胡散臭い男
二人が宿に戻るとなにやら宿の前に人だかりができていた。大きな机がひとつ並べられ、その上に真っ赤なテーブルクロスが敷かれている。
「あっ、リーシャさん! いいところにきましたね。今から先生が修復をするので見ていきませんか?」
リーシャとオスカーの姿を見つけたトマスが人だかりの向こうから叫んだ。どうやら「先生」のパフォーマンスが始まるらしい。
「せっかくなので拝見しましょうか」
思ったよりも早く機会が巡ってきた。噂の「先生」がどういう人なのか探るチャンスだ。
人だかりの後方、隙間から見えるくらいの位置に移動すると机の向こう側に派手なスーツを来た長髪の男性が見えた。
(あれが「ロメオ」だろうか)
第一印象は「胡散臭い」という言葉がぴったりだ。無精ひげをはやし、癖のある髪を後ろで一つにまとめている。派手な金のブレスレットとネックレス、目が痛くなるような色のスーツが目を引く。
どこにいても一目で分かる。そんな格好をしていた。
「みなさん、お集まりいただいてありがとうございます。これからみなさんに持ってきて頂いた壊れた装飾品や日用品を無料で修復致します。
ただし! 今日直すのは五名までとさせて頂きます。私の魔力にも限りがありますから……。
残りはまた後日ということで。では、持ち寄った物を机の上に広げてください」
「先生」の呼びかけで集まった町民たちが持ち寄った品を次々と机の上に広げていく。大抵は鍋や包丁、金盥などの日用品だったが、中には宝石がついたペンダントや指輪などの宝飾品や装飾品も混ざっていた。
「ふむ……」
男は品々が並べられるのを眺めている。何を修復しようかと品定めをしているようだった。
「では、この中から状態が特にひどい物を五点選んで修復させて頂きます」
すべて並べ終えると、「先生」は底に穴があいた薬缶、石が大きく欠けた指輪、さびついた鍋など五点を選び、修復を始めた。
机の下に置いてあるトランクから薬缶と合いそうな色の金属板を取り出すと薬缶の上に手をかざす。
(言葉を使わずに魔法を……。ということは、あの指輪が魔道具か)
男の指にはいくつか指輪がはまっていた。それが修復魔法の魔道具だとリーシャは推察したのだ。
金属板は光の粒になって溶けて薬缶の底に張り付く。あっという間に薬缶はほとんど元通りになった。
(修復魔法を使えるというのは嘘ではなさそう)
ただ、言葉を使わないのが気になる。
細かな作業が求められる宝石修復師は緻密な調整ができる言葉を使った魔法を好む習性がある。
リーシャも指輪の魔道具を使ってはいるが、それは修復魔法自体を使う魔道具ではなく魔法の出力を調整する調整具だ。
修復魔法自体を魔道具に頼る修復師はあまり見たことがない。
(魔道具がなければ修復魔法を使えないのか、それとも彼に合わせた特注の魔道具なんだろうか)
「風見鶏の杖」のように、個人的に作った専用の魔道具の可能性もある。これだけで男が「詐欺師」だと決めつけることはできない。
「では、次はこちらの指輪を修復します」
男が手に取ったのは大きな石がついた魔道具だ。ピンク色の宝石が大きく欠けている。これを修復するにはかなりの量の修復素材が必要だ。
「修復にはこちらの素材を使います。私が精錬した修復素材なのでご安心ください」
そういうと男は鞄から取り出したピンク色の透明な素材を見せて回った。「精錬した」と言っていた通り、まるでガラスのように透き通った細長い修復素材だ。
目の前で修復されていく指輪を見ながらリーシャは考えた。
(あれだけの素材を使っていたら、到底無料で直すなんて言えないはずだけど。修復素材だって本物だったら値は張るし。そう、本物だったら)
修復素材も宝石であることには変わりなく、組合のストックだって無料ではない。宝石修復の依頼料が高いのは修復素材の料金が含まれているからでもある。
それを無料で、しかもあの大きさで? それがリーシャには信じられなかった。
修復素材が本物かどうかは手に取ってみなければ分からない。世の中には模造品や偽造品だって溢れている。素人相手ならばガラスを混ぜ込んでも分からないのでは?
そんな疑念が沸いてくる。
(怪しい……)
見れば見るほど怪しく見えた。
全ての修復が終わりお開きになったあと、トマスが二人の元へやってきて「先生」を紹介すると言い出した。
片づけをしている「先生」の元へ向かうと「先生」はにこりと笑ってリーシャに片手を差し出した。
「あなたがリーシャさんですね? トマスから良く話は聞いています。初めまして、私はロメオ。宝石修復師をしています」
「初めまして。リーシャです。彼は護衛のオスカー。修復、拝見させて頂きました」
「いや、大した腕ではないのでお恥ずかしい」
「宝石修復は独学で?」
「ええ。家が貧しかったので自分で勉強しました。この魔道具も自作なんです」
「魔道具も? それはすごい」
リーシャはロメオの指に視線を落とした。少し太さのある金の指輪だ。見たところ装飾も何もないシンプルなデザインに見える。
「先生は何でも出来るんです! すごいでしょう」
「こら、トマス。恥ずかしいからやめなさい」
「本当のことです! 早く俺も先生みたいになりたいなぁ」
トマスは羨ましそうにそう言った。
「そういえば、彼を弟子にしたとか」
「はい。普段弟子などとらないのですが、あまりにも熱心なのでつい」
「弟子と言うことは、魔法を教えておられるんですか?」
「いえ、彼はまだ見習いなので手伝いから覚えてもらっています。もちろん、いずれは彼にも魔道具を作って渡そうと思っていますよ」
「本当!?」
「ええ。本当ですとも」
喜ぶトマスを見てリーシャは苦虫をつぶしたような気持ちになった。こんなにも喜んでいる相手に対して「騙されている」などと言えはしない。
(一体何が目的なんだろう)
ロメオはつかみ所がない男だ。「こいつは怪しい」と状況が示しているのに、優しくて誠実な男だと錯覚しそうになる。胡散臭い見た目とは裏腹に善人のような雰囲気を纏っている。
それがどうも不思議でならなかった。
「そうだ、今晩は四人でご飯を食べましょうよ! うちの食堂でごちそうしますから!」
「ロメオさんが良いのなら構いませんが」
「大丈夫ですよ。折角こうして出会えたのですから、ご一緒させて頂きます」
「やった! じゃあ、腕によりをかけて準備しますね。楽しみにしていて下さい!」
ここで身分証について尋ねる選択肢もある。
だが、今問いつめてしまえば逃げられるかもしれない。ロメオは口がうまい。周りの人間から信頼される才能がある。
(もっと彼のことを知らないと。夕飯の時に探りを入れよう)
トマスはロメオを信用しきっている。誇らしそうに身分証を首から下げている様子を見てリーシャは心を痛めた。
* * *
「で、どうだったんだ?」
部屋に戻ったオスカーはリーシャに尋ねる。
「オスカーの目から見て、彼はどう見えましたか?」
「そうだな。格好は胡散臭いが、なにかズルをしているようには見えなかった」
「私も同じ意見です。彼は確かに修復魔法を使っていましたし、細工をしているようには見えませんでした。お金を徴収している訳でもなく、本当に無償で町民が持ち寄った物を直していた。あれだけ見ればお人好しな善人そのものです」
「だが、偽造した身分証をトマスに渡していた」
「ええ、それが腑に落ちません」
彼が本当に善人であるというのならば、身分証を偽造しトマスを騙すなんてことはしない。無償で修復を引き受けるのも、トマスを騙すのも、なにか理由があるはずだった。
だが、その理由が分からない。
「彼は魔道具を使っていただろう。あれはどうなんだ?」
「なんともいえませんね。魔道具って見た目だけではどんな魔法を使えるか分からないでしょう? 特定の魔法を使う為の物もあれば、私の指輪のように魔力を調整するためだけの調整具もある。
彼が『言葉』を操れる本物の宝石修復師なのか、修復魔法の魔道具でそう見せているのかはあれだけでは判断できません。
ただ……弟子の話の時に『トマスにも魔道具を渡す』って言っていたでしょう?」
「つまり彼自身は修復魔法を使えないと」
「おそらく。ということは、ロメオはやはり正式な宝石修復師ではないということです」
「護衛」と同じく宝石修復師が組合に所属する際には実技試験がある。実技試験は魔道具を使わずに指定された石を修復するという物で、宝石修復師の地力が試される。
今時魔道具を使わずに魔法を使わなければならないなど「古い考え」だとする風潮もあるが、宝石修復師は上流階級を相手に仕事をする職業である。
道具に頼らずとも高い技術を持ち、「言葉」や「祈り」などの伝統的な魔法を使えることが、それを学び身につけるだけの素養と教養があるとの証明になるのだ。
故に、魔道具を使わなければ修復魔法を使えない人間は組合には所属できない。
それ故、宝石修復師を目指す者は大抵師匠や学校の下で基本的な修復魔法を習うのだ。
ロメオが弟子に「魔法を教える」ではなく「魔道具を渡す」と言ったのが引っかかったのはそれが理由だった。
「夕飯時にもう少し詳しく聞いてみようと思います」
「そうだな。会話をする中でなにか情報が得られるかもしれない」
野良の修復魔法師であること自体にはなんら問題はないが、身分証を偽造して若者を騙しているとなれば話は別だ。事実を明らかにして組合に報告した方が良いだろう。
(なんだか妙なことに巻き込まれてしまった)
義眼技師の兄妹といい、トマスといい、ロメオといい、うそつきばかりだ。そういう土地柄なのだろうかとリーシャは首をひねった。




