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ちょっとした嘘

「結局、先生は悪い人だったのでしょうか」

「少なくとも、こうして夜逃げのようなことをするくらいですから、後ろめたいことはあったのでしょう。あれだけ堂々とされていたのです。彼の言うように何もないのならば、逃げる必要はないはずです」

「……そうですよね」


(裏切られたって顔をしている)


 沈痛な面もちのトマスに何と声をかけようかリーシャは迷った。正直、今回の件についてはトマスの無知さが招いたことでもあるとリーシャは考えていた。

 いくら組合について知らなくても、弟子入りするだけで宝石修復師としての身分証が貰えるなんておかしいとは思わなかったのだろうか。


 宝石修復師には資格がない。故に、きちんとした技術を持っていなくとも宝石修復師を名乗ることは出来るし、名乗ったとして罰せられることはない。

 ではなぜ組合が身分証を発行しているのかというと、客に出しても恥ずかしくない一定の技量を持っている修復師であるという証明をするためだ。


 身分証を持っている修復師は組合に登録された「信用できる」修復師であり、組合に依頼をする客はその信用に金を払っている。

 それが修復魔法を使えない人間に、しかも弟子になっただけで与えられるなどあり得ないことだ。

 

(宝石修復師がどんな仕事をして、なぜ高い給金を得ているのか。なぜ組合という仕組みが必要なのか理解していれば、そもそもロメオに騙されることはなかった)


 そこがリーシャにとって一番引っかかっている部分だった。

 夕飯の時の会話かからも分かるように、トマスは宝石修復師の仕事に明るくはない。「宝石修復師に憧れていた」と口では言っているが、そこまで本気でもなかったのだろう。

 今回の「手紙」だって、嘘をついていた。ただリーシャを呼び出すために、嘘の手紙を出したのだ。


(トマスは修復師という仕事を軽んじている)


 そうとしか思えなかった。

 宝石修復師の仕事を軽んじて、誰でも出来る仕事だと思っている。簡単に出来る仕事で高い金をとる()()()()()だと。だからこそ、弟子にするだけで身分証を与えようとしたロメオを疑わなかったのだ。

 宝石修復師という仕事に誇りを持っているリーシャにとって、それは何よりも許し難いことだった。


「まぁ、トマスさんにも良い薬になったのでは?」


 心の中にくすぶっていた感情を押さえきれずに棘のある言い方になる。


「あと、本当に修復師を目指したいのならばもっと修復師について知るべきです。修復師の仕事すら知らないようでは困ります」

「……すみません」


 トマスはばつが悪そうに軽く頭を下げた。まるで叱られた子供のような態度だ。


(おそらく、本気じゃなかったんだろうな)


 その様子を見たリーシャは呆れた様子でため息をつく。

 リーシャを呼び出すために嘘の依頼を出したことといい、オスカーを婚約者として紹介した際の落胆ぶりといい、トマスがリーシャに惚れていたのは間違いない。

 「宝石修復師を目指している」とか「憧れている」とか、それも全てリーシャの気を引くための口実だったのではないかとリーシャは疑っていた。


 リーシャと同じ宝石修復師になればリーシャをトスカヤに呼ぶきっかけが作れるし、依頼の嘘がばれても誉めて貰える。会話をする中でロメオにもそんな考えを見透かされて、まんまと利用されたのではないか。


 はじめは宝石修復師を目指す若者が詐欺師に騙されて可哀想だと同情していたが、宝石修復師を目指しているということ自体が嘘だったとなればその同情心も吹き飛んでしまう。

 心配した自分が馬鹿みたいだ。


(幼い子供みたい)


 以前トスカヤへ来たのが二十年以上前のことだと考えると、トマスは少なくとも二十代半ば、立派な大人である。

 しかも親から宿屋の経営を引き継いだ経営者だ。

 そうとは思えないほど、トマスは精神的に幼いように思える。


「悪気はなかったんです。ただ、リーシャさんを喜ばせたいなと思って」

「嘘をついて呼び出して、私が喜ぶと思ったんですか?」

「それについては謝ります! でも、嬉しくないですか? 昔出会った子供が、自分に憧れて()()()()()()()()()なんて!」

「……」


 嬉しそうに語るトマスにリーシャは言葉が出なかった。それを肯定と捉えたのか、トマスは話続ける。


「リーシャさんは俺にとってあこがれの……いや、初恋の人なんです! あのときとは違って俺も大人になったから、格好いいところを見せたかったんです!

 あ、あと、こんなに時間が経ったので相変わらずお綺麗で、俺、舞い上がっちゃって」


 顔を赤らめて恥ずかしそうに愛の告白をするトマスをリーシャはとても冷めた目で見ていた。

 いくら愛を語られても、修復師を嘘のダシに使った時点で好感度は氷点下まで下がっている。それを悪びれもせず、「仕方ないでしょう」という言い方をされても何も心に響かない。

 むしろ嫌悪感すら感じていた。


「お気持ちは嬉しいですが、自惚れがすぎますよ」


 にこりと笑った表情とは裏腹に口から飛び出た言葉の刃にトマスは顔をひきつらせる。そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったようだ。


「え、でも」

「私は宝石修復師という仕事に誇りを持っています。もしも貴方が本当に修復師を目指していたのならば、例えまだ魔法が使えなくても嬉しく思ったことでしょう。

 ですが、それは嘘だった。依頼も嘘、修復師を目指していたのも嘘。そんな相手に好意を持つはずがありません。

 はっきり申し上げて不快です」

「……そんな! そんな言い方はあまりにも酷い! ほんの些細な嘘じゃないですか! そんなことで」

「貴方にとってはそんなことでも、私にとってはそうではないのです」


 話は平行線をたどった。

 いくら話し合ってもトマスにはリーシャが言っている意味が理解が出来なかったのだ。()()()()()()()。好きな人の気を引くための()()()()()()()

 トマスはなぜそんな()()()()()()()()()()でリーシャが怒っているのか分からなかった。

 むしろ、そんな小さな理由でリーシャに否定されたことに怒りすら感じていた。


(どうしようもない)


 「話が通じない人間だ」とリーシャは思った。

 こういう人間とは一生分かりあえないものだ。価値観の相違、生まれ育った環境の違い、そういったものは埋めようがない。

 片方が譲歩しない以上、いつまでも平行線を辿るだけで時間の無駄だ。トマスはそういう種類の人間なのだと心の中で結論づけた。


「分かっていただけないなら仕方ないですね」


 長い時間話し合った後、ついにリーシャはそう言うと自分の部屋へ戻って荷物を纏め始めた。


「待ってください、誤解です」


 手早く荷物をまとめ、引き留めようとするトマスを振り払うと宿を出る。


「修復師を目指しているのは()()()()! 本当なんです」

「貴方が嘘の依頼を出したこと、身分証の件と併せて組合に報告をさせていただきますね。修復師を呼び出すために嘘の依頼をしたのは問題ですから、なにか罰則があると思います」

「罰則? なぜ? こんなことで?」

「修復師の技術を狙った誘拐や監禁事件も起きているので、そういうのには厳しいんです。最初は見逃してあげようかと思っていましたが、貴方がそういう考えならば仕方ないですよね」

「そんな! そんなつもりじゃ……」


 最後まで嘘を重ねようとしたトマスにリーシャは失望したような瞳を向けた。


(組合には全て詳細に報告しよう)


 何もなければ黙っているつもりだった。初恋の人に会いたい一心でつい嘘をついてしまったと、心から反省しているのが分かれば大事にするつもりはなかった。

 だが、反省の色が見えないどころかリーシャが怒っているのに気づくと「修復師を目指しているのは本当だ」などと嘘を重ねるなどとんでもない。

 夕飯時の会話から、トマスが宝石修復師をどう思っているのかよく分かった。今更そんなことを言われても信じることはできない。容赦は無用だ。


 宝石修復師組合は依頼の偽装に厳しい。低い依頼料で難しい仕事をさせようとしたり、依頼を口実に修復師を呼び出して誘拐や監禁をするような悪い依頼主がいるからだ。

 故に、依頼する際には本当にその依頼内容出間違いがないか確認が入るし、虚偽の依頼に対しては今後の依頼受付の拒否や然るべき機関への通報などの対処の他、虚偽の依頼を受けて現地へ赴いた修復師への慰謝料の支払いが求められる。

 今回の件も当然悪質だと見なされ、それ相応の処罰が下るだろう。


「では、私たちはこれで。組合から連絡があると思うのでよろしくお願いします」


 「誤解です」と縋りつくトマスに背を向けると厩から馬を出し、荷を積み込んで宿を去った。


「すみません、こんな夜中に宿を出ることになってしまって」


 夜も更けて町明かりもないトスカヤの町を行く。トスカヤには一件しか宿がないので町の郊外で野営をすることになりそうだ。


「気にするな。朝まであそこに居るのはきついだろう」

「……ありがとうございます」


(何と声をかければいいのか)


 リーシャの目は怒りに燃えていた。少なくとも、あの時トマスがへらへらとした態度で告白などしなければ朝まで宿にいるつもりだっただろう。

 宝石修復師という仕事を告白のための嘘と方便に使われた。そのことがリーシャの逆鱗に触れたのだ。

 これはしばらく怒りが収まりそうにないなとオスカーは内心冷や汗をかいていた。


「ロダへ行くにはあちらの通りから町の外へ出た方が良さそうですね」


 町の出口へ向かう途中、大通りを通っているとオットーとマリーの生家が見えた。


「あの家の看板と言い、トマスといい、ロメオといい、この町は本当にうそつきばかりでしたね」

「うそつきの町か。早く次の町へ行って忘れてしまおう」

「忘れる前にギルドに寄らないと。報告を終えたらぱーっと飲んで忘れましょう」

「そうだな」


 静けさに包まれた夜道に馬の足音だけが響く。

 何とも言い表せない苦い気持ちを胸に二人はトスカヤを後にした。


―――――――――――

短いですが、これにてトスカヤ編はおしまいです。

次章は雪国へ行く予定です。リーシャとオスカーにとって大切な話になるので楽しんで頂ければ幸いです。

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