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思い込みと勘違い

「……これ、偽物なんですか?」

「私の見立てでは、おそらく。彼と一緒にギルドへ行って手続きをしたりはしていないんですよね?」

「はい。弟子入りしたいって言ったら、次の日この身分証をくれたんです。宝石修復師の証だって」


()()()()()()だって思わなかったのかなぁ)


 うなだれるトマスを前にリーシャは思わずそんな感想を抱いた。旅の修復師に話しかけるだけで修復師としての身分証を得られるなんて普通に考えたらあり得ないことだ。

 その時点で疑問を抱かなかったのだろうか。

 それとも、修復師が身近ではない地域ではその程度の認識なのかだろうか。


「もちろん、私が知らない宝石修復師の身分証が存在する可能性もあります。ですが、それはギルドに所属する組合が発行する身分証の形式に極めて似せて作られているように見えるのです」

「ギルドが発行する身分証は全て同じ形なんですか?」

「ええ。トマスさんはギルドに所属されていないんですか?」

「うちは小さな宿なので昔からギルドには所属せずに個人で運営しているんです。だからギルドにも行ったことがなくて……」

「なるほど」


 ギルドや組合に所属するメリットは多岐にわたる。例えば宝石修復師であれば顧客との連絡の仲介や修復素材のストックの利用、組合提携施設の割引や道具屋の紹介などだ。

 その中でもやはり一番のメリットは顧客を紹介してもらえることだろう。

 駆け出しの修復師のように伝手や繋がりがない者でも単発依頼や実力にあった仕事を紹介してもらえる。

 店に雇用されている修復師以外は個人で仕事をしている者が多いので、ある程度の技術があれば仕事に困らないというのは何よりもありがたいことだ。


 一方で、トマスのような「仕事に困らない」立場の人間にとっては利点が少ない。

 トスカヤに宿が一件しかないので客には困らないし、競合する相手もいない。誰かに仕事を請わなければならない立場でもないし、組合に所属しなくても何も問題がない。

 そういう店はままにあるのだ。

 そうなると、ギルドや組合の仕組みに疎くても仕方がない。トスカヤから最寄りのギルドまでは距離があるし、用事もなければ立ち寄るような場所でもないからだ。


「その形、その形式の身分証は、基本的にはギルドの中にある組合窓口で手続きを踏まなければ貰えないものなんです。

 手続きというのは申請した人物が所属するに足る実力を持つか計る試験のことを指します。面接と簡単な実技試験ですね。

 その両方をこなし合格すると、晴れて宝石修復師としての身分証が授与されるのです。オスカーが護衛として登録した際も同じ行程を踏んだはずです」

「ああ。口頭での質問をいくつかされたあとに実技試験があったぞ。木刀を使った軽い打ち合いだったな」

「再度確認しますが、トマスさんはギルドでこれらの手続きをしていないんですよね?」

「……はい」

「そうですか。では、やはりそれは偽造品でしょうね。そこまで似せて作ってあるのは問題です。組合に報告をさせて頂きますが、宜しいですか?」

「……分かりました」


 トマスは差し出された手のひらの上に偽造品を乗せた。相当ショックだったのか、顔が土気色をしている。「先生」と慕っていた男が自分を騙していたのが信じがたいようだった。


「でも、どうして先生はこんなことを……」


 頭を抱えたトマスは大きくうなだれる。そう、それが一番の謎だった。トマスを騙す理由が分からない。


「その身分証を得るのにお金を払ったりしましたか?」

「いえ、何も。何も払っていません」

「ということは、詐欺をするつもりはなかったということでしょうか」

「先生は誰からもお金を取らないんです。リーシャさんたちも見たでしょう? 町のみんなの物も無料で直していたのを」

「ええ。それがどうにも不可解で。一見すると慈善活動をする善い人のように見えるのですが、こうして偽造の身分証を作って嘘まで吐いているでしょう? 行動に整合性がないんですよね」


 やっていることがちぐはぐなのだ。しかも、それを隠そうともしない。それがどうにも不気味だ。


「いっそうのこと自警団にでも突き出すか?」

「突きだそうにも証拠がありません。オットーの時のような明確な証拠が」

「オットーが何かしたんですか?」


 オットーの名前を聞いたトマスの顔色が変わる。


(しまった、ここでは貴族に召し抱えられたことになっているんだった)


 彼が捕まったことを知らないのか、そういうことになっているのかは分からないが、オットーの自宅に立てられた看板では少なくとも村の英雄のように扱われている。


(トマスが知っているオットーとは別人だと誤魔化すべきだろうか)


 以前リーシャが村に来た際、トマスはすでに一人で行動出来るくらいの年齢だった。当時オットーはまだ生まれていなかったことを考えると、トマスとオットーは顔見知り以上の関係であったと推察出来る。

 ここで嘘をつき、誤魔化しても良い。だが、「先生」に騙されたトマスにまた嘘を吐くのはなんとなく良心が痛む。


(それに、この町に一人くらい真実を知っている人間が居ても良い気がする)


 ちょっとした悪戯心だ。

 

「……実は、ここよりずっと南の町でオットーとマリーに出会いまして」


 リーシャはトマスに「麦の村」で出会ったオットーとマリーの話をした。偶然馬車に乗り合わせて一緒に旅をすることになったこと。マリーの目と魔動義眼のこと。魔動義眼を開発するためにオットーが各地で強盗を行っていたこと。リーシャがオットーを警備兵へ引き渡したこと。


「そんな……」


 トマスは言葉を失っている様子だった。それもそのはずだ。貴族の使者が来て生家の前に看板まで立てた人物がまさか強盗で捕まっていたなんて思いもしなかっただろう。


「オットーとマリーは俺の幼なじみでした。俺の方がちょっと年上だったけど、家もそんなに遠くないし、よく近所の子と一緒に遊んでいたんです。

 あの二人は本当に仲が良くて、オットーはマリーのことをとてもかわいがっていました。でも、だからって強盗だなんて……!」

「強盗どころか自分の目も犠牲にしたのですから、本当に心からマリーのことを愛していたのでしょうね」

「マリーの目が治ったのは、正直嬉しいです。ずっと不自由な思いをしていましたから。けど……馬鹿だなぁ。馬鹿だよ、オットーは。でも、なぜそんなことをしたのに貴族様が?」

「被害にあった宝石や鉱物の賠償を肩代わりするかわりに取引をしたのだと思います。魔動義眼はお金になりますから、それを独占できるなら賠償金など安いものでしょう」

「ああ、そういうことなんですね。……そっか。じゃあここら辺で騒ぎになっていた強盗事件もあいつの仕業だったのかなぁ」

「たしか強盗が頻発していたとか? オットーの家の隣に住んでいる女性が言っていましたね」

「そうなんです。少し前から石や鉱物を狙った強盗が増えていて、ついこの前もここより少し北の町で盗みが起きたとか」

「ついこの前ですか?」

「はい。二週間ほど前だったような」


 リーシャとオスカーは思わず顔を見合わせた。

 オットーを警備兵に引き渡したのは随分前の話だ。女性の話を聞いた時はてっきりオットーのことだと思いこんでいたが、二週間前に彼がトスカヤ周辺で盗みを働くのは不可能だ。


(つまり、強盗はオットーとは別にいるってこと?)


 恐ろしい事実である。

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