氷灯の露店
マーケットは朝から大賑わいだった。大通りや村の広場に色とりどりの露店が並び、食品や工芸品、氷灯を売っている。
店を出しているのは村人がほとんどだったが、近隣の村や町から出稼ぎに来ている者もいるようだ。
手作りの菓子や薫製、干物などの加工食品、動物の毛皮で作った衣料品や手工芸など、店に並ぶ品は多岐にわたる。
全て村民が閑散期の内職で作った手作り品だった。
その中でも特に目を引くのが、祭の象徴でもある「氷灯」だ。
氷を模して作られたガラス製のランタンで、手に提げて歩ける提灯型のものや自宅に飾ることの出来るスタンドタイプのものなど様々な種類の氷灯が売られている。
これを持って歩くのが若者の間で流行っているのだそうだ。
「たしか、伝承に出てくる燃える氷を模して作られたんですよね?」
「そうだよ。お嬢ちゃん、よく知ってるね」
露店の商人は驚いたような顔をする。
「若い人はみんな『白鯨の愛し子に出てきた!』って言うのに、伝承の方を知っているなんて通だね」
「ああ、そういえばそんな場面がありましたね。やはり、小説を読んでロダに来るお客さんが多いんですか?」
「多いよ。小説が出る前と比べたら女性客が増えたかな。前はこんなに店も出ていなかったし、もっとこぢんまりとした祭だったんだよ。小説様々だね」
商人は嬉しそうに笑った。
「氷灯を見せていただいても宜しいですか?」
「ああ、もちろんさ。こっちが蝋燭を使うランタンで、こっちは魔道具になっている。伝統的なのは蝋燭を使う方で、人気があるのもこっちかな」
どうやら氷灯には二種類あるようだ。
「こちらはいわゆる一般的なランプですね」
リーシャは氷灯を手に取った。氷を模して作られた透明な多面体のガラスカバーの中に蝋燭台があり、そこに蝋燭を刺して火を灯す。昔から使われているごく普通のランプやランタンだ。
「こっちは魔道具になっているのか」
オスカーが手に取ったのは魔道具になっている氷灯だ。
蝋燭台の代わりに光る魔道具が仕込まれており、魔力を流すと発光する仕組みらしい。
「魔力を蓄えられるようになってるから、一回魔力を通せばしばらく光りっぱなしなんだ。便利だろう?」
「それはいいな。だが、少し明るすぎないか?」
「そうなんだよ。どうしても自然の……蝋燭の明かりを再現するのが難しくてね。そういう高性能な魔道具を作るとなると値段が張っちまうんだ」
「ふむ、なるほど」
魔道具で疑似的な炎を表現するのは不可能ではないらしい。だが、それには高価な核と複雑な魔法が必要になるため金がかかる。
露店で売るには高すぎるため、ただ光だけの簡易的な魔道具を使っているのだと店主は言った。
「もしも本格的なやつが欲しいなら、工房に直接買いに行くのがおすすめだ。そっちならもっと高い氷灯も売っているはずだぜ」
「高級品ってことですか?」
「ああ。氷灯を金持ち用に作っている工房があるんだよ。こういうのじゃなくて、立派な家に飾れるようなちゃんとしたのが欲しいんだってさ。
そういうのを作る専門の工房ができたのさ。祭が有名になってから貴族様もいらっしゃるようになったからな」
「貴族用にもっと豪華なものを作っていると」
「そういうことだ。結構売れてるって聞くぜ」
(小説の愛読者だろうなぁ)
とリーシャは思った。
貴族の令嬢の間でも乙女小説は流行している。家同士の決めごとで結婚相手が決まることが多い令嬢たちにとって乙女小説のような「自由恋愛」は刺激的で人気が高いのだ。
ロダ発の乙女小説、「白鯨の愛し子」も多分に漏れず人気を博していた。「白鯨の愛し子」にはヒロインと白鯨の化身が氷灯を提げて海辺で愛を語り合う場面が描かれている。
それと同じ物があると知れば誰だって欲しくなるはずだ。
(でも、貴族相手に専用の工房を作るなんて上手い商売だ)
商魂たくましい。良い商売になっているだろう。
(もしかして、小説の作者はこうなることを見込んであの場面を書いたのかもしれない)
事実、屋台の氷灯は飛ぶように売れ、貴族にも高値で売れている。実際にある物を小説で描くことによって地元に金が入るようにする。「白鯨の愛し子」の作者は郷土愛の強い人物なのかもしれない。
「折角ですし、私たちも一つ購入しましょうか」
「そうだな」
折角の祭だ。祭をより楽しむために氷灯を一つ購入することにした。提灯型の氷灯は大中小の三種類で、氷灯を持ち手から取り外せるようになっている。
祭の期間中は提灯として、それ以外の期間はランタンとして使える仕様だ。
「野営をするときの灯りとしても使えそうですし、それなりに大きな物でも良さそうですね」
「中ぐらいの物がちょうどいいんじゃないか? 魔道具と蝋燭どちらにするんだ?」
「蝋燭が良いなと……。やっぱり本物の火の方が落ち着きます。蝋燭は手持ちのものがいくつかあるのでそれを使えば良いですし」
店主にお願いして中くらいの提灯を何種類か見せてもらう。
何も装飾を施していない簡素なものもあれば、持ち手に飾りが施してある少し洒落たデザインの提灯もあって迷ってしまう。
「この雪の文様が入った物はどうだ?」
「かわいい。良いですね」
オスカーは沢山ある提灯の中から持ち手に雪の文様が彫られた提灯を選び取った。リーシャは気に入ったらしく満足げにうなずく。
「それなら市販の蝋燭でも使えると思うよ。そうだ、お嬢ちゃんに似合いそうな良い蝋燭があるからオマケしてあげるよ」
商人は足下から何本か蝋燭を取り出すと紙で包んでリーシャに手渡す。
「ありがとうございます。代金はいくらですか?」
「銀貨5枚だけど、4枚と銅貨5枚でいいよ」
「分かりました」
リーシャが商人に金を渡すと商人は「ありがとね」と言って二枚の紙切れをリーシャに手渡した。
「これは?」
「中央広場でやってる演劇の割引券だよ。買ってくれた人に渡してるんだ。毎年旅の一座が来て、ロダの伝承をモチーフにした劇をしているんだ。よかったら見ていってよ」
紙には「劇団満天座 ロダの白鯨」という文字が印字されている。この紙を提示すると少しだけ安く観られるようだ。
「ありがとうございます。ロダには長く滞在する予定なので、行ってみます」
そう告げて氷灯の露店を離れた。




