嘘と推測
「もしかして、下見をしているのか?」
オスカーがぽつりとつぶやく。何かに気づいたようだ。
「何の話ですか?」
「いや、俺が国にいた頃に何度か強盗を捕まえたことがあってな。彼らは必ず盗みに入る前に下見を行うのだ。家主がいない時間や人気が少ない時間帯を調べたり、事前に家を訪れてさりげない会話からめぼしいものがないか探ったり……。
それに似ていると思ったのだ。ロメオが行っている無償修復が」
「ロメオさんが強盗で、その家に宝石があるか探りを入れていると?」
「ああ。持ってきた物を見ればある程度家の財力が分かるし、実際に宝石を持ってきた者も居ただろう? 宝石を買える財力があるということは、他にも高価な物を持っている可能性が高い。ある程度の目星がつくだろう」
「なるほど。効率良く人を集めるには無料にするのが一番だし、最初から盗むのが目的ならばお金なんてとる必要がないと」
「先生を疑っているんですか!?」
「残念ながら、そう考えると納得がいくんです」
声を荒げるトマスにリーシャは言い含めた。
「この偽の身分証も、貴方の協力を得るためのものだとしたら?」
「協力?」
「ロメオさんは部外者です。しかも最近強盗が頻発しているとなると、町の人たちにも警戒されていたでしょう。でも、町で生まれ育った貴方の推薦ならば話は違う。
ロメオさんが集客するよりもずっと多くの人を集められるし、町で生まれ育った人間の紹介ならば信用も出来る。町民の警戒心はぐっと薄まったはずです」
「では、最初から俺を利用するつもりだったと?」
「それは分かりません。もしもトマスさんが宝石修復師に興味がなかったら、また別の方法をとったでしょうし。そもそも、トマスさんはどうしてロメオさんの弟子に?」
「話の流れで先生が宝石修復師をしていると知って、リーシャさんの話をしたんです。小さい頃に見た修復師の方に憧れていると。
そうしたら『弟子にならないか? きっとリーシャさんも喜ぶはずだ』と提案されて。もちろん、即答しました。俺はこの宿屋を離れられないし、こんな機会は一生に一度だと思ったんです。
それで、弟子になった証にあの身分証を。これで君も宝石修復師の仲間入りだと……言っていたのですが……」
「いいカモを見つけたと思われていたのでしょうか」とトマスはうなだれる。
「私がトスカヤに来なければ上手く行ったのかもしれませんが、タイミングが悪かったですね」
「あ、いや。実はリーシャさんに手紙を出すよう助言をくれたのは先生なんです」
「え?」
意外な情報がトマスの口から出た。
「どういうことですか?」
「いや、せっかく宝石修復師になったのだから知らせを出したらどうかと。きっと喜ぶよと勧めてくれたんです。
でも、『俺がリーシャさんに会ったのは二十年以上前のことだから今どこにいるか分からないし』って言ったら、『組合に依頼を出せば必ず届くし、きっと近くにいるはずだ』って。それで俺、貯金を叩いて依頼を出したんです」
(トマスを使ってわざわざ私を呼び出した? 何のために?)
ますます分からない。
仮にロメオが詐欺師や強盗だったとして、自分から本物の宝石修復師を呼び出す理由は何だ?
本物の宝石修復師が現れれば彼が吐いた嘘や身分証のことなどすぐに見破られてしまう。本来ならば絶対に出会いたくない相手のはずだ。
それにも関わらず、ロメオはトマスにリーシャを呼び出すよう提案した。しかもリーシャがトスカヤ周辺に滞在していることを知っているかのような口振りだ。
「リーシャと接触するのが目的だったとも考えられないか?」
「私と? なぜです?」
「理由は分からんが、もしも手紙に応えてもらえなくても、偽の身分証や怪しい宝石修復師がいるという噂が耳に入ればリーシャはロメオを探すだろう。そういう性格だからな」
「まぁ、それはそうでしょう。野良行為はともかく偽の身分証なんて放っておける訳がないですから」
「だから全て、リーシャをおびき寄せるための餌だったとしたら? ……なんて、考えすぎだろうか」
「仮にそうだとして、私と接触してなんの意味があるんです? 現に今まで何もなかったじゃないですか」
昼間の修復中も、夕飯時も、ロメオからリーシャに何か行動を起こしたことは一切なかった。何か目的があるならばいくらでも機会はあったはずだ。
(情報を聞き出そうとしているそぶりはあったから、本物の修復師を間近で見たかっただけとか? 修復師の真似をするには不完全だったし、より本物に近づけるために私から情報を盗みたかった? いや、全部推測に過ぎない)
何か胸に支えるような、もやもやとした気持ちになる。
「……」
三人の間に沈黙が流れた。
「明日、もう一度身分証について聞いてみるか?」
「何度聞いてもはぐらかされて終わりでしょう。さっきも見たでしょう? 妙に自信があるような態度で、まるでこちらが間違ったことを言っているような気持ちになります」
(あの堂々とした立ち振る舞い、どこかで見たような)
態度が大きい、という訳ではない。どっしりと構えて「自分は正しい」と正々堂々大声で言ってのける胆力と、「正しく見せる」雰囲気を作り出す力がある。
リーシャはその立ち姿に既視感があった。
だが、ロメオのそれはあくまでも雰囲気であって威厳ではない。周囲にそう思わせるふわっとした空気を纏っている、と言った方が良いだろうか。
上辺にはどこか胡散臭さがあり、それが妙なゆがみを生んでいる。
不気味だとか気持ちが悪いと感じる要因だった。
「それに、私が彼ならばもうこの町から出ていますよ」
リーシャはロメオの部屋がある二階に目をやる。オットーとマリーもそうだった。悪事がばれた所に留まる必要はない。闇夜に紛れて逃げるのが一番だ。
「先生が逃げたって? まさか」
「何なら確認してみますか?」
「……」
半信半疑なトマスを連れてリーシャとオスカーはロメオの部屋の前に移動した。ドアの下にある隙間から光が漏れているのを見ると、まだ起きているようだ。
「ロメオさん、起きてますか?」
ノックをしたあとにリーシャが声をかける。返事はない。
「ロメオさん?」
リーシャがドアノブに手をかけると、ガチャリという音がしてドアが開いた。
(開いてる)
ゆっくりとドアを開けると、部屋は既にもぬけの殻だった。ベッドや家具はきれいに整えられ、塵ひとつ残っていない。
窓が大きく開け放たれているのを見るに、玄関ではなく窓から出て行ったらしい。
念のため窓の外を確認したが、ロメオらしい姿はどこにも見あたらなかった。
「リーシャさん、机の上に手紙が!」
トマスの声で振り向くと、机の上に置かれた一通の手紙が目に入った。
とても上質な紙で作られた封筒に、可愛らしい押し花が貼られたメッセージカードが入っている。
「……?」
封筒からカードを取り出すとふわりと良い香りが漂った。どうやらカードに香水のようなものが振りかけられているらしい。
嗅いだことがない匂いだが、甘酸っぱくて上品な香りだ。メッセージカードには
『ロダ リャド』
という二つの単語が書かれていた。
「ロダは町の名前ですね」
「ということは、こっちのリャドも?」
「おそらく……。聞いたことはありませんが」
「町の名前が二つ。一体どういうことなんでしょう?」
カードには単語以外何も書かれていない。
封筒を裏返すと「リーシャさんへ」という宛名があり、リーシャへの伝言であることは間違いないが、それが一体なにを示しているのか推理しなければならないのが難点だ。
「確か、ロメオはロダから来たと言っていたな」
夕飯の時にロメオは「ロダから来た」と言っていた。宿の台帳にも前泊地は「ロダ」と書いてあった記憶がある。
「彼が本当のことを言っていればですが」
ただ、それも嘘の可能性がある。彼はリストを見た時、蒐集物を見たことが無いと言っていた。もしもこのカードが蒐集物の在処を示しているのだとしたら、あの時の言葉も嘘だったという事になる。
「ロダから来た」という言葉も嘘である可能性が高い。
(彼が私に伝えたかった町の名前……。もしかして、自白?)
例えば、ロメオが盗みを働いた場所の名前とか。
だが、そうだとしても、それをリーシャに伝えて何の意味があるのだろうか。自供だとしても本人がいないのであれば自警団等に突き出すことは出来ないし、これだけでは何の証拠にもならない。
(とすると、もっと意味がある物のはず。私にとって意味がある、町の名前)
今日一日の中で交わしたロメオとの会話を思い出す。
弟子のこと、食事のこと、ロダのこと、蒐集物のこと――。
「もしかして」
「何か分かったのか?」
「いえ、確証はないのですが、祖母の蒐集物を見かけた場所……とか」
「蒐集物って、リーシャさんにさっき見せてもらったリストの?」
「はい。今までも各地で同じようなことをしてきたとしたら、ロメオさんの手元にはその町にある宝飾品や鉱物標本の情報が沢山集まっていると思うんです。
いろいろな町で人を集めて修復をして、めぼしい物がありそうな所にお邪魔していたとしたら、どこかで祖母の蒐集物を見かけていてもおかしくはありません。
それで、リストの中で見覚えがあった物の所在地をカードに書き記したのではないかと」
「ロダとリャドか」
「どっちにしろ、ロダに行けば分かりそうですね」
「はい。ロダならばここから遠くはないですし。現地へ行って謎が解ければリャドの意味も分かるでしょう」
リーシャはメッセージカードに濃い緑色のインクで書かれた文字を眺める。
(でも、何でロメオはこんなことを?)
親切心か、口止め料か。それとも、追っ手を撒くための陽動か。真意は不明だが、そこに蒐集物が存在するという可能性がある以上、足を運ばなければならない。
考えれば考えるほど、ロメオという男が分からなくなる。




