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白鯨祭

 オオジカは農耕、または運搬用に改良された家畜である。雪がない夏から秋にかけては農具を曳き、雪が積もる冬から春にかけてはソリを引く。

 毛皮が分厚く寒さに強いため、雪国で馬の代わりに飼育されている一般的な品種である。


 ロダは一年中雪に覆われている特殊な土地だ。海岸沿いの村と、その沖にある島とで構成されている。近年は観光客の増加により村が発展し、村というよりは町と呼んだ方が良いのではないかと言われるほどになった。

 それもこれも、「白鯨の愛し子」と呼ばれる小説のおかげである。


「白鯨祭というものがあって、これからの季節それを目当てにやってくる観光客が多いみたいですよ」


 ロダへ向かうソリの上でリーシャはオスカーに一枚のチラシを見せた。真っ白な鯨と一人の少女の絵が描かれたチラシだ。


「白鯨祭か。これはあの小説の絵か?」

「どうでしょう。そもそも『白鯨の愛し子』はロダの伝承が元になっているそうですし、こちらの方が本家なのかもしれませんよ」

「そういえばそうだったな。祭自体は小説に出てくるのか?」

「いいえ。祭りの由来が小説の元ネタとなった伝承のようです」

「なるほど」


 雪が積もった山道を下ると大きな集落が見えてくる。夕闇が迫る中、村のあちらこちらがキラキラと光り輝いていて美しい。何か特別な装飾をしているようだ。


「あれは氷灯ひょうとうですよ」


 ソリの御者が教えてくれた。


「氷灯?」

「伝承に出てくる炎を宿した氷を模して作られたガラスの装飾です。白鯨祭の時期になると村中に飾る風習があるんです。土産としても人気があるので、お客さんも是非」

「ありがとうございます」


 夜にも関わらず、ロダの村中は昼間のように明るかった。家々の扉や軒先には氷灯がかけられ、家の屋根と屋根の間には氷の模様が入った行灯が吊られている。

 道ゆく人々は手に氷灯の提灯を提げ、楽しそうに散策を楽しんでいた。

 ロダの中心部でソリを降りるとあまりの寒さに身震いする。ローデンで購入した毛皮の外套や帽子を纏ってもなお、体の芯から冷えるような寒さには勝てない。

 北の寒さは並ではない。


「とりあえず、宿を探しましょうか」

「そうだな」


 見たところ、村は観光客で一杯だ。これだけ人が来ているのだから、宿も多いに違いない。ロダは「村」とされているが、観光業が当たって急速に発展し、もはや「町」と呼んでもよい規模になっている。宿が見つからずに野宿するはめにはなるまい。


(というか、こんな寒さの中で野営は無理)


 旅慣れたリーシャでもこんなに寒い中野営をする機会は滅多にない。手持ちの装備では一晩だって越せないだろう。


 幸い、宿はすぐに見つかった。中心部から少し離れた場所にあるが、不便はしないだろう。

 個人の家を改装した小さな宿だ。鼻頭を真っ赤にしたリーシャとオスカーを見た女将はすぐに風呂に湯を沸かしてくれた。


「観光ですか?」

「ええ。凄い賑わいですね」

「そうなんです。ほら、『白鯨の愛し子』で有名になったでしょう? それで観光客の方が大勢お越しになるようになって。

 宿が足りなくなったもので、うちみたいに自宅を宿に改装した人が多いんですよ」

「そうだったんですか」

「だもんで、立派な宿と比べると大したおもてなしは出来ないかもしれませんが、ゆっくりなさってくださいね」

「ありがとうございます」


 冷えた体を湯で温めたあと、ふかふかな絨毯が敷かれた客室で疲れを癒す。客室には暖炉があり、煌々と薪が燃えている。

 二人が風呂に入っている間に女将が部屋を暖めてくれたようだ。


「こぢんまりとしていますが、良い宿ですね。お風呂も綺麗でしたし、床に寝転がれるのが最高です」


 絨毯の上でごろごろと転がるリーシャにオスカーも嬉しそうだ。ここの所気が休まらない旅が続いていたので、リーシャが息抜き出来ていそうで嬉しいのだ。


「大きな宿にしなくて正解だったかもしれないな」

「そうですね。大きい宿が一杯だったというのもありますが、こういう家庭的な宿も悪くありません」

「にしても、まさか宿不足をこういう方法で解決するとはな」

「民宿っていう言葉を聞いたことがありませんか?」

「聞いたことがないな。イオニアには無かったぞ」

「自宅を改装して商いをしている宿屋のことなのですが、私の母国には結構あったんですよね。こうして急に需要が増えた場合、建物や従業員を急に増やせるわけでもないですし、民宿を増やすというのは合理的な手段なのかもしれません」

「確かにそうだな。だが、イオニアでは難しそうだ」

「というと?」

「客をもてなす為には大量の水や食料が要るだろう? 恥ずかしながらうちの国はまだそこまで豊かではないからな。皆自分の生活を保つのに精一杯だからな」

「なるほど」


 水が乏しく、食料も輸入に頼りがちなイオニアでは一般家庭が宿屋を経営するというのは難しそうだ。宿泊させるだけならともかく、客を「もてなす」ためにはそれ相応の設備が必要だし、素泊まりにしても最低限の水を確保しなければならない。

 平民は地域で共同使用している井戸から水を得ていることが多く、金で水を買うことが出来る大きな宿屋のようには行かないのだ。

 だからこそ、一般市民が自宅を改装して宿を開けるのは生活に余裕がある国だけなのだとオスカーは主張した。


「こうした宿が開けるようになるほど国が豊かになればよいのだが、やはり水と食料の問題を解決しなければどうにもならないだろうな」

「水を自由に使えるようになれば工業も発展するでしょうし、出来ることが広がりますからね」

「ああ。鉄を打つのにも水が必要だからな。そうしたものを他国に頼らず自国で生産出来るようになれば良いのだが」


 オスカーは常々自国の「自立」について考えている。

 物や食料を他国からの輸入に頼っているばかりではいけない。いざ有事が起きた際にそれらの入手経路を絶たれれば一巻の終わりだからだ。

 魔法を導入するにあたり他国との関係性も変化するであろうことは容易に想像できる。もしも予期せぬいざこざが起きた際に自国だけで生活を賄える力と備えがあった方が安心だ。

 幸いにもオスカーの兄、ジルベールも同じ考えであった。


「そうなれるかどうかはオスカーの肩にかかっていると」

「……そうなるな」


 全てはリーシャとの旅の中で解決策を見つけることが出来るかにかかっている。

 「魔法導入の先駆けになってほしい」と言われて安請け合いしてしまったが、よくよく考えてみると責任重大である。


(政には関わる気はなかったのだが……)


 リーシャと出会うまでのオスカーは、王位にも女にも政治にも興味がない次男坊だった。優秀な兄と頼もしい姉がいて、自分までもが政に関わる必要はないだろうと考えていたのだ。

 にも関わらず、いつの間にか国の存亡と発展の鍵を握る立場になっているとは……。


(人生とは分からないものだな)


 とつくづく思うのだった。


「そういえば、明日からどうするんだ?」

「まずは情報収集をかねて観光でもしようかと。いろいろと催し物があるみたいですよ」


 リーシャは宿の女将からもらったパンフレットをオスカーに手渡した。パンフレットには白鯨祭の期間中に行われる催事の予定表が掲載されている。


「祭りの目玉は最終日に行われる『歌結び』という儀式みたいですね。あとは大通りと広場で行われているマーケット、中央広場の芝居小屋なんかが売りみたいです」

「随分と大がかりな祭りなんだな」

「年に一度の稼ぎ時だと女将さんが言っていました。元々雪深い地域なので閑散期に内職で作った物をマーケットで売るのだとか。それが結構良い収入になるらしくて、観光客を出来るだけ多く呼ぶために祭りの期間が長めに設けられているようですよ」

「そういう理由だったのか。どうりで長い期間やっている訳だ」


 ソリの上でチラシを見たときに驚いた。開催期間がひと月以上もあったからだ。

 だが、冬場の収入源ということならば納得がいく。北方地域において冬とは家ごもりの時期を指す。一年中万年雪が残るロダにとって、周辺国からの客足が途絶える厳しい季節だ。

 故に、それよりももっと遠方の地域から人を呼び寄せる必要があった。的を雪を珍しがる観光客に絞り、雪深い冬でも観光客が来てくれるような魅力的な村づくりを始めたのだ。

 白鯨祭はその一環、いわゆる「村おこし」と呼ばれるものだった。


「とりあえず明日はマーケットを覗きに行きませんか? たまにはのんびり観光も悪くはないでしょう」

「そうだな」


 蒐集物の情報を集めるという目的はあるが、依頼とは関係なく純粋に観光を楽しめるのは久しぶりだ。冬の間は移動するのも大変だし、しばらくロダに留まっても良いかもしれない。

 窓から見える行灯の光と賑やかな声を聞きながら、地に足が着いて少しほっとしたような気分になったのだった。

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