露店巡り
「そういえば昨日芝居小屋があると言っていたな」
「ええ。祭の名物の一つだとか。割引券ももらったことですし、時間が出来たら行ってみましょうか」
「ああ」
露店巡りはまだまだ続く。食べ物の屋台は色々出ているが、中でも行列になっているのが地元の女性たちが作る家庭料理の屋台だ。
凍えるような寒さの中、長蛇の列を成している行列のお目当てはあつあつに煮込まれたシチューとホットワイン、オオジカ肉のパイだ。
長時間並んで鼻を真っ赤にした人々が温かい料理を手に笑顔を浮かべている。
その笑顔につられてつい列に並んでしまい、一時間ほど並んでホットワインとパイを購入した。
「あ~、温まる~」
ワインを一口飲んだリーシャの口からそんな言葉が漏れる。赤ワインにシナモンや果実の蜂蜜付けを入れて煮込んだもので、飲むと体の芯から温まる。甘いので飲みやすく、女性客にも好評のようだ。
「パイも冷めないうちに食べよう」
「そうですね」
まだ湯気が出ているうちにパイを頬張る。オオジカは移動手段であるのと同時に、冬の間の貴重なたんぱく源でもある。
そのため、村にはオオジカを繁殖させるための牧場があり、普通の家畜と同じように育てているのだ。
オオジカのパイはそんなロダの郷土料理であり、古くから愛されている家庭料理だった。
豚や牛の肉よりも脂が少なくあっさりとした身は食べやすい。濃いめに味付けされた肉に香辛料が混ぜ込んであり、臭みも感じないのが良い。
屋台で売られているパイは食べ歩きできるように小さく作られており、パイを食べながら露店巡りをする観光客が多く散見された。
お腹が満たされた所で再び露店巡りを再開する。
(先ほどから銀色の装飾品を身につけた女性が多く歩いているな)
オスカーが気になっていたのは観光客が身につけている銀色の装飾品だ。髪飾りやブローチ、ペンダントなど、形は様々だが銀色の装飾品を身につけている人が目立つ。
露店をよく観察すると、女性たちが身につけているような装飾品を売っている店がちらほらとあるようだった。
ふとリーシャに視線を向けると、リーシャも装飾品の露店が気になっているようで通りすがりに目で追っている。
「気になるのか?」
オスカーが声をかけると、リーシャはハッとしたあとに恥ずかしそうに小さくうなずいた。
「どれ、どこか立ち寄ってみよう」
試しに一番近くにあった露店に立ち寄ってみる。机の上には観光客が身につけているのと同じような煌びやかな装飾品が並べられていた。
「いらっしゃい。白鯨祭限定の銀細工だよ」
店主の言葉にリーシャの目が一瞬細くなる。
(銀細工……。素材は銀ではなさそうだけど、かわいい)
星や雪、月などを象った装飾品が並んでいる。どれも銀色の金属で出来ており、色鮮やかなビーズやレース、リボンなどで飾りたてられていた。
「白鯨祭限定なんですか?」
「ああそうさ。ロダは雪の町だからね。銀色の装飾品がよく売れるんだ。お祭り価格で安くしておくよ!」
値札を見ると驚くほど安価で、到底本物の銀を使っているとは思えない。
(銀色の装飾品……まぁ、銀で作ったとは言っていないし)
微妙なところだ。作りも甘いが祭の間だけ身につけるものと考えれば妥当だろう。
「何か欲しいものがあれば言ってくれ。プレゼントしよう」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。どれもリーシャに良く似合いそうだ」
「おっ、格好いいこと言うねえ! おすすめはブローチだよ。帽子やコートを着たまま身につけられるからね」
「そうですね。では……」
リーシャは机の上に並んだ装飾品を一周ぐるりと見渡した。
(あ、あれかわいい)
目に留まったのは雪の結晶を模した大きめのブローチだ。銀色の雪の結晶の中心部に立派な赤い石が留まっている。
(石は模造石か。それでもこの値段なら十分だ)
手に取ると中央に留められた石がガラス製の模造石だということが分かる。だが、値段の割には丁寧に作られており申し分ない。
「それにするのか?」
「はい」
「毎度あり!」
ブローチを購入するとリーシャは早速帽子にそれを取り付けた。真っ黒い毛皮の帽子に銀のブローチがよいアクセントになっている。
リーシャの銀色の髪とも良く合う。
「ありがとうございます」
オスカーに礼を言うリーシャは嬉しそうにほほえんだ。
(これも喜んで貰えたらよいのだが)
オスカーの腰に提げている小さな革製の鞄にはリューデンで注文した婚約指輪が入っている。リーシャがレアと別行動をしているときにこっそりと受け取り隠し持っているのだ。
『いいですか? ただ渡すだけでは駄目ですわよ』
脳内にレアの言葉が響く。
『出来るだけ幻想的な場所で、とびきりの愛の言葉を囁くのです。一生に一度のことなのですから、それくらいしないと!』
(と言われた物の、一体どうすればリーシャに喜んで貰えるのだろうか)
いざ結婚の申し込みをするとなると決心が付かない。すでに互いに想いが通じ合っているとはいえ、「一生に一度の特別なこと」だと念を押されると緊張してしまう。
昔から女性に縁がなかった、というよりも興味がなかったオスカーにとって、結婚の申し込みはとてつもなく高い壁だった。
リーシャが好みそうな乙女小説を何冊か読み「勉強」はしている。女性がどのような雰囲気を好み、どのような申し込みに憧れるのかも把握しているつもりだ。
だが、いざ自分がそれを行うとなると……
(恥ずかしい)
恥ずかしさが勝る。
(出来れば、ロダに滞在しているうちに指輪を渡したい)
恋物語である「白鯨の愛し子」の舞台でもあり、夜は行灯が灯されて幻想的な雰囲気になる。白鯨祭は結婚の申し込みをするのにうってつけだ。
「オスカー? どうしたんですか、ぼーっとして」
リーシャは道の真ん中で突っ立っているオスカーを不審そうな目で眺めた。こういうときのリーシャは勘が鋭い。指輪の事がバレないようにオスカーは慌てて取り繕った。
「あ、いや……。すまん、考え事をしていた」
「考え事?」
「大したことがない、ちょっとした考え事だ」
「そうですか。それなら良いんですけど」
首を傾げるリーシャにオスカーは愛想笑いをする。
(とにもかくにも、祭が終わるまでに指輪を渡さなければ)
楽しそうに露天を眺めるリーシャを横目に、オスカーは心の中で自分を奮い立たせたのだった。




