、もしも石を悪用していたら回収も辞さない考えですが、そうやって大事にして頂ける方から取り上げるようなことはしませんよ」

「悪用って?」

「例えば、蒐集物の石を使って作った魔道具で犯罪を犯したり、悪事をたくらんだり。祖母の蒐集物は質がいいので、性能が高い魔道具の核に向いているんです。

 だからたまに悪用しようとする人が居るんですよね」

「俺の故郷にもそういうやつがいて大変だったんだ」

「そうなんですか!? こんな綺麗な宝石を悪いことに使うなんて罰当たりな人もいるもんですねぇ」

「世の中良い人ばかりではありませんからね」


 もしもそういう人間に出会ったことがないならば、それはとても幸運なことだ。


「この指輪、歌結びの日にお披露目するって言っていましたよね? どうやってお披露目するんですか?」

「まず、歌結びの日の朝から中央広場に展示します。そして夜の歌結びの儀で私が身につけて舞を舞うんです」

「今回のおねえちゃんの衣装は力作なんですよ~! いつもよりも可愛く、華やかに、ちょっとだけ『白鯨の愛し子要素』を取り入れてみました!」

「もう、あんなに派手にする必要ないのに!」

「えー、いいじゃん! 可愛い方が若者にもウケると思うし、神秘的な雰囲気も出ると思うよ」


(フリルとかついてるんだろうなぁ……)


 目を輝かせるエダを見てリーシャはなんとなく察した。きっと巫女らしからぬかわいらしい衣装なのだろう。


「アッ!! そう言えば、没になった巫女の衣装があったんだった! せっかくなので着てみませんか?」

「え?」

「まぁ……。リーシャさんなら似合うかもね」

「ちょっと」


 エダはリーシャの手を取ると強引に奥の部屋へ連れ込もうとする。慌てたリーシャ「オスカー、止めて下さい」という視線をオスカーに向けたが、オスカーはふいと眼を反らした。


(すまない、リーシャ。正直、見てみたいのだ)


 リーシャの巫女衣装を見たくない訳がない。これは仕方のないこと、自分の欲にはあらがえない。

 「信じられない」。そんな表情をしたリーシャは隣の部屋の中へ吸い込まれていき、無情にもガチャンという音を立てて扉が閉められた。

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