旅の準備
杖が完成するまでの三週間、リーシャとオスカー、レアはエイワールに滞在することにした。というのも、オスカーが「魔法騎士の技を学びたい」と申し出たからである。
「すまないが、訓練があるので基礎的なことはロランに聞いてくれ。まだ幼いが才はあるし、そこら辺の騎士よりは腕が立つ」
「分かった。ロラン、良いだろうか」
「勿論です! そのかわり、オスカー様も私に剣の技を教えて下さい!」
「剣の技を? 剣術は兄上に教わっているだろう」
「兄上が教えてくれるのは魔法騎士の技です。私が知りたいのは《《本物の騎士》》の技なのです」
「本物……か」
ジークフリートには悪いが、悪い気はしない。魔法が主流な世の中で、剣のみで戦うイオニアの剣術はどこか時代遅れのような、劣ったもののように感じていた。
だからこそ、魔法を受け入れればイオニアの伝統は消え去ってしまうのだと怖かった。
しかし、魔法を操り剣を握る魔法騎士の中にもイオニアの剣に憧れ、知りたいと言ってくれる者がいた。それが何よりも嬉しかったのだ。
「分かった。グロリアに滞在している間だけだが、教えられることは全て教えよう」
「ありがとうございます!」
ロランのオスカーを見る目は憧憬そのものだった。幼い頃に読んだ絵本から「本物の騎士」がそのまま飛び出してきたような、そんな感覚だ。
魔法を使わずとも剣一つで国を守る騎士。それこそが「本物」の騎士だと幼い頃から信じて疑わなかったロランは、千載一遇の機会に舞い上がっていた。
「リーシャ様、私たちはローデン観光でもしませんか?」
「ここから近いのですか?」
「すぐ隣ですわ。リューデンとグロリアと同じような距離です。牧歌的で良いところですよ」
「では、是非」
オスカーがロランと修練を積んでいる間、リーシャとレアは隣国であるローデンへ観光に出かけることにした。ローデンの王都ラダンはリューデンベルグ、エイワールと壁一枚を隔てて隣接している。
エイワールとも自由に行き来する事が出来、ローデンに別荘を持つ貴族や王族も多いのだそうだ。
「では、騎士団から護衛を出そう」
「宜しいのですか?」
「構わない。治安は悪くないが、レアとリーシャ様に何かあっては大変だからな」
「ありがとうございます」
オスカーが不在となるため、騎士が護衛についてくれるのはありがたい。ジークフリートによるとローデンは比較的治安の良い街で、王都ラダンには王宮騎士団の駐屯地もあるそうだ。なにかあればそこを頼ればよいと助言をもらい、二人は早速ローデンへ向かった。
ローデンの王都ラダンは芸術と文化の都として名高い。魔法を使ったものもあるが特に手工業が盛んで、ラダン製の工芸品には特別な印がつけられ高値で取引されている。
また、文豪と呼ばれる著名な作家を多く排出しており、「ローデン文学」という一つのブランドを築き上げていた。
「魔法三国は比較的北方に近いでしょう? だから北方で穫れた獣の毛皮がよく入ってくるんです」
「獣というと、鹿とか熊とかですか?」
「いえ、ミンクや狐が主ですわ。そういう毛皮を使った衣類が作られているんです」
北方に近い魔法三国には厳しい冬が訪れる。その冬を越すために毛皮の外套が好まれた。山の多い北方で穫れた毛皮を輸入し、ローデンで加工をする。それをリューデンやグロリアで売るのだ。
「リーシャ様は北方へ行くご予定は?」
「依頼次第ですが、久しぶりに足を運んでみようかと。以前立ち寄ったのは随分昔のことなので、上着を新調しないといけませんね」
「でしたらちょうど良いですわ。もしも嫌ではなかったらおすすめの毛皮屋があるのです」
レアに勧められるままラダンの中心部にある大きな商会へ足を運ぶ。外に面したショーウィンドウには立派な毛皮の外套や襟巻きが並んでいて思わず見惚れてしまった。
「こんにちは。こちらの方に合う毛皮の外套と襟巻き、あと帽子を拝見したいのですけれど」
「これはこれは、レア様。ようこそおいで下さいました。こちらのお客様は・・・…」
「私の大切なお客様です。これから北方へ行かれるので、不足のないようにと」
「かしこまりました。あちらの応接間で少々お待ち下さい」
店員は深く頭を下げると足早に去っていった。
しばらくすると何着かの毛皮の外套と襟巻き、帽子が店員たちの手によって運ばれてきた。どれも上質で暖かそうな品ばかりだ。
「北方へ行かれるのでしたらこちらのミンクのコートと狐の襟巻きがおすすめです。毛皮用に飼育されたミンクの皮を使用しておりますので、非常に上質です。
こちらの狐の襟巻きは北方の山で捕られた狐の皮を使用しており、冬の寒い日でも寒さを感じないほどですよ」
「試着しても宜しいでしょうか」
「是非お試し下さい」
何種類かある外套のうち、少し大きめの黒いミンクの外套を選んで試着した。防犯対策で外套の内側に収納鞄を納めたいので一回り大きい物がよい。
「随分と暖かいですね」
「温石を入れるともっと暖かくなりますよ」
外套の内側には温石の魔道具を入れるためのポケットがついており、外套を内側から暖められるようになっている。
「それはすばらしい。北国ならではの発想ですね」
「こちらの襟巻きにも同じ仕掛けがしてあります」
襟巻きにも同様に温石用のポケットがついている。これがあれば雪の日でも暖かく過ごせそうだ。
「この二点と、あと帽子も頂きます。男性用も見せていただきたいのですが宜しいですか?」
「ありがとうございます。男性用ですね。かしこまりました。ただいまお持ちいたします」
(オスカーにも買って帰ろう)
イオニアに雪は降らない。それに加えて今まで降雪地帯を通らなかったことを考えると本格的な防寒着は持っていないだろう。
オスカーに似合いそうな黒い外套と襟巻き、帽子を見繕った。
「良いお店を紹介して下さりありがとうございました」
買い物を終えて店を出た後、リーシャはレアに礼を言った。レアに言われなければ防寒着のことなど頭になかったからだ。
「いえ。喜んで頂けてなによりです。もうすぐ冬が来ますから、備えは万全にしないと」
「リューデンも冬になれば雪が降るんですか?」
「身動きできなくなるほどの雪が降るというわけではありませんが、リューデンベルグと城とを行き来しなくなる程度には降りますわね。
城へ行くには山道や崖際の道を通るでしょう? 危なくて馬車を出せないんです。だから、冬の間は城や別邸に籠もることになりますわ」
「なるほど。では、やはり雪が降る前にリューデンを発った方が良さそうですね」
「ええ。もしも雪解けまでリューデンに居たいというのであれば大歓迎ですけれど」
「それはさすがに。先を急ぐ旅の途中ですので」
「嫌だ」という言葉が出ないのにはリーシャ自身驚いた。マチルダやドナとの諍いはあったが、こうして普通に暮らす分には良い国だと思い始めている。
それが自らの中に流れるリューデン人の血のせいなのか、元々気風が合う国なのかは分からないが、長期滞在しても良いと思えるくらいには心地が良かった。
「ここから北方となると、やはり馬車でしょうか」
「そうですわね。飛行船の航路があるという話は聞きませんし、馬車か船がおすすめですわ。山が多いので徒歩は危険ですから」
「なるほど。そこら辺の情報も仕入れないと……」
工房や商会が多いリューデンベルグには大きなギルドがある。そこで仕事や交通網の情報を仕入れるのが一番だろう。
「もう少しゆっくりしていって下さっても構わないのに」
レアは寂しそうに呟く。
「あまりゆっくりしていると根が生えそうで怖いのです」
賢者の学び舎でも感じたことだ。心地がよい場所に居続けると旅への意欲が失われてしまいそうで怖いのだ。
旅の目的を達成する前に根を張り、永住する事は出来ない。今はただ、前へ進むだけなのである。




