魔法騎士
オスカーはジークフリートに連れられて城の中庭にある騎士団の訓練場へ向かった。グロリアには国の各地に自警団や騎士団の駐屯地があり、王宮騎士団はその頂点に立つ精鋭の集まりなのだそうだ。
中庭では騎士たちが修練を積んでいる。一対一の組み手のようだが、時折光を帯びた魔法を発しているのが分かった。
「年上の方にこんなことを言うのは申し訳ないのですが、普段通りの話し方をしても宜しいでしょうか」
「ああ、構わないぞ」
「ありがとう。まずは自己紹介から。私はこの騎士団の騎士団長を務めている。騎士団は全国から才を認められて選抜された精鋭で、今は約200人ほど在籍している」
「試験か何かで選んでいるのか?」
「いや、国中にある騎士団の駐屯地から兵を村や町に派遣して声をかけているんだ。村や町には自警団があって、そこで才能がありそうな者を推薦してもらったり、事前調査をしてこちらから声をかけたりしている」
「随分と大がかりだな」
「まぁ、これがグロリアの役割だからな」
「役割?」
「有事が起きた際に魔法三国を守る。それがグロリアに課せられた義務なんだ」
リューデンが魔法による技術の発展と生活の向上を担うなら、グロリアは国防を担い、ローデンは食料生産や文化の創出を担う。
三カ国に分かれても尚、互いに国を支え合う同盟を結び共存しているのだ。つまりは役割分担だ。
「魔法騎士を見るのは初めてか?」
騎士たちが魔法を繰り出す姿を食い入るように見ているオスカーをジークフリートは興味深そうに眺めている。
「魔法騎士は魔法師ではないのか?」
「魔法師は剣を握らないだろう。魔法騎士はあくまでも騎士であって、剣で戦うのが主なんだ。魔法は補助的な立ち位置だな」
そう言って腰に提げている剣を抜くとオスカーに手渡した。
「随分と派手な装飾だな」
ジークフリートの剣は一見、宝石や派手な拵えが施された儀仗用の剣の用にも見える。オスカーの使い古された剣とは対照的だ。
柄には緑色の宝石が埋め込まれており、唐草文様の飾りが施されている。
「その宝石は核なんだ」
「ということは、この剣は魔道具なのか?」
「そうだ。といっても、杖のように使う訳ではない」
ジークフリートは試し斬り用の人形の前に立つと剣を構えた。
「この核には風魔法を焼き付けてある。魔力を通すと焼き付けた魔法が発動する。至って基本的な魔道具だ」
ジークフリートが剣に魔力を通すと核である緑色の宝石が微かに光を帯びた。そして上から下へ一気に剣を振り下ろすと、木製の人型が両断されたのだった。
「凄いな」
普通、ただの剣で太い丸太を一刀両断する事はできない。せいぜい刃が木に食い込む程度だ。だが、風魔法を刃に帯びさせれば魔法の力を借りて容易に丸太を真っ二つにする事が出来る。
単純だが、強力な魔法だ。
「こういう、簡単なものでいいんだ。発動に時間がかかったり、詠唱するような魔法は私たちには向かない。剣を打ち合いながらそんなことをしている時間はないからな。
魔力を込ればすぐに発動して使える単純な魔法が一番だ」
「他にはどんな魔法を使っているんだ?」
「たとえば火を刃から撃ち出したり、水の刃を撃ち出したり、そういう系統が多いかな。突き刺したものに雷を打ち込むような魔法もあった気がするよ。
剣の他には指輪型の魔道具も使う。これも魔力を込めるだけで発動する簡易的な魔道具だ」
「……」
簡単な魔道具でいい。
ジークフリートはやけにその言葉を強調した。ジークフリートの言葉には信憑性がある。確かに刃を交えている間に「言葉」を唱えたり細かい魔法のコントロールをするのは難しい。
故に、決められた魔法しか発動出来ないが魔力を込めるだけで良い単純な魔道具を使うのは理にかなっている。
(だが、本当にそれでだけなのだろうか)
彼の言いたいことは、本当にそれだけなのか。
「恥ずかしながら、俺はまだ魔法が上手く使えないんだ。リーシャに教えてもらってはいるが、なかなか感覚がつかめなくてな。そんな俺でも、その剣は使えるのだろうか」
「もちろんだ。むしろ、そういう者のためにある剣だ」
(やはりそうか)
ジークフリートはオスカーの質疑を受けてニヤリと笑った。オスカーが剣の真の意味に気づいたからである。
「オスカーはリューデンから来たのだろう。それならば、なぜ我々が魔道具の剣を使うのかよく分かるはずだ」
「的外れだったら申し訳ないが、俺のような……魔法が不得手な者でも魔法騎士として国に仕えることができるように配慮しているのだな」
「配慮というのは少し違う。グロリアはリューデンほど魔法の才に厳しくはない、むしろ、リューデンには居場所のない者の受け皿なんだ。
たとえば、あまり魔法が得意ではない貴族の子や養子に居場所を奪われた貴族の子息なんかがよく流れてくるんだよ。
中にはごく稀にだが、ほとんど魔法を使えない者もいてね。そういうものでも武の才能があれば生きていける。わずかな魔力があれば魔法騎士として身を立てていけるようにせよというのが、グロリアを作った我が祖先の遺言なんだ」
「つまり、それが国の使命だと」
「国の、そして王族の使命だ」
「武の才がない者はどうなる?」
「そういう者たちは皆ローデンへ移住する。ローデンは自由の国だからな」
「……?」
「魔力の多い者も少ない者も、分け隔て無く職を得ることが出来る。つまり、普通の国だ。ここら辺では珍しいけどな」
魔法と魔力が重んじられる魔法三国において、一番差別意識が低いのがローデンだ。三国のうち一番国土が広く、農耕や畜産が盛んでリューデンやグロリアの食糧事情を支えている。
その気風から魔力が低い国民が多く、婚姻も恋愛も自由に行えて貴族と国民との間にある垣根も低い。
リューデンでは「低俗な国」だと言われがちだが、ローデンと比べると魔法に重きを置いているグロリアにおいてそれを「普通の国」だと認識しているジークフリートにオスカーは驚きを隠せなかった。
「そんなに驚くことか?」
「顔に出ていたか。申し訳ない」
「あまり魔法至上主義が好きではないのだ。レアにも考えを改めるよう言っている。グロリアに嫁ぐ以上、リューデンの古き考えは捨てるよう……」
ジークフリートがレアと初めて顔を合わせたのはまだ齢十にも満たない頃だった。リューデンから出たことが無かったレアはマチルダの英才教育を受けて魔法至上主義に感化されており、ジークフリートを護衛していた魔法騎士に悪態をついたのだ。
それを見たジークフリートはレアを叱り、グロリアに嫁ぐならばグロリアのしきたりに従うよう咎めた。それを見たマチルダと言い合いになり、今でもマチルダとは不仲が続いているのだった。
「あれでも随分と丸くなったのだ。学び舎に行って価値観が変わったらしい。昔はマチルダそっくりだったからな」
「そうだったのか。それは大変だったな」
「分かってくれるか? 学び舎へ出されたのは可哀想なことだが、レアにとっては良い勉強になったと思っているよ」
ジークフリートは浅くため息をつく。オスカーはリーシャとレアが初めて出会った日のことを思い出していた。あの時はまさか今のように二人が仲良くなるとは思ってもいなかったからだ。人は変わるものだ。
「兄上」
二人が騎士団の鍛錬を眺めていると、後ろから呼びかける声が聞こえた。
「ロラン。どうした?」
「あ、いえ、剣術を見ていただこうと……」
「すまないが、今客人を案内しているところなんだ」
「俺は構わないぞ。弟か?」
「ああ。弟のロランだ。今年で十六になる」
「お初にお目にかかります。ロランと申します。今は騎士見習いをしていて、兄上に色々と教えて頂いているんです」
「そうか。良い師を持って幸せ者だな。俺はオスカー。イオニアで騎士団長をしていた」
「イオニア!?」
ロランは「イオニア」という言葉を聞くと目を輝かせた。
「イオニアって、あの?」
「イオニアを知っているのか?」
「勿論です! 未だに魔法に頼らず剣と盾のみで国を守っている騎士の国があるって本で読みました! オスカー様はイオニアの騎士団長様なのですか?」
「今は旅をしているから、元騎士団長だな」
「凄い!」
興奮するロランにオスカーは動揺しつつも嬉しそうに頬をゆるませた。まさかこんな遠い地でイオニアを知っている、しかもこんなにも好意的に思ってくれている人間がいるとは思わなかったからだ。
「すまない。幼い頃からロランは騎士物語が好きでな」
「構わんさ。まさかイオニアを知っている者がいるとは。嬉しい限りだよ」
「オスカー様、あ、あの! 宜しければイオニアのお話をもっとお聞かせ願えませんか?」
「おい、剣の稽古はどうした」
「ごめんなさい、兄上。剣の稽古はまた今度お願いします!」
「仕方のないやつだな。申し訳ないが、ロランにつきあってやってもらえないだろうか」
「勿論、構わないぞ。彼の気が済むまで話をしよう」
「やった!」
まるで幼い子供のように飛び跳ねるロランをジークフリートは「やれやれ」といった顔で眺めた。三人はジークフリートの私室へ移動すると、昼食をとるのも忘れてオスカーの思い出話に花を咲かせたのだった。




