仕事と対価
あけましておめでとうございます。
今年もコツコツと執筆頑張りますので引き続きよろしくお願いいたします……!
「これほどすばらしい蒐集物ですと、さぞ目を引くでしょう」
「ええ。小さい頃から眺めてきたものですから、一目でわかります。祖母が若い頃はまだ稼働している産地も多かったので、質が良くて大きいものが多いのです」
「そうでしょう、そうでしょう。いやはや、実にすばらしい」
「どうでしょう。今までに見たことがある石などはありませんか? 何でもいいんです。見たようなことがある気がする、とかそんな程度の情報でも構いません」
「いや、残念ながら覚えがありませんね。リーシャさんのおっしゃるとおり、一度見たら忘れるはずがありませんから」
「そうですか……。ちなみに、ロメオさんは指名のお仕事はされるんですか?」
ロメオは蒐集物のリストをリーシャへ返却すると首を横に振った。
「いえ、私は単発依頼の専門でして。お偉いさん相手に商売するのもなんだか気恥ずかしいというか……気を使うのがどうも堅苦しくてね。
こうして旅をしながら金に困ったら単発依頼を受けて食い扶持を稼ぐくらいがちょうど良いんですよ」
「昼間の修復もお金を頂いたら良いのでは?」
「いや、いいんです。金は持ちすぎないくらいが一番だと思っていてね。修復師への依頼料は高い。それを彼らから徴収するのは酷です。
日用品やちょっとした思い出の品なんかは無料で直してあげてもいんんじゃないかと……」
ロメオはすらすらと言いよどむことなく「優しすぎる」言葉を口にする。無欲。その言葉に尽きる。ロメオの言動からは欲や執着というものが一切感じられなかった。
昼間の修復作業は慈善事業で、単発依頼すら発注できない庶民の「思い出の品」を無料で修復しているだけだという。
(魔法教会の信者よりも慈愛に満ちた、そう、敬虔な信教徒みたいなことを言う人だ)
善人とか偽善者とはまた別の、何かを信仰してやまない信徒のような振る舞いだ。
「さすがは先生! 言うことが違うなぁ」
トマスはきらきらと目を輝かせた。
「みんな助かったって言ってますよ! タダで直して貰えるなんてって! 俺も先生みたいな修復師になりたいなぁ」
「それ、本気で言ってます?」
「どういう意味ですか?」
「トマスさんは宝石修復師がどんな仕事をしているかご存じですよね? 身分証を持った一人前の修復師なのですから」
一瞬、トマスはリーシャの棘のある言葉に怖じ気付いたが「もちろんです」と語気を強めて言葉を続けた。
「壊れた宝石を直す仕事でしょう」
「では、依頼料の相場はご存じですか?」
「え? えーっと」
言葉に詰まったトマスにリーシャはため息をついた。
「組合で仕事をしていれば誰でも分かることですよ。修復師の仕事は単発でも金貨が必要ですし、指名依頼ともなれば金貨数十枚は下りません。身分証をお持ちだったのでてっきりご存じかと思ったのですが」
「お、俺はまだ見習いですから! 修復師として仕事をしたことがないので知らなくても当然では?」
「その身分証を持てるのは見習いではなく一人前の修復師だけですよ」
「え?」
間の抜けたような声を出すとトマスはロメオの方を見た。ロメオは何も言わずにワインを口に運んでいる。
「本来ならそれほどの価値がある仕事を無料で行うことは、宝石修復師の価値を下げることに繋がります。あの人は無料でやってくれた。前回は無料だったのにと言い出す人が出ることは想像に難くないでしょう?」
「でも、貧乏人の物は直さないだなんて傲慢じゃないですか?」
「それは違うぞ、トマス」
オスカーはワイングラスをテーブルの上に置くとガタンと勢いよく立ち上がった。よほどワインが美味しかったのだろう。三人が話している間に大分できあがったようだ。
トマスが勢いに呆気にとられていると、オスカーは拳に力を込めて熱弁し始めた。
「宝石修復師は貧乏人を避けているのではない。彼らの仕事に見合う対価を払える者には至って平等に対応している。仕事に見合った金を払える者だけが恩恵を受けられる。ごく当たり前のことだと思わないか?」
「でも、普通の人は金貨なんて払えませんよ!」
「君はそれを高いと感じるんだな」
「ええ。だって宝石を直すのなんて一瞬でしょう? それで金貨を何枚もとるなんてぼったくりだ!」
トマスの言葉を聞いたオスカーは「はぁ」と大きくため息をついた。
「君が言う一瞬で直すことがどんなに難しいことか。本当に分からないのか?
客の依頼とあらばどんな種類の宝石でも直す。どんな種類でもだ。つまり、宝石修復師は道ばたの石ころから高価な宝石まで、ありとあらゆる石の知識を持っていなければいけない。
石にはそれぞれ特徴があり、それに合わせた修復をしなければならないからだ。
積み重ねた知識があってこそ、依頼された石一つ一つ似合わせた細やかな修復ができる。石の模様や内包物、含有物や特殊効果……それらを鑑みてどう修復するのが一番良いか判断できる。
それが出来るようになるまで一体どれだけの時間と労力がかかるか想像出来るか?
宝石修復師の依頼料が高いのは、宝石修復師が職人であり専門家であるからだ。高価な素材料に加えて彼らが積み上げてきた知識と技術に対する対価であって、決してぼったくりなどではない」
諭すように語り続けるオスカーの姿にリーシャは驚いていた。話している内容はリーシャの受け売りだが、まさかここまで宝石修復師に対する熱い思いを持っていたとは思わなかったからである。
酔っているからか、普段よりもずっと饒舌だった。
「そういう価値のあるものを、安易に安売りするなとリーシャは言っているのだ。君にとっては善意であっても、客がそれを当たり前のことだと思うようになったらどうする?
君は隣町の宿屋が無料で泊めてくれたからこの宿にも無料で泊めろと言われて『分かりました』と言えるのか? 迷惑だと感じるのではないか?
技術を安売りするというのはそういうことだ。他の修復師に迷惑をかけないためにも、安易にすべきことではない」
「それ、もしかして私に向かって言ってます?」
宿屋の例えが効いたのか、青い顔をして黙ってしまったトマスの代わりにロメオが口を開く。
「そうですね。まぁ、あなたが組合所属の修復師だったらの話ですが」
リーシャがそう言うとロメオは肩をすくめた。
「組合所属だったら何か問題でも?」
「野良行為自体は問題ありません。ですが、トマスに身分証を与えて間違った宝石修復師像を刷り込むのはいささか問題があるように感じます。
特にこの身分証、組合が発行している身分証にそっくりですよね。偽造品だと疑われても仕方ないのでは?」
「偽造品とは人聞きが悪い。それはちゃんと組合を通して取得したものですよ」
「トマスを連れてギルドへ行ったと?」
「いいえ、私が代理で手続きをしたのです」
(なぜこんなにあからさまな嘘を?)
声色一つ変えずに「嘘」を重ねるロメオに恐ろしさすら覚える。まるでその事実が存在するかのようにすらすらと言葉が出てくる。そしてそれを疑わせない、とても落ち着いたしゃべり方だ。
何も知らない人間ならばロメオの言葉を信じてしまうだろう。
だが、リーシャは宝石修復師だ。それを分かった上で、なぜこんなにも分かりやすい嘘をつくのか。ロメオの真意が分からない。
「代理で所属の手続きが出来るなんて聞いたことがないのですが。それに、その身分証だって……」
そこまで言ってリーシャはハッとして口をつぐんだ。
(もしかして、私から正しい情報を引きだそうとしている?)
今、リーシャが言おうとしたのは「その身分証だって文字の幅や太さがバラバラで本物とは違う」ということだ。
文字の幅や太さがバラバラなのは偽造品が手動で刻印されているからで、機械で刻印された本物との違いを示そうとしたのだ。
だが、もしロメオがその情報を知らなかったら?
リーシャの言葉から得た情報を元に、今後より精密な偽造品が製造されるかもしれない。
「ギルドでは代理の手続きはしない」という情報も同じだ。ここでリーシャに正体がばれても、別の所で今度は違う言い訳をするかもしれない。
つまり、無知なふりをしてリーシャから本物の情報を引きだそうとしているのではないか? ということだ。
「とにかく、この身分証についても一度組合の方へ確認をさせて頂きます。問い合わせをすれば分かることですし、本当に修復師になりたいのならば、トマスにとってもその方が良いと思うので」
「構いませんよ。何の問題もありません」
「もちろん、あなたのことも問い合わせますよ」
「ええ、どうぞ。ご自由に」
(何でこんなに余裕があるんだろう)
不思議だ。組合に告げ口をされて一番困るのはロメオのはずなのに、とても余裕があるように見える。鮭を取り分け旨そうに平らげ、ワインをぐいっと飲み干す。
「何も悪いことをしていない」人間の態度だ。
「空気が悪くなってしまいましたね。私はこの辺で失礼しますよ。お三方はどうぞごゆっくり」
食事を終えたロメオは一礼すると自分の部屋がある二階へと戻っていった。ガチャッと扉が閉まる音が聞こえると、トマスは真っ青な顔で身分証を首から外すと机の上に置いた。




