繋がれた縁
「長らくお世話になりました」
旅装に着替えたリーシャとオスカーは荷物を馬に積み込み出立の準備を終えた。ここから北へ行くには交通手段が限られているので馬を買ったのだ。馬車と比べて移動速度は落ちるが、どこへでも行くことが出来る。行き着いた町から馬車が出ていないことを考慮すると馬を買った方が賢明だと判断したのだ。
「リーシャ、これを」
レアが手に持っていた皮袋をリーシャに渡す。
「何ですか?」
「祖母からです」
レアの口から思わぬ名前が出てきたのでリーシャは眉をひそめた。あの夕食以来結局顔を合わせることはなかったが、一体何のつもりだろう。
革袋の口を縛っているひもを解いて中を確かめると、革のケースと羊皮紙を丸めて紐で縛った物が出てきた。紐にはルドベルトの紋章をかたどった封蝋が施してあり仰々しい。
「開けても?」
「はい。どうぞお確かめ下さい」
リーシャが封を解き羊皮紙を広げると、マチルダの花押が目に入った。
「リーシャ・ルドベルトをルドベルト家の者と認める」
簡潔に言うと書にはそう書いてあった。
皮のケースにはルドベルトの紋章をかたどったメダルが入っている。大きなスフェーンが留められた立派なメダルだ。
「これは……どういうことですか?」
意味が分からない。そういった顔だ。
リーシャの祖母であるローナはルドベルト家から勘当されている。その孫であるリーシャもルドベルト家とは縁が切れているはずだ。
それを再び認めるとは。それも、当人であるリーシャに無断で再び縁を繋ごうとするとはあきれて物も言えない。
「私はルドベルト家とは一切関係がないと申したはずですが」
「それでも、これが必要となる時が来るかもしれない。その時には遠慮なくルドベルトの名を出してほしいと……。
リーシャ、あなたの気持ちは分かっているつもりです。ですが、私もこれが必要になる時がくると思っていますわ」
「どういう意味ですか?」
「リーシャの婚約者が平民であれば、祖母も何も言わなかったでしょう。ですが、オスカー様は立場のある方です。その婚約者にはそれ相応の身分が求められます。
ご両親が賛成されていても、その配下たる貴族や臣下には平民の娘を娶ることに不満を持つものもいるでしょう。
リューデンの上級貴族の血筋とあらば不足はないはずです」
レアの言葉にリーシャは考え込んだ。
(一理ある)
レアの言うことはもっともだ。本来ならばオスカーはイオニアの貴族や他国の王侯貴族の娘と結婚するべき人間だ。
いくら行き遅れの次男坊だといっても相手が平民の女となれば難癖をつけてくる輩がいるかもしれない。王や王妃の承諾があったとしても……だ。
そう考えるとルドベルトという後ろ盾を得るのは悪くない。少々面倒な立場になったとしてもだ。
「オスカーはどう思いますか?」
難しい顔をしているオスカーと目が合った。
「悪くはない提案だ。父上が王となって新しい風が吹きつつあるが、年寄り連中の中にはまだ頭が固い者も多い。平民の出だというだけで悪い印象を持つ者も多いだろう。
おそらくそういう者たちには効果覿面だ。だが、魔法反対派には逆効果かもしれない」
「それは魔法三国の貴族だから、ですか?」
「ああ。例の事件以降魔法は危険だという論争が再燃しつつあるからな。魔法を避けてきた国の人間にとって魔法三国という言葉は少々刺激的だ」
「毒にも薬にもなると」
「今のところは、だ。父上は変わらず魔法の受け入れに積極的だし、俺もイオニアに魔法を広めたいと思っている。リーシャがイオニアに来る頃にはもう少し風当たりは弱くなっているだろう」
「そうだとありがたいのですが」
建国以来ずっと続いてきた伝統や価値観を変えるのは容易なことではない。勿論反発だってあるだろう。
それでも国王やオスカーは魔法を受け入れることを選んだ。魔法を拒絶したり嫌悪感を抱く者に納得してもらえるだけの利益や恩恵を示すことが出来れば風向きも少しは変わるだろう。
「使えるときに使って、使えないときには使わなければ良いのです」
「そんなに都合良く利用して良いのですか?」
「かまいません。それが我がルドベルト家が貴女に出来る贖罪だと、当主が申しておりました」
(贖罪)
いったい何に対する贖罪だろう。やはり、ローナを勘当したことへの贖罪だろうか。
(いや、あれは勝手に駆け落ちした祖母も悪い。何も言わずに居なくなったのだから勘当されても仕方のないことだ。今更、一体何に対して?)
不可解そうな表情を浮かべるリーシャに対してレアは言葉を続ける。
「私の祖母、現当主はローナ様の妹の子、つまり姪に当たります。幼い頃の祖母にとってローナ様は憧れの人であり、ローナ様の妹である祖母の母にとっては憧れの姉でした。
だからこそある日急にローナ様がルドベルト家を去ったことが衝撃的で、ローナ様がルドベルトを捨てたという事実に耐えられなかった。
それで『勘当』などという理由をつけて縁を切ったのです。
ですが実際はご覧の通り、我が家はいまだにローナ様の幻影に縛られたまま。リーシャの姿を見たとき、祖母は貴女の可能性を奪ってしまったことを後悔したそうです」
「私の可能性?」
「ローナ様が勘当されずに貴女がルドベルト家の人間として育てられていたら、貴女が次期当主であったはずだと。この城も、領地も、魔工宝石の商売で得た利益も全て貴女の手に渡るはずだった物だと。その機会を奪ってしまったことが何よりも耐え難いと後悔していましたわ」
「……」
初めてマチルダと対面した際に彼女は同じようなことを言っていた。もしもローナがルドベルト家から勘当されずに籍を残していたら、一番実力があるリーシャが次期当主として指名されていたのは間違いないだろう。
だからといって、実際にそうだったとして、果たしてリーシャは当主の座に着いただろうか。
ルドベルトの当主としてリューデンに渡り、魔法に長けた上級貴族か王族を婿にとって暮らす。それがリーシャにとって幸せな人生だっただろうか。
(正直、魅力を感じない)
宝石を修復しながら旅をして、自由気ままに生きる。その方がずっと楽しいに決まっている。祖母の収集物を探すという目的はあるが、旅をしながらの生活そのものが性に合っているのだ。
「もしもローナが勘当されずに私が当主となる権利を得たとしても、私は当主にはならなかったでしょう。どちらにせよあり得なかった未来なのです。
だから御当主が気に病む必要はありません。私の可能性は奪われていないし、むしろ自由に生きることが出来て彼女に感謝をしているくらいだとお伝え下さい」
リーシャの言葉にレアはぽかんと口をあけていたが、はっと我に返ると「リーシャらしいですわね」と苦笑した。
「ともかく、いざと言う時のお守りとでも考えて受け取るだけ受け取って下さいな。持っていて損はしない代物だと思いますわ」
「お守りですか」
「受け取ってもらえたら私も安心して見送れますわ」
「……仕方ないですね」
言い方がずるい。リーシャは渋々革袋を受け取ると収納鞄にしまった。「お守り」と言われてしまっては断れない。
「では、私たちはこれで」
「絶対に手紙を送って下さいね」
「分かっています。長い間お世話になりました」
エイワールの城門を出て北上し、隣国との国境を目指す。祖母の故郷に別れを告げて、雪に足を取られぬうちに北の国を目指す。冬はもうすぐそこだ。
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「魔法三国編」はこれにて完結です。
次章は少し懐かしいあの場所に行きます。宜しくお願い致します。




