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兄妹の生家

「あの身分証に何かあるのか?」


 部屋へ入るなりオスカーがリーシャに尋ねる。身分証を見た瞬間リーシャの顔色がさっと変わったことに気がついていたようだ。


「おそらくですが、偽の身分証です」

「何だと?」

「宝石修復師の身分証をもらうには組合で試験を受けてある程度の実力があることを証明する必要があります。オスカーも護衛になる際に試験を受けたでしょう?」

「ああ。試験と軽い面接があったな」

「それ以外に身分証を得る方法はないんです。トマスが言うように弟子入りしたから貰えるような軽いものではありません」

「そもそも、弟子入りなんて仕組みは存在するのか?」

「弟子入り自体はありますよ。ただ、何かが貰えるというわけではなく、組合の試験を受けることができる程度の知識や技術を先輩の宝石修復師に教えてもらう程度のものです。

 私のように宝石修復の家系に生まれた者が特殊なだけで、大抵の人は組合に紹介してもらった修復師に弟子入りしたり講習を受けたりして修復魔法を学びますから。

 ただ、弟子入りしたからといって組合に所属できるとは限りません。先ほども言ったとおり、組合に実力を認められなければ修復師として登録できないので」

「では、トマスが言っていたように弟子になっただけで身分証をもらえるというのは……」

「あり得ません。少なくとも()()()()()()()()()()としては……ですが」


 独自の資格制度や講習の受講証明書などならまだ分かる。だが、トマスは「これで宝石修復師になれた」と言っていたし、身分証自体も本物に良く似せて作ってあった。

 どう考えても組合所属の宝石修復師のことを指しているとしか思えない。


「トマスは騙されている可能性が高いです」

「先生は詐欺師ということか?」

「さあ。目的が分からないので何とも。彼の話が本当ならば修復も無料で行っていて弟子からお金を巻き上げているという訳でもなさそうですし」

「そんな善人みたいな人間がいるのか?」

「本当に修復魔法が使えるのなら、『先生』は野良の修復師だと思うんですよね。野良というのは組合を介さないで仕事ができますから、依頼料をぼったくることも無料にすることもできるんです。

 私が過去に出会った野良はろくでなしばかりでしたが、そういう聖人のような人がいることも否定はできません」


 「ただ、あまり好まれない行為ですが」とリーシャは付け足した。


「普通ならば金貨が必要な行為を無料で行うのは修復作業の価値を下げることになります。あの人は無料でやってくれたとか前回は無料だったとか、依頼人からそう言われたら困るでしょう?

 だから組合に所属する修復師は何かのお礼などを除いて基本的にはどんな事情があれ無料で物を直すことはありません。ほかの修復師に迷惑をかけることになりますから。

 故に、もしも野良でそんなことをしている人が居たら噂になると思うんですよね」

「なるほど」

「でも、そんな人がいるなんて今まで聞いたことがなくて」

「……」


(それに、本物の善人ならばトマスを騙したりしない)


 だからこそ、「先生」の目的が知れず不気味なのだ。


「まぁ、考えていても何にもならないので散歩にでも出かけましょうか」

「そうだな。住人に聞けば何か分かるかもしれん」


 念のため部屋の鍵に加えて防犯の魔道具を設置しておく。二人は何かヒントを得ようとトスカヤを散策することにした。


 * * *


「このあたりは昔と変わっていませんね」


 町中を散策しながらリーシャはつぶやく。トスカヤに来たのは二十年以上昔のことだが、立ち並ぶ家屋は見覚えのある物が多い。住民の入れ替わりが少ないのかもしれない。


「トスカヤはオットーとマリーの故郷だったな」

「ええ。この道をずっと行って曲がった所にエリクさんの家があって……。まぁ、私がここに来たのは彼らが生まれる前のことですが」


 思い出を辿るように道を進むと、当時とあまり変わらない一軒家が見えてきた。軒先には古びた「グランシェ義眼工房」という看板となにやら真新しい看板が並んでいる。


「何の看板でしょう」


 最近立てられたように見える木製看板に目をやると驚くべき文字が目に飛び込んできた。


『【グランシェ兄妹生誕の地】

 ここはヴァルタール公お抱えの義眼技師となったオットー、また、公の養女となったマリーの生誕の地です。兄弟は幼き日よりここで暮らし、兄のオットーは盲目の妹のために独学で魔動義眼を完成させました。

 彼が作った魔動義眼は現代医療に革命をもたらすことでしょう。偉大なる発明家にオットーを称えて』


「これは……」


 看板に書かれた説明文を読んだリーシャとオスカーは互いに顔を見合わせる。


「一体どういうことでしょう」

「書かれていることを信じるならば、オットーは貴族お抱えの義眼技師に、マリーはその養女になったということだろうが……」


 オットーは魔動義眼を完成させるために素材となる宝石を探して強盗を繰り返していた。それをリーシャに暴かれて兵士に引き渡されたはずだが……。


「あんたたち、この家を見に来たのかい?」


 突然背後から女性の声がした。驚いて振り返るとエプロンをして買い物袋を手に提げた女性が立っている。


「この家に住まわれている方は有名な方なんですか?」

「住んでいるというか、『住んでいた』だね。ここで育った子がすごい発明をしたかなんかで、町おこしの一環で看板を立てたんだ。

 もう誰も住んでいない家だから観光地にしようって町長が言い出してね」

「そうなんですね。お貴族様のお抱え技師なんてすごいですね。妹さんも養女になられたと」

「そうそう。少し前にお貴族様の使者が来てね。この家にある荷物を引き取りに来たんだよ。あたしたちは何がなんだか分からなかったけど、そのときに二人が名誉ある立場になったことを知らされてさ。

 急に居なくなったからどうしたのかと思ったらまさかそんなことになっているとはね……」

「急に?」

「ああ。言い方は悪いが()()()だよ。あたしは何か悪いことをして居られなくなったんじゃないかって思ってたんだけど」

「心当たりがあると?」

「少し前までここいらで強盗が頻発していてね。町長の家からも石ころが盗まれたとかで騒ぎになったんだ。ちょうどそのころだよ。二人が姿を消したのは。だからあたしはてっきり……」


 女性の言葉にリーシャは苦笑いをした。彼女の言葉が実に的確に真実を言い当てていたからである。


「まぁ、でもこんなことになってるんだからあたしの勘違いだったんだろうね」


 女性はそういうと隣家へ入っていく。どうやら隣人だったようだ。


「どう思います?」


 リーシャに尋ねられたオスカーは難しそうな顔をした。


「以前リーシャが言っていた通りになったのではないか?」

「私もそう思います」


 オットーには価値がある。罪を帳消しにしても良いと思わせるほどの価値が。

 魔動義眼はオットーにしか作れない特別な義眼だ。見えない目を見えるようにする夢のような義眼を欲しがる人間は大勢いるし、そのためならばいくらでも金を払うという人間も山ほどいるだろう。


 そんな物を世界でただ一人生み出せるオットーは金の卵を生む鶏も同然なのだ。

 彼が犯した罪をすべて金で濯いで、それを肩代わりしても尚お釣りがくると考えた貴族にオットーは買われたのだ。

 マリーはオットーを逃がさないための人質だろう。


(オットーを見送った際にリーシャが話していた通りになった)


 「そうならないでほしい」と願っていたが、非情な現実にオスカーは肩を落とす。


「貴族の庇護下にあるのならばある程度の安全は保証されますし、衣食住にも困らないでしょう。兄妹で一緒に居られるのならば、存外オットーにとっては悪い話ではないかもしれませんよ」

「そうだろうか」

「下世話な話になりますが、これまでのように研究費用や研究材料に困ることもないでしょうし……。なにせ相手はどんどん義眼を作ってほしいと思っているのですから」


 もしもオットーが研究馬鹿ならば天国のような環境だろう。だが、そうでなかったら?


(マリーの目を治すという目的を叶えたオットーに義眼を作り続ける理由があるのか?)


 オットーが魔動義眼を熱心に研究していたのはただマリーのため、それだけだった。マリーの目が治った今、彼に依然と同じような熱意があるのだろうか。

 マリーと自分の安全を確保するために一生義眼を作り続けるのは地獄にいるのとそう代わりがないのではないか。

 オスカーにはそう思えてならなかった。


 もしもリーシャがオットーと同じ環境におかれたら、喜んで魔工宝石を作り続けるだろう。なにせ他人の金で、予算を考えることなく研究を続けられるのだ。

 研究熱心な者にとっては楽園ともいえる環境だろう。


 だが、オットーはおそらくそうではない。

 犯した罪のことを考えると仕方がないとはいえ、オットーとマリーの心境を考えると複雑な気持ちになった。

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