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腹の探り合い

本年最後の投稿となります。来年は1月2日から投稿再開予定です。

そろそろストックが切れそうなので、次章からは一章丸々書き終えてからの投稿になります。お時間を頂きますがご了承ください。

 その日の夕飯は宿屋の一階にある食堂でとった。トマスが腕によりをかけて作った手料理がテーブル一杯に並ぶ。リーシャの為に張り切って作ったらしい。

 リーシャとオスカーが食堂に入ると、すでにロメオがぶどう酒を飲んでいた。相変わらず派手なスーツが目を引く。


「向かいの席、よろしいでしょうか」

「もちろん」


 リーシャが向かいの席に座るとロメオは新しいワイングラスにぶどう酒を注いでリーシャに差し出した。


「少し離れた場所にぶどう酒の産地がありましてね、そこで仕入れたものなのですがいかがですか?」

「……ありがとうございます。折角なので頂きますね」


 リーシャはグラスを受け取ると一口、二口、と飲み下した。「お守り」のおかげで毒を飲んでもすぐに回復する。こんな場所でそんなまねをするとは思えないが、毒味をしておくに越したことはない。


「おいしいぶどう酒ですね。芳醇な香りとほどよい苦みで飲みやすいです」

「そうでしょう。すっかり気に入ってしまいましてね。そちらの方もいかがですか?」

「ああ、頂こう」


(リーシャが何も言わないと言うことは、何もないということだ)


 オスカーはぶどう酒が入ったワイングラスを受け取ると一口口に含んだ。


「確かにうまいな」

「口にあったようで良かったです。トマスが作ったつまみもおいしいんですよ。特にこの鮭の薫製とチーズを乗せたカナッペは最高です」

「それ、トスカヤでとれた鮭で作った薫製なんですよ」


 大きな皿を持ったトマスが厨房から出てきた。皿の上には蓋がしてあり、トマスが蓋を取ると鮭をまるまる一本使ったオーブン焼きが姿を現す。

 皿色とりどりの野菜が敷かれており、その上にハーブや塩、香辛料を刷り込んだ鮭が乗っている。見た目も大変華やかな料理だ。


「トスカヤは鮭が有名なんですか?」

「はい。ここから少しいった所に漁港があって、この季節は毎年たくさん鮭があがるんです。穫れた鮭は大きな町に運んだり、町の人たちで分け合ったり、余ったらこうして保存食にしたりします」

「なるほど」


 その保存食である薫製が乗ったカナッペを一つとり口に運ぶ。薄く切った堅いパンの上にチーズと薫製を乗せたもので、癖のない柔らかいチーズと薫製がよく合う。


(携行食にいいかもしれない)


 野営飯にはもちろん、馬車での移動中に小腹が空いた時や宿での自炊に使えそうだ。乾燥させてあるので日持ちもするし、水で戻せば出汁もとれる。


「この薫製ってどこかで買えたりしますか?」

「気に入っていただけたなら、持って行きますか? うちで作ったやつで良ければ沢山あるので分けますよ」

「宜しいんですか?」

「ええ! この前作ったばかりなのでまだ大量にあるんです。宿を出られるまでに準備しておきますね」

「ありがとうございます」


 リーシャが薫製を気に入ったのを見てトマスは上機嫌だ。自作の薫製があこがれの人に誉められたのだから無理はない。

 トスカヤには冬の保存食として薫製や塩漬けを作る文化がある。北方に近いトスカヤは冬になると雪に閉ざされるため、外との行き来がしにくくなり、食料が手に入りにくくなるからだ。

 そのため、町の人々は秋になると肉や魚を買い込み薫製や塩漬けを作るのだ。


 もちろん、保存食は肉や魚だけではない。周辺の山で採れたキノコや木の実、畑で育てた野菜も一工夫加えて保管をする。

 果実を酒に漬け込んだ果実酒や干したキノコ、乾燥野菜や漬け物など様々な方法がとられ、各家庭には食材を保管するための専用の小屋や部屋が設けられている。

 トマスは幼い頃から父に冬ごもりの方法を学び、今では大抵の仕込みを一人でこなせるようになった。宿で提供しているのはその一部である。


「ロメオさんはここに来て長いんですか?」


 酒も回った所でリーシャがロメオに切り出す。


「たった二週間ほどですよ。居心地が良くてつい長居してしまって」

「それまではどこへ?」

「ロダという町です。ここよりずっと北にある観光地ですよ。ご存じかは分かりませんが、なんでも小説の舞台になったとかで大変賑わっていましたね。

 騒がしいのが苦手なのでとっととおいとましましたが。リーシャさんはどちらから?」

「私たちは魔法三国から。といっても、魔法三国に住んでいる訳ではなく旅の途中で」

「そうだったんですか。いや、失礼。てっきり、リューデンあたりにお住まいなのかと。トマスから以前もトスカヤに来られたことがあると聞いていたものですから」


 ロメオはそう言うと口元についたソースをナプキンで拭った。


「旅をしている理由を伺っても?」

「構いませんよ。祖母が大切にしていた蒐集物が盗難に遭いまして、それを探しているのです」

「ふむ。なるほど」

「宜しければリストを御覧になりますか?」


 リーシャは収納鞄の中から蒐集物のリストを取り出してロメオに手渡した。少しずつ埋まってきてはいるものの、未だに見つかっていない石は多い。

 ロメオはリストを丁寧にめくりながら目を通すと「これはすごい。すばらしい蒐集物ばかりだ」と独り言を漏らした。


「これを全て探すつもりですか? どこにあるかも分からないのに?」


 横からリストをのぞき見たトマスが驚愕する。「正気ではない」とでも言いたげだ。


「はい。たとえ何十年かかろうと、全て探すつもりです。無謀にも思えるかもしれませんが、宝石修復師をしていると意外と見つかるものなんですよ」

「え、そうなんですか?」

「祖母の蒐集物は立派な――価値のあるものばかりですから、市井には出回りにくいんです。たとえば王族や貴族、豪商のような高い宝飾品を集められるような人々の手元にあることが多いので、宝石修復師とは相性が良いんですよ」

「……?」


 トマスはいまいち要領を得ていないようだ。


(やっぱりトマスは宝石修復師がどんな仕事をしているのか理解していない)


 ぽかんとしているトマスを見てリーシャは確信した。おそらくトマスは依頼料の相場を知らないのだ。だから「蒐集物が金持ちの手元にあること」と「宝石修復師の仕事」の相性の良さを理解できないのだろう。


 宝石修復師は基本的に金持ち相手の商売だ。単発の依頼でさえ相手は豪商、地主が多い上に指名の依頼ともあらば王侯貴族や富豪が名を連ねるようになる。

 それは組合で仕事をしていれば誰でも知っていることだ。


 それを知らない、理解できないということは、トマスはやはり組合には所属していないし宝石修復師がどんな仕事をしているのかも知らないということになる。


「宝石修復師の仕事はお金持ちを相手にすることが多いので、蒐集物を持っている方と出会える可能性が高いのです」

「……ああ、なるほど!」


 リーシャがかみ砕いて説明するとトマスはようやく納得が行ったような顔をした。

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