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巫女の一族

「リーシャさん、オスカーさん、エダさんがいらっしゃっていますよ」


 約束の日、まだ日も昇らないうちに民宿の女将が二人を起こしににやって来た。どうやら早朝にも関わらずエダが迎えに来たようだ。


「まだ外は真っ暗ですよ」

「なんでも、楽しみすぎて早く来てしまったとか……」

「えぇ……」


 リーシャは困った様子の女将に「準備をするのでしばらく待っていて欲しい」と伝言を頼むと、ベッドで安らかな寝息を立てているオスカーをたたき起こす。


「何だ? まだ夜だぞ」

「もうすぐ日が昇るので一応朝だそうです。エダさんが迎えに来たので準備をしてください」

「何? いくらなんでも早すぎないか?」

「楽しみすぎて早く来てしまったとか」

「なんだそれは」


 オスカーは呆れた様子でベッドから起き上った。

 寝起きで頭がぼんやりとしているので冷たい水で顔を洗って目を覚ます。外の外気でキンキンに冷やされた水は目覚ましにうってつけだ。

 二人が身支度を整えて一階に降りると食堂の方から良い匂いがした。


「おはようございます」


 食堂に入ると女将が朝食の準備をしている。暖炉の前にあるソファーで体を温めていたエダはリーシャの顔を見るなり飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がるといきなり土下座した。


「すすすすすみません! 張り切りすぎてしまい、こんな朝早くに!」

「エダちゃん、リーシャさんたちも、まずは朝ご飯にしましょう。もうすぐ出来ますから」

「そうですね。エダさん、女将さんのお言葉に甘えましょう」

「は、はい!」


 朝食が出来るまでの間、暖炉の前にあるソファーに座って待つことにした。

 ぱちぱちと燃える暖炉の炎が温かくて眠気を誘う。うとうとと船をこぐリーシャの隣にオスカーが腰をかけ、横に倒れてしまいそうなリーシャの肩をそっと自分の方へ傾けた。


「あ、あの~、もしかして貴方様はリーシャさんの旦那様とかでしょうか?」

「ん? ああ、自己紹介がまだだったな。俺はオスカー。リーシャの護衛で婚約者だ」

「護衛で婚約者!?」


 エダは大声を出したのちに我に返り、リーシャが起きていないのを確認するとあわてて口を手で塞いだ。


「そそ、そんな……そんな関係性……絵本の中でしか見たことない!」

「ははは。そうかもな」

「素敵です。素敵!」


 エダは目を輝かせながらオスカーの肩に頭を乗せてうたた寝をするリーシャをじっと観察する。暖炉の火に照らされてキラキラと光る銀色の髪がなんとも美しい。


(こんな綺麗な髪の色、ロダじゃ見たことない! 肌も白くてお人形さんみたいッ! オスカーさんも美形だし、二人並んでいると画になるなぁ。……そうだッ!)


 まるで絵画のような光景に見とれていたエダは、持っていた鞄から筆記用具と画用紙を取り出すと鉛筆を紙に滑らせ始めた。

 予想外の行動にオスカーは一瞬たじろいだが、エダの真剣な眼差しに気づくと鉛筆を動かすシャッシャッという心地よい音に耳を傾ける。


(止めるのはやめよう)


 ぱちぱちという炎が弾ける音、鉛筆が奏でるシャッシャッという心地よい音、厨房から聞こえる鍋で何かを煮込んだり包丁で何かを切る音。

 それらの音が混ざり合い、何とも心地の良いハーモニーを奏でる。いつしかオスカーもうとうととうたた寝をしていた。


「お二人とも、ご飯が出来たみたいです!」


 どれくらい時間が経っただろうか。エダに体を揺すられてリーシャとオスカーは目を覚ました。

 窓の外を見るとほんのりと明るくなっている。日が昇り始めたのだ。


「あまりにも気持ちよさそうに寝ていたから少し寝かせてあげようってエダちゃんと話していたんですよ」


 机の上に朝食を並べながら女将が言う。


「それに、エダちゃんも真剣な顔で絵を――」

「アーーーッ! 駄目! 駄目です女将さんッ!」

「絵を? 何です?」

「な、何でもありません! 秘密です!」

「あら、いいじゃない。あんな素敵な……」

「ウオーーッ!」


 奇声をあげて誤魔化そうとするエダにリーシャは圧倒されたのか、ぽかんとしている。


(素敵な、ということは完成したのか。俺としては見てみたいものだが)


 エダが隠そうとしているのがあの絵なのは一目瞭然だ。モデルにした本人に見せるのが恥ずかしくなったとかそういうところだろう。

 絵を描いているのを知っているオスカーとしては一体どのような絵に仕上がったのか気になって仕方がなかった。なにより、自分とリーシャを描いた絵だ。見たくない訳がない。


(あとでこっそりと見せてもらおう)


 リーシャが居ないところでなら見せてくれるかもしれない。「エダにこっそり頼み込んでみよう」とオスカーは密かに考えた。


「パンを焼く人は声をかけてくださいね」

「お願いします」

「チーズはかける?」

「はい」


 朝食は豆のスープとチーズ、そして自家製パンだ。薄く切ったパンの上にすり下ろしたチーズをかけてパン焼きの魔道具で加熱するのが女将のおすすめらしい。

 カリカリになったパンの上でチーズがとろけて絶品なのだ。


「エダさんのおうちはここから遠いんですか?」

「あっ、はい。対岸の島にあるので海を渡らないといけなくて。まぁ、今は陸続きみたいなもんなので大したことないですけど」

「村長さんはお元気?」

「はいー。元気にやってますよ」

「え? エダさんって村長さんの娘さんなんですか?」

「あれっ、言ってませんでしたっけ!」

「初耳です」


 エダはパンを頬張りながら「あちゃー」という顔をした。


「こんなんでも一応村長の娘なんです、ハイ」


 口一杯にパンを詰めてパンをもぐもぐと頬張りながらエダは恥ずかしそうに笑った。


「だが、村長ならば村の中に住んだ方が気が回るのではないか?」


 オスカーの問いかけにエダは首を横に振る。


「島にはうちの家が代々管理をしているお社があるので離れられないんです。そんなに大きい村じゃないし、普段は副村長に任せてればオッケー……みたいな?」

「お社というのは、もしかして白鯨を祀っているお社ですか?」

「正解です! 何を隠そう、我が家は白鯨の血を引く巫女の一族なのですっ!」


 エダは誇らしげに胸を張る。


(ああ、そういえば劇の最後に『娘と白鯨の間に出来た子』が巫女の一族となったと言っていたような)


 だが、目の前にいる芋っぽい娘と巫女という文字がどうも結びつかない。ふんすふんすと鼻の穴を広げて自慢げにしている娘が、あの情緒的な劇の主人公の血を引いているとは俄には信じがたい。


「ああっ、今何か失礼なことを考えていましたね!?」


 考えていたことが顔に出ていたのか、エダは不服そうに口をとがらせた。

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