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魔法の歌

「まぁ、お二人の考えていることは分かります。私のような者が巫女を名乗るなど烏滸がましいったらありゃしない! ……ということで、巫女は麗しい姉上がやっているのでご安心ください~!」

「お姉さまが?」

「はい。私はその裏方、例えば衣装制作とか脚本とか舞台制作とか~、そういうことをやってるんです」

「舞台? 広場の演劇のことですか?」

「いえいえ! 歌結びの儀のことですよ」

「エダちゃん、そんなことまで話して大丈夫?」


 心配した女将が口を挟むが、「どうせうちに連れて行くので大丈夫ですよ」と言って話を続けた。


「お二人は歌結びの儀についてどれほどご存じですか?」

「たしか、祭の最終日に行われる儀式だと聞いたが」

「その通りですっ! 元々は地元だけで行われていた地味な儀式だったんですけど、小説がヒットしてお客さんが一杯来るようになったので『もっと派手にしよう』ということになりまして。

 その脚本から演出まで、ワタクシが一手に担うことになったのです!」

「凄いですね。一種のショーのようなものということでしょうか」

「そうです! また見に来たいな~、見たことを自慢したいな~、楽しかったな~と思ってもらえるような、一度見たら忘れられない儀式になっている……ハズ!

 魔法や花火も使ってド派手に行きますよ!」

「それは楽しみだ」

「ふっふっふっ!」


 「それだけではない」という風にエダは人差し指を立てて揺らす。


「あともう一つ、今回は目玉のイベントもご用意しておりまして」

「なんですか?」

「愛の聖地大作戦です!」

「愛の……なんですって?」

「愛の聖地です! 恋人同士、もしくは想い人と歌結びの儀を見ると永遠の愛で結ばれる♡ そんな流行を作りたいと思っているんです」

「……」


 一人盛り上がるエダにリーシャもオスカーもついていけず、ただ耳を傾けるばかりだ。


「確かに白鯨の愛し子は流行ってるけど、その流行がいつまで続くか分からないでしょう? だから流行が去ったあともロダに来たいと思わせるための第二の秘策が必要なんです!」

「なるほど、小説とは関係なしに、聖地という新しい理由付けをすると」

「そうです! まぁ~、上手く行くかは分からないですけどねぇ~」


(思ったよりも商売気のある人だな)


 熱心に夢を語るエダの話を聞いたリーシャはそう思った。言葉の節々に金稼ぎに対する熱意――というよりも、故郷を豊かにするための熱意を感じる。

 エダの言い分には一理あるのだ。流行とは永遠のものではなく、時の経過によって移り変わるものである。

 「白鯨の愛し子」の流行によって大いに栄えているように見えるが、それがこの先ずっと続くとも限らない。流行が去った後に次の手を打てなければ、また元の寂れたロダに戻ってしまう。

 そうならないようにエダは早めに手を打とうとしているのだ。


「村長さんの娘さんなだけあって、村のことをよく考えていらっしゃるんですね」

「えっ! ああ、そう……なんですかねぇ? まぁ、自分が生まれ育った村だし、ようやく生活に不自由しなくなったから、これからもずっとこういう生活が出来ればいいなぁ~って思っただけなんですけどね!」

「昔は本当に何にもない村だったんですよ」


 食後のお茶を運んできた女将が言う。


「冬になると雪で外にも行けなくなるし、みんな家にこもってばかりで。男たちは出稼ぎにでて、女だけで村を守っていたんです。

 でも、こうして冬でもお客さんがたくさん来てくれるようになったから、村のみんなも家族で冬を越せるようになったんです。本当にありがたいことだと思っていますよ」

「へへ」


 女将の言葉にエダは嬉しそうにはにかんだ。

 ロダの人たちにとって冬は家族と離ればなれになる寂しい季節だったが、白鯨祭の大規模化によって村の中で生計を立てられるようになり、出稼ぎの必要がなくなったのだ。

 そのため、多くの家族が一緒に冬を過ごせるようになった。生活のあり方そのものが大きく変化したと言っていい。


「白鯨の愛し子様々だな」

「本当に! みんな感謝してるんですよ。エダちゃんも……」

「アーーッ! おばさん! ダメですッ」

「あら! いけない、ごめんなさいね」


 エダに咎められた女将は慌てた様子で「おほほ」と愛想笑いをする。エダは時計をちらりと見ると、お茶をぐいっと一気に飲み干した。


「お二人とも、そろそろうちに行きましょう。見ていただきたい物もたくさんありますし~、おいしいお菓子も用意してあるので!」

「そうですね」


 気づけばすっかり外が明るくなっている。大分のんびりしてしまったようだ。

 女将に朝食の礼を言うと三人は外へ出た。暖房の効いた暖かな室内とは違い肌が焼け付くような寒さだ。

 外套の内ポケットに入れた温石の魔道具が良い仕事をしている。このおかげで顔以外は暖かい。


「エダさんのおうちは対岸の島にあるんでしたっけ? ここからどうやって向かうんですか?」

「ソリ……と言いたいところですが、流氷の上は凸凹しているのでおすすめできないんですよねぇ。ということで、今回は特別に船を使いますっ!」

「船? 流氷で海は閉ざされているのではなかったか?」

「はいっ! 普通ならば流氷が去る春になるまで海を渡ることはできません。しかし! 今回は特別に渡ることが出来るんです!」

「……?」


 不可解そうな顔をするリーシャとオスカーを連れてエダは少し離れた岸壁までやってきた。村の中心部とは異なり一切の人気がない寂れた場所だ。

 その岸壁の下に一双の船が繋がれていた。ものすごく簡素な、海を渡るにはいささか心細くなる船だ。


「どうぞ」


 エダはひょいと船に飛び乗ると二人に向かって手招きをした。


「この船で島に渡るんですか?」

「はい!」

「とはいっても、やはり流氷だらけだぞ」


 流氷は岸壁の真下まで到達している。とても船を出せるとは思えないが……


「まぁ、見ててください」


 そう言うと船の舳先に立ったエダは大きく息を吸った。


(これは……歌?)


 聞きなじみのない旋律のようなものが聞こえてくる。エダの口から漏れる白い湯気が、朝日に照らされて美しく輝いていた。

 突然船の下からミシミシッという音がしてガクンと衝撃を感じる。バキバキと大きな音を立てながら、船の前に島に通じる航路が開かれていくのが見えた。


「信じられん……。これは魔法なのか?」


 目の前の光景にオスカーが思わずそんな言葉を漏らす。魔法と呼ぶにはあまりにも神々しい光景だったからだ。


「魔法なんですかね? 実は私も良く分かってなくて。うちの一族のうち女だけが使える神通力のようなものってお姉ちゃんは言ってましたけど」

「神通力ですか」

「魔法って方法さえ分かれば他の人でも同じ魔法を使えるでしょう? でもこれだけはダメなんです。パパもだめ。ママは使えるみたいですけど~。なんか怖いですよね……」


 エダは恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻いた。


「一族固有の、しかも女性にしか使えない魔法ですか。なかなか興味深いお話ですね」

「やはり例の伝承と関係があるのだろうか」

「ん~、どうなんでしょう。ただ、歌結びの儀にはこの魔法が必要なんです。だから、伝承と無関係ではないのかな~って気がしますねぇ」


 エダは船の後部へ移動すると収納してあった櫓を取り出して漕ぎはじめる。船はゆっくりと一本道を進み、時間をかけて島の船着き場へ到着した。

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