貴族へのアプローチ
エダとオスカーがリーシャの着せかえを楽しんでいると、居間の扉が開いて「エダ、居るの?」という声と共に長い髪の少女が入ってきた。
少女はリーシャとオスカーの姿を認めると慌てて帽子をとって礼をする。どうやら客人が居るとは思っていなかったようだ。
「おねえちゃん、何か用?」
「煙突から煙が出てたから寄っただけ。お客様?」
「うん。リーシャさんとオスカーさん。リーシャさんに服のモデルになってもらおうと思ってぇ」
そういうとエダはリーシャの肩を抱いた。
「妹が無理を言ったようですみません」
「いえ。楽しませていただいております」
「良かった。それにしても、よくお似合いですね」
フリルがたくさんついた真っ赤なドレスを着たリーシャを見て少女は感心したように呟いた。
「エダのドレスはどれも人形が着るようなものばかりなので、普通の人が着ると浮いちゃうんです。それをここまで着こなすなんて。
きっと巫女の服も貴女が着たら似合うんだろうなぁ」
「そういえば、お姉さまは歌結びの儀で巫女をなさると」
「アンナで良いわ。そうなんです。うちは代々白鯨を祀ることを生業としているので、今は私が巫女をやっていて。リーシャさんたちは観光で来られたんですよね? 歌結びの儀についてはどこまでご存じですか?」
「確か、祭りの最終日に行われる、伝承を元にした儀式であると」
「概ねその通りです。白鯨祭の最終日、この島が見える海岸に白鯨の目印となる篝火を炊いて、私が島の社で舞を舞って歌を歌う。
実はこの儀式にはもう一つ意味があって、ロダにおける海開きの儀式でもあるんですよ」
「海開き?」
「ほら、ここに来るときに見たでしょう? 氷が割れて航路が開いたアレです!」
エダに言われて思い出す。船の舳先でエダが不思議な歌を歌うと海を覆っていた流氷が割れて島までの水路が出来たのだ。
あのときエダは「歌結びの儀にも必要な魔法だ」と言っていた。
「つまり、流氷を割って船を出せるようにするための儀式ということでしょうか?」
「ええ。さすがに全ての流氷を割るのは無理だから、毎年決まった場所の氷を割るんです。良く魚が穫れる漁場の真上と、西と東の港町へ続く航路上の氷。
こうすることによって冬でも船を出して生計を立てることが出来る。凄いでしょ?」
「そんなことが可能なのか?」
信じられない様子のオスカーにアンナは「ええ」と答えた。
「出来ますよ。私一人では到底無理ですけどね」
「……?」
「ここから先は実際に儀式を見てもらうのが一番かと」
「まぁ~、ネタばらしをしちゃうとつまらないですからねぇ」
答えをはぐらかすアンナとエダにオスカーはやきもきしたが、二人がそう言うならば仕方がない。
ともかく、エダの言葉をとるならば儀式を見れば全てわかるということだ。ニヤニヤしているエダの表情を見るに、何かあっと驚くようなことが起こるに違いない。
そう考えると余計に気になって仕方がない。
「そうそう。今年は浜に大きな装飾を置くことにしたんですよ」
「装飾ですか。白鯨の置物とか?」
「いえ! 愛のオブジェです!」
「愛……? なんですって?」
何かとても不思議な、理解しがたい単語が聞こえた気がしてリーシャは思わず聞き返す。
「ホラ、おばさんのところでお二人にもお話したでしょう? 愛の聖地大作戦ですよッ!」
「ああ、そういえばそんな話を聞いたような……」
「その一環として、歌結びの儀を『愛の儀式』として広めようという話になったんです。具体的には、儀式の夜に焚く篝火の横に心の象徴である心の臓を模した形のオブジェを置いて、氷灯で飾り付けます。
そしてその前で告白や結婚の誓いをすると永遠の愛で結ばれる……とそんな感じで行こうかと考えておりまして」
「なるほど?」
「今年から売り出す予定なので知名度は低いですけど、上手く定着すれば小説の流行が去ってもお客さんが来てくれそうだなぁ~ってお姉ちゃんと話してたんですぅ」
「まぁ、願掛けって根強い人気がありますからね……」
「私たちも両親も、せっかく人が来てくれるようになったので出来るだけこの状態を維持したいと考えているんです。
こんなへんぴな村ですけど、こんなにたくさんの人が来て、さらには貴族の方まで氷灯を求めて下さるようになって嬉しいんです」
「なるほど」
姉妹の話を聞いてリーシャは考えた。
(もっと貴族にアプローチ出来ないだろうか)
一通り白鯨祭を見て回ったところ、観光客のほとんどは平民の旅行客だった。氷灯が貴族の間で評判になり専用の工房が出来たとはいえ、貴族そのものが足を運んでいる様子には見えなかった。
(そもそも、貴族が滞在できるような宿がない。普通の観光客が泊まるための宿ですら不足している状態だ)
貴族は平民の宿に泊まらないので、貴族を呼びたいなら貴族用の宿を用意しなくてはならない。しかし、いくら財政が潤っているとはいえ、貴族が満足するような豪奢な宿を村の金で建てるのは難しいだろう。
「ちなみに、貴族の方を観光客として招致する気はありますか?」
「羽振りが良さそうだし来てくれると嬉しい……とは思ってますけど~、実際どうなんですかね?」
「私見ですが、周辺に大きな町もないですし貴族用の宿がないと難しいと思います」
「貴族用の宿ですか。逆にそれが用意できれば貴族の方々も来て下さると?」
「可能性はあると思います。氷灯も売れているみたいですし、なにより、『愛の聖地』というロマンチックな物はウケが良さそうです」
そう、貴族のご令嬢はそういうものに弱いのだ。それは乙女小説が令嬢の間で大流行しているのを見れば良くわかる。
自由恋愛が出来ない令嬢方にとって恋とか愛という言葉は非常に刺激的だ。「愛の聖地」だと聞けば興味を持つものは居るだろうし、「永遠の愛」の願掛けが出来るとなれば密かに想いを寄せる殿方との愛を願ってお忍びでやってくる令嬢も出るかもしれない。
親同士が結婚を決めた相手でもレアとジークフリートのように仲がよい者たちもいるので、需要はあるのではないだろうか。




